■窓際のレイニーブルー

 「今日の“デート”も完了、か」

 倒したばかりのアラガミを神機に喰わせながらリンドウは深く息を吐いた。
 単独でのアラガミ討伐は背負う命が少ない分、まだ気が楽な方だと思う。

 『死ぬな』
 『死にそうになったら逃げろ』
 『そんで隠れろ』
 『運が良ければ不意を突いてぶっ殺せ』

 新人には偉そうに命令しているくせに、自分がそれを守れているかと言うと、そうでもない。
 出来ていることがあるとすれば、最後の1つくらいだろうか。
 リンドウにとっては、死ぬかもしれないことよりも死なせるかもしれないことの方がずっと怖い。
 ただ、ここ数日は―――

 『自分で出した命令だ…せいぜいアンタも守るんだな』

 ついこの間、“デート”に呼び出されたリンドウに向かってソーマが言い放った言葉。
 皮肉だとしか思えない口調の裏に隠れた気遣う気持ちを汲み取るように意識はしている。
 ―――気遣いが隠れていたのだと思い込んで、自分の命令を守って生き残っている。
 “デート”と呼称しているモノが支部長からの特命である以上、もともと気を抜くべきではないのだが。

 第1部隊に新人が2名も配属されて、人手不足が解消されたのは有り難いとリンドウも素直に思う。
 特に、近接戦闘と遠距離・支援までを1人で担うことが出来る“新型”が入ったのが大きい。
 もう1人の新人もアサルト使いで、負担が減るサクヤが一番喜んでいた。
 ただ、それでリンドウまで楽になったかと言えば、そう単純な話でもない。
 部隊の一員として出撃する回数は減ったものの、“デート”がそれ以上に増えたからだ。

 階級と能力に見合うだけの仕事を任せたい、と。
 最初の“デート”を請け負った時に支部長が言った言葉の裏には、何かある。
 薄々分かっているが、リンドウは敢えてそこに足を踏み入れている。
 そして恐らく、抜け出せない深みに填まり始めている。
 誰に何を漏らした訳でもないのに、サクヤだけでなくソーマまで気遣うほどに。
 だから尚のこと、自分の命令を、ソーマの言葉を守ろうとしている。―――今は、まだ。

 「………………」

 リンドウは苦い想いを飲み込んで、後味の悪い口に煙草を咥えた。
 無事に戦闘を切り抜けた後は、いつも煙草を燻らせたくなる。
 配給で手に入る数少ない嗜好品の味と、生き残った実感を吸い込む。
 紫煙とともに、わだかまる想いを吐き出す。
 それで自分の中に区切りをつけるのが、リンドウにとってはすでに習慣になっていた。

 だが、火を点けようとした時、頬に水滴が当たるのを感じた。
 空を見上げると、結構な勢いで雨粒が落ちてきている。
 移動用の車はアラガミとの戦闘で損害を受けないように、少し離れたところに停めてあった。
 任務自体は終わっているのだから多少濡れても構わないとは思ったが―――
 リンドウは近くの廃墟で雨を凌ぐことを選んだ。

 「アラガミの気配は無し、と」

 念のために辺りを探ってから、瓦礫を椅子代わりにして腰を下ろす。
 そして、濡れてダメになった煙草を投げ捨てて、新しい1本を咥えて火を点けた。
 吸い込んだ煙が、軽い眩暈を伴って身体に浸み入る。

 「………ふぅ………」

 外の雨音を聞きながら、煙草の先から昇っていく煙をぼんやり見つめた。
 ―――と、その奥で何かが揺らめいた気がして、リンドウは目を細めてそちらに焦点を合わせた。
 ぽつ、ぽつ、ぽつ、と。
 建物の屋根に空いた穴から雨粒が規則的に落ちてくる。
 地上でそれを受けて同じリズムで揺れていたのは、一株の植物だった。

 細長い葉、茎の先にいくつも付いた紫色の蕾。
 人気のない場所にぽつんと生えているところを見ると、自然に根付いたものか。
 こんなところで、蕾が付くまで良く育ったものだと思う。

 リンドウは花や植物に詳しい方ではなかったが、その名前を知っていた。
 竜胆―――自分と同じ名前の植物など、一度知ったら簡単に忘れられるものでもない。
 姉の“ツバキ”といい、自分の“リンドウ”といい、両親は花が好きだったんだろうかと思う。
 ただし、名前を聞いただけでその事に気づく人間も少なくなってしまった。
 もともとリンドウが生まれた極東を中心として咲いていて、世界的にはマイナーな花だ。
 その上、アラガミに食い荒らされた世界で無事に花を咲かせる植物自体が激減したからだった。

 それでも、花に詳しい人間と言うのは必ずどこかに居る。
 自分の持っている知識について、他人に語ることを好む人間も。
 だから特に自力で調べた訳でもないのに、それなりに竜胆について知っていた。

 胆汁のような根の苦さが強烈だったから竜の胆という名が付けられたらしいこと。
 その苦い根が消炎や鎮痛の薬草として使われていたこと。
 晴れた昼間に花を咲かせて、夜と雨の日には堅く花を閉ざす。
 そのまま咲かずに枯れてしまうこともある、強情な花。
 花言葉は正義、誠実、勝利を信じる。
 そして、群生しないことから生まれた花言葉は―――

 『あなたの悲しみに寄り添う』
 『悲しんでいるあなたを愛する』
 『淋しい愛情』

 「フッ……」

 吐き出した紫煙に目を移して、リンドウは苦笑いを漏らした。
 女子でもあるまいし、花言葉に心を躍らせる趣味など持ち合わせていない。
 ただ、今の自分が置かれている状況、これから起こるはずの未来を思えば。
 名が体を表すという事にもなりかねない。
 ………花言葉に反して勝利を確信できない状態で、だ。

 自分の側が勝手に心を寄り添わせるだけならば、良い。
 そこにある悲しみに気づいて想いを馳せるだけならば。
 だがもしも、時折ほんのわずかに見せる“アイツ”の気遣いが、気のせいではなかったのだとしたら。
 何事か起きた後、その悲しみに寄り添う“竜胆”はいないかもしれないのだ。

 可能性を積み重ねていても意味はないと分かっていても―――。
 頭をよぎる妄想にも近い想いに、時々振り回されてしまう。
 『せいぜい自分の出した命令を守れ』と言う“アイツ”の言葉にすがるように生き残ろうと思ってしまう。

 その時、悲しみに寄り添える人間が出来たとしたら。
 お役御免か、と思える日が来たら。
 …………………………
 …………………
 …………
 その日が来たとしても、傍で見守りたいと思う自分は、なんて諦めが悪いのか。

 
 「雨が上がったら、また見に来てみるか」

 こく、こく、こく、と。
 雨粒に促されて頷いているように見える竜胆の傍まで歩いて行って、リンドウはそう呟いた。
 晴れ間が見えれば濃紫の花を艶やかに咲かせるのか、このまま枯れるのか。
 そこに自分の行く末を重ねるつもりはないが、咲くのならその花を見てみたかった。
 出来るなら、花に全く関心が無さそうな不機嫌なヤツを連れて。

 『くだらないことで連れ出すな………帰るぞ』

 踵を返すフードの後ろ姿を思い浮かべながら廃墟を後にする。
 雨雲が薄くなり始め明るさが差してきた空には、最近見た記憶も少ない虹がかかっていた。



END



2014/06/24up : 春宵


GEの時のリンドウさんとソーマの関係が、やっぱり好きだなあと、読ませて頂いて改めて思いました。
2のソーマは随分と大人になってしまっていて、吃驚しましたね。
リンドウさんは、死を覚悟していたんだろうな。だからこそ、ソーマの存在が言葉が、ぎりぎり繋ぎ止める枷になっていたのならいいな、と思いました。
互いに互いを必要としている関係って好きなんですよね。
春宵さん、ご寄稿ありがとうございました。