■雨

任務が予想外に早く終わり――まあ、一緒に来たメンバーがメンバーだからだろうけれど――迎えに少し時間が掛かりますと言われ待っている間に雨が降り出した。
降り始めた雨はあっという間に強くなり、四人は雨を凌げる場所へと移動する。
その場所から呆然と雨を眺め、ヒロはぽつりと呟く。

「赤くない、な」
「当たり前だろ」

ヒロの呟きにギルバートがすかさず返答する。
視線は雨に固定したまま、ヒロは無言で頷いた。
分かっているのだ。
もう、赤い雨は降らない。
螺旋の樹の中、特異点となったジュリウスが存在している限り、赤い雨が降ることはないのだから。
でも、だからこそ思うのかもしれない。
こんな結末を望んでいた訳じゃなかったし、今でも望んでいない。
もしも――。
そう思ったことは何度もある。
あの時、ロミオが赤い雨の中飛び出していったあの時。
ロミオを追いかけたのがジュリウスじゃなく他の誰かだったなら。
そんな事を思ってみたことはある。
だが、結果は変わらないのだ。
たとえばヒロがあの時ロミオを追いかけたとしても、ジュリウスはあの場で大人しく待っている事はなかっただろう。
ロミオを追いかける役を誰に置き換えても、ジュリウスはその二人を追いかけ赤い雨の中出ていく。
そんな姿が容易に想像出来てしまうのだ。
なら、どうすれば――。
そう思った途端、リンドウの声が響いた。

「ブラッドの元隊長、ジュリウスだったっけか」
「ええ」
「会ったことはないんだが、気持ちは分からないでもないんだよなあ」
「だろうな」

リンドウのその言葉に、短く返答したのは、ソーマだった。
気持ちは分からないでもない、と言うリンドウの言葉の真意を問おうとした途端に聞こえた肯定の言葉に、驚いたようにヒロはソーマを見る。
けれど、肯定の言葉を返されたリンドウには、驚いた様子はなかった。

「なんだよ、ソーマ」
「お前も同じようなことしたもんな」
「だから、分からないでもないって言っただろう」
「――同じような事?」

極東で仕事をするようになって、極東支部以外には伏せられていた事を知ることは出来た。
だが、その時当事者達が何を思っていたかまでは、分からない。
閲覧出来たデータから読み取ることは出来ないのだ。
アラガミ化した――と本人から聞いている――片手を軽く上げて振って、リンドウは言葉を紡ぐ。

「こんな風になろうと思った訳でも、命を捨ててもいいと思った訳でもないんだが……守りたかった。――いや、違うな。守れると思ったんだよな」

――守りたいと思ったものを。
そうリンドウは続ける。

「守れるのなら、どんなことでもしようと思った。――俺一人の犠牲で守れるのなら、ってね」

そのリンドウの言葉に、何故かジュリウスの声が重なったように聞こえた。
そんなことをジュリウスが言ったのを、聞いたことがあるわけではないのに。

明るく何でもないことのように言ったリンドウを見て、ソーマがあきれた様に溜息を吐き出して告げる。

「一人で出来ると思うのが、間違いだろうが」
「それをお前に言われたくはないねえ」

そう言い合って、しばらくして二人して笑い合う。
その光景を眺めて、もしもここにジュリウスがいたならば。
あんな風に言い合い、笑い合えただろうか。
そんな事を思うヒロの背を、リンドウが叩く。
結構な強さで叩かれ、痛みに恨みがましい目を向ければ、リンドウは笑って言葉を紡ぐ。

「あの中から隊長さんを引きずり出せばいい。俺をあそこから引きずり出したあいつのように、な」
「そのつもりです」

そう言えば、リンドウは満足そうに笑う。
方法なんて分からない。
それでも、このままでいいとは思えなかった。

「いつか必ず、あの場所から連れ戻します。そして、言いたいこと全部言って、隊長職を返しますから!」

そう言い切れば、それまで黙って話を聞いていたギルバートの楽しげな笑い声が聞こえてくる。
見ればギルバートは、未だ降り続く雨を眺めて、言葉を紡いだ。

「そうだな。俺もあいつには言いたい事があるからな」

だから連れ戻そうと頷き合う。
その思いは最初から変わらないし、諦めるつもりはなかったけれど、でも。
正直、無理なんじゃないかと思ってもいた。
ジュリウス自身に、こちらへと戻る意思がまずない。
あの場所から出たらどうなるか、恐らくは誰よりも分かっているのだろう。
だからこそ、ジュリウスは自らの意思であの場に留まる。
説得することは不可能に近いだろう。
だがそれでも、連れ戻す。そう信じるしかないのだと、改めて思う。
いつになるか分からないが、いつの日か必ず――そう決意を新たにした。

「その意気だ。手伝いが必要ならいつでも言ってくれ。いくらでも手を貸す。俺も、ソーマも、な」

リンドウのその言葉に、ソーマも無言で頷く。
心強いその申し出に、ありがとうと告げた。

雨音に交じり、無線が繋がる音がする。
そちらへと意識を集中すれば、そろそろ迎えが到着するとの連絡だった。
迎えが到着する場所へと移動する。
一度だけ、ここからでも見える螺旋の樹へと視線を向けて、そうしてヒロは歩き出した。
降りしきる雨の中、決意を新たに。






END



2014/06/24up : 紅希