■窓際のレイニーブルー

 「………はぁ」

 教室の窓から外を見ながら盛大にため息をつく。
 しとしとと降り続いている雨は、放課後になっても止む様子が無い。
 天気予報はいつも通り高確率に今日の天気を的中させた、ということだ。
 濃霧が異常気象のひとつかもしれないと言われているわりには、予報自体はよく当たる。
 当てにならないよりは、当たった方が良いと思うけど………
 『今日こそは』と決意した日に限って雨降りというのはどういうことなんだろう。

 「………はぁ」

 もう一度、ため息をつく。
 屋上のあの子に今日は会えそうもない。
 これに関しては、天気予報と同じくらい高確率で予想することが出来る。
 彼女が雨の日も屋上に居たなんて、見たことも聞いたこともないからだ。

 何となく屋上に行くといつも居る気がする。
 そう意識してから、“屋上のあの子”のことが気になって仕方ない。
 都会からの転校生に言っても『ああ、あの子か』と分かるくらいには、よく見かける子なんだけど。

 クラスと名前くらいは辛うじて分かっても、どうにもならない。
 憧れにも恋にも、そこまで発展するような子なのかさえ、見極められない。
 何しろ、こっちがどれだけ気にしていても、俺とあの子は決定的に無関係なのだ。
 話しかける機会も話題も全然見つけられないし。
 同じ高校だからって、そんなきっかけがゴロゴロ転がってる訳がない。
 しかも、転がっていたとしても簡単には拾えない。………勇気がない。

 そんなこんなで悶々と過ごしていたある日の放課後。
 “悶々”をうっかり都会からの転校生―――鳴上に話してしまった。
 知り合うきっかけがないから、彼女から好きなことや趣味を聞き出してくれないか、と。
 ただのクラスメイトにしては図々しい頼み事まで押し付けて………。

 都会人は、友達の友達が皆友達なくらい付き合いが広くて。
 他のクラスの女子にだって抵抗なく話しかけられるんじゃないかって。
 やっかみにも似た気持ちもあったんだと思う。

 実際、鳴上は本当に屋上のあの子のところに行って、いろいろ聞いてくれた。
 趣味とか俺の知らない情報を聞き出してくれたのもありがたかったけど……
 何よりタメになったのは、彼女が他のクラスの男子とも会話を交わしてくれそうだと分かったことで。
 晴れの機会を狙って、俺も話しかけてみようか…と小さな1歩を踏み出そうとしてる。

 ―――けど、今日こそはと思った日に限って雨が降る。
 彼女とは縁がないんじゃないかって、ヘコみもする訳だ。

 「………はぁ」
 「………はぁ」

 ついに3度目のため息をついた時、同じように窓の外を眺めているクラスメイトに気づいた。
 ウチのクラスの、もう一人の都会からの転校生―――花村だった。
 ため息がダブってしまって一瞬、視線を合わせたけれど、すぐ空模様に目を移す。
 雨を降らせている雲を上目遣いに見上げる花村の横顔に思わず見入ってしまった。
 その表情がイメージと少し違っていたからだ。

 花村は一言で言うと『軽い』印象が強い。
 人付き合いにしても、ノリにしても、フットワークにしても。
 俺から見れば羨ましすぎることだけど、女子とも結構和気あいあいと話せたりして。
 ジュネスの店長の息子ってことで、悪い印象を持ってる大人も多いらしい。
 で、鳴上よりもさらに“都会人”のイメージに近い気がする。
 まぁ、親しい友達って訳でもないから、本当のところはどうか知らないけど。

 その花村が憂鬱そうに空を見上げているから、意外で驚いた。
 まさかとは思うが、俺と同じように雨で“あの子”に会えないと悩んでるとか。
 そんなことまで深読みできてしまうような悩ましい表情だった。

 「雨、まだ止まないよな」

 ポカンとその横顔を見ていると、誰にともなく花村が言った。
 いや、近くに俺以外の人が居ないところを見ると、俺以外に言ったはずが無かった。
 だから『2、3日は雨が続くらしい』と天気予報で言っていた答えを返した。
 ついでに、雨で台無しになった決意についてのボヤキまで零す。

 「………はぁ。早く止んでくれればいいんだけど」
 「いいや、まだ止まれたら困るんだよね」
 「???」

 『俺が屋上のあの子に会えなければ良いと思ってんのか』とはさすがに言わなかったけど。
 雨が止むと困る理由が思いつかなかったから、花村に振るのに一番選びやすい話題を持ち出した。

 「今日は鳴上と一緒じゃないのか?」
 「〜〜〜〜俺ら、そんなに一緒につるんでるように見えてんの?」
 「都会から来た者同士、気が合うんだろうって、みんな言ってるだろ」

 何を今さらと本気で思って答えを返すと、花村は少し微妙な顔をした。
 そういうんじゃないんだ、って。
 独り言のように漏らした声が届いた直後、自分の机の方に踵を返しながら花村が言った。

 「都会育ちでも別に普通の高校生だし。気が合うかどうかは個人の性格の問題だろ?」
 「まぁ、それはそうだけど」
 「それに………気が合う、ってのとも違うんだよなぁ………」
 「何だよ、それ」

 語尾に再びため息がついていた気がして聞き返したけど、花村はそのまま鞄を持って帰ってしまった。
 俺もまた窓の外に目を向けて黄昏る。
 次に晴れるのは―――次に声をかけるチャンスは何日後だろうと未来を想像しながら。


◇◆◇



 片方の手に傘を持って、もう片方で自転車を押して、雨の通学路を帰る。
 ここ数日、放課後はテレビを探索してるメンバーと一緒に過ごしてたから何か物足りない気がする。
 だけど『今日は休養日なんだから』と自分に言い聞かせた。

 ―――昨日の探索では散々な目に合った。
 早くクリアしてしまいたくて新しいダンジョンに突っ込んで、雑魚敵に惨敗。
 簡単に言うとそんな感じの展開で、逃げるようにテレビの中から戻ってきた。
 天気予報だとまだ数日間、雨が続くらしいから時間的な余裕もありそうだ、って。
 今日の探索は無しだと昼休みに鳴上と里中、天城と確認し合った。
 昨日の疲れが残っているのと、どっちにしても鳴上は部活だし、天城は家の手伝いで来られない。
 そんな事情で、だった。

 仕方ない。
 まだクリアできなくても大丈夫なんだ。
 英気を養って、また明日、攻略に向かえばいい。
 ………でももし天気予報が間違ってて、明日晴れてしまったら?
 雨が降り続いている空を見上げると、まして1人の放課後にそんなことを想像すると、憂鬱になった。

 「普通の高校生、か」

 重い気分だからこそ、だろうか。
 教室の窓から外を眺めていた時にクラスメイトと交わした言葉が、妙に引っかかった。
 いや、自分で言ってしまった言葉が引っかかっていた。

 警察では解決できそうもない事件を追って、テレビの中の世界に入って。
 ペルソナなんて特殊能力で戦って、本気で生死を懸けているなんて。
 ―――明らかに普通の高校生じゃない。
 そして、その“普通じゃない高校生”を、心のどこかで楽しんでいる自分がいる。

 クラスメイトや周りの目から見て『気が合う』と思われている鳴上にしても―――
 “普通じゃない”という共通点を持つからこそ、つるんでいられるだけで。
 事件解決のために早く真犯人を見つけてやると思う気持ちさえ、本当は違っていて。
 ただ、特別な力を使って敵を倒すことで“ヒーロー”になった自分に浸りたいだけじゃないかって。
 小西先輩の酒店で醜い自分を見て、受け入れた後だから尚のこと、そう思えてしまう……。
 俺ってそういうヤツだったよな…と納得できてしまうから、また沈む。

 「………はぁ」

 クラスメイトのため息がうつってしまったんだろうか。
 重い吐息が口から零れて、雨音にかき消されていく。
 けれど、胸の内に蟠った重い想いは、雨に溶かされてくれそうになかった。

 特捜隊の中でたった1人だけ醜い自分を知っている鳴上は―――
 こんな醜い想いを今も持っていることを知ったら、何を思うだろうか。
 ………いつか、そんなことさえ、話せるようになるだろか。

 『気が合う』はずの仲間に明るい希望を持てないまま、今日の陽が暮れて行った。



END



2014/06/24up : 春宵


ペルソナ4のクエストに出てくる、屋上に居る女の子が気になる彼、ですね。
こういうサブキャラから見た、主人公と陽介、っていいですよね。
まだまだ陽介が主人公に心を開いてない頃の話ですね。
陽介って軽く見られがちだけど、実はガード固くて、誰にでも気さくに接してるようでいて、実は違う。
傍から見た陽介と、実際の陽介と。そんな違いが分かる話でもありますね。
悩む陽介に思わず、大丈夫だよ、そのうち何でも話せるようになるから、と言ってあげたくなりました。
ゲームにはないけれど、実際こんなやり取りあったんじゃないかなと思わせて頂きました。
春宵さん、ご寄稿ありがとうございました。