■歩き続ける

「来るな! 来ないでくれ、頼む」


捜していた存在を見つけて、たった一人スクリーパーと対峙しているその姿に、メークリッヒは急ぎ駆けよろうとして、制止された。
眼前でスクリーパーとたった一人で対峙している、ゼオンシルトに。
視線は対峙しているスクリーパーへと向けられたまま、僅かもメークリッヒの方を向く事もなく、告げられたのだ。
今ゼオンシルトが対峙しているのは、ナイトスクリーパーで、海岸には既に倒されたルークスクリーパーとポーンスクリーパーの姿があった。
以前のゼオンシルトならば、スクリーパー弱体化の能力を持っていたから、心配する事もない。
だが今は、少し前に一号細胞除去手術を受けて、スクリーパー弱体化の能力もなくなっていた。
それに、三日間会う事さえ出来なかったのだ。
三日経ってやっと会えて、けれど休む時間なんてなかったのだ。
世界の危機に直面していた彼らは、早急にやらなければならない事があり。
ゼオンシルトも、穏やかな笑みを浮かべて大丈夫だと言うからつい頼ってしまった。
だが実際は病み上がりと言っていい状態なのだ。
休ませてやりたいと、仲間達皆が思っていて、漸く少しではあるが時間が取れて、彼の育った村、ワースリーへとやって来たのだ。
ゼオンシルトは自身が育った家があるからと一人そこへと行き、メークリッヒ達は宿を取った。
だが、何となく、そう何となく不安だったのだ。
嫌な予感がしたとでも言えばいいだろうか。
メークリッヒは一人宿を抜け出して、ゼオンシルトの家へと向かった。
だがそこにゼオンシルトの姿はなく、そして彼の武器もなかった。
村の中で彼の行方を聞いて、どうやら海岸に居るらしいと聞き、やってきたのだ。
そこで見たのが、冒頭のナイトスクリーパーと対峙するゼオンシルトで。
そして、駆けよろうとして制止されたのだ。

ゼオンシルトの戦闘能力の高さは、メークリッヒも良く知って居た。
メークリッヒよりも強いだろう、戦闘能力。
高い指揮能力。
以前彼が仲間を率いて戦っていたというのにも納得出来るものだった。
だからそう、普通の魔物相手ならば、正直心配はしない。
だが今対峙しているのは、スクリーパーだ。
通常の攻撃は殆どスクリーパーには通らない。
ジェムを持っていれば通るが、それがゼオンシルトの家に置きっぱなしになっていたのを、メークリッヒは見て知っていた。

そう、今スクリーパーに対峙しているゼオンシルトは、スクリーパー弱体化の能力もなく、スクリーパーに有効なジェムも持たない。
彼がスレイヤーなのは知っているし、だからジェムも弱体化の能力もなくともスクリーパーを倒せる事も分かっている。
分かってはいるが、それでも一人で三体も相手にするのは流石に無謀だと思えた。
まだあの手術からそれ程の時間が経っていない。
病み上がりと言っていい身体でそれは、無謀としか思えなかった。

だが、強く言い放たれたその言葉に、その後つけ足された懇願するような響きの言葉に、メークリッヒは動けなくなる。
そうしてメークリッヒが見ている目の前で、ゼオンシルトはナイトスクリーパーを倒した。
海岸には、スクリーパーの体液と、自身の血で濡れたゼオンシルトと、三体の息絶えたスクリーパー。
そして、それを呆然と見つめるメークリッヒの姿があった。
力を失ったように座り込むゼオンシルトを見て、メークリッヒは慌てて駆け寄る。
ヒーリングを唱えてゼオンシルトに掛けてやれば、ゼオンシルトは微かに笑みを浮かべて、「ありがとう」と告げた。
座り込んだゼオンシルトの隣に座り、メークリッヒは言葉を紡ぐ。


「君は、何だってこんな無茶を」
「最初はポーン一体だけだったからね、問題はなかったんだけど。まさかナイトまで出るとは思わなかったよ」
「そうではなくて。君が言ったんだろう? 海岸には出るなと、スクリーパーが出るからと。なのに何故」


この村へと着いた途端に、ゼオンシルトが仲間皆に告げたのだ。
海岸には出ないように、と。
この村はスクリーパーが出るから、と。
その話を聞いて、以前シュバイツァーを止める為に過去へと行った者達は思い出す。
この村を襲っていたスクリーパーとそして、倒れたゼオンシルトの姿を。
この村は一度、スクリーパーの襲撃を受けて壊滅しているのだ。
その後も、クイーンスクリーパー分裂でまた壊滅し、歴史を改変した事で今の復興された状態になったのだ。
スクリーパーは水辺から上がって来る。
ならば、海辺に作られたこの村が、スクリーパーの襲撃を受けやすいのは納得出来た。
そう、皆に注意を促したのはゼオンシルトなのに、何故海岸になど居るのか。



「……確かめたかったんだ」


随分と長い沈黙の後に、ゼオンシルトは告げる。
告げられた内容の意味を理解出来なくて、メークリッヒは訝しげに眉を潜めた。


「ファニルを疑ってる訳じゃないんだ。だけど、確かめたかった。本当に俺は――」


普通の人間になったのか、と。
続けられた言葉に、メークリッヒは何も言葉を返す事は出来なかった。
彼が過去、仲間から拒絶されたという話は、それとなくだったが聞いた。
人の命を犠牲にして作られた薬を飲まなければ、生を紡ぐ事が出来なかったのだと。
その事を知ったと同時に、拒絶されたのだと、聞いた。
そういう身体になったのは、自分の意思じゃないとしてもそれでも、それは事実なのだ、と。
あの時、過去にメークリッヒ達が渡ったあの時。
手のあるスクリーパーに庇われるようにして倒れていたゼオンシルトは、あのまま放置しておけば助からなかったらしい。
それを助ける為に施されたのが、一号細胞と呼ばれるモノを埋め込む手術だったのだ。
それによって、命を紡いだ代わりにスクリーパーを弱体化する能力を得て、そして人の命を犠牲にして作られた薬を飲まなければ生きていけない身体になってしまったのだ。
全ては彼の意識のない状態で行われた手術だし、彼に責任があるとは言えない。
だがそれでも――事実は事実なのだ。


「君は、君だろう。それは、変わらない」
「うん、そうだね。そうなんだけど、ね。……良かったと思うんだ、一号細胞がなくなって。でも、なくなったんだと思ったら今度はどうすればいいのか分からなくなってね」


だから、確かめてみたんだ。とゼオンシルトは告げる。
そうして本当に無くなったと実感して、どうすればいいのか分からないのだと告げる。
人の命を糧に生きている代償として――それは時を凍結しせる術と、コリンのお陰で薬を飲まなくても良くはなっていたけれど――それによって得た能力を使いスクリーパーを倒し続ける事を自身に課す事で、罪を償おうとしていた。
死を選ぶ事は簡単だった。
だけどそれはしてはいけないと思ったのだ。
人の命を糧にして生きて居る者が、死を選ぶなんて、赦されないと思った。
だから、自分をスクリーパーを倒す道具のように思い、そうして戦い続ける事で、罪を償おうとしたのだ。
薬を飲まなくても良くなったとしても、過去、薬を飲んでいた事実は変わらない。
一時的とは言え、人の命を糧にして生きていた事実はなくならないのだから。
だが、その罪の象徴とも言えるモノがなくなってしまったら、どうすればいいのか分からない。
どうやってこの先償って行けばいいのか分からずに、ただ只管現れたスクリーパーを退治していたのだと、ゼオンシルトは告げた。

その話を聞いて、メークリッヒは漸く納得した。
ゼオンシルトが仲間となった時から思っていた事。
まるで自分をスクリーパーを倒す道具だと思っているかのようで、そして……彼の上司の言葉もまた、そうと受け止められるようなものなのにも関わらず、ゼオンシルトは何も言わなかったから。
だが、漸く分かったと思った。


「俺も、ここに居る仲間たちも、変わらないと思うが」
「……どういう意味だい?」


そのゼオンシルトの問いにメークリッヒは立ちあがり、すらりと二本の刀を抜く。
傾きかけた陽光をきらりと反射したそれを、メークリッヒもそしてゼオンシルトも見つめていた。


「仲間を守る為、自分が生き抜く為、この剣で奪った命は数えきれない」
「……そうだね、俺だってそれは同じだ」


言いながらゼオンシルトも立ちあがる。
かつて共に戦った仲間たちも、それは同じだろう。
かつての戦いの中で、やむを得ないとは言え奪った命もある。
人の命を糧にしているとゼオンシルトを責めたクライアスだって、自分の信じるモノのためにその剣で人の命を奪ったのだから。


「それと、君が飲んでいた薬と、何が違うんだ?」


剣をしまい、ゼオンシルトへと視線を向けて、メークリッヒは問う。
無表情と言っていいメークリッヒを見ても、そこから何かをうかがい知る事は出来ない。
だがそれでも、真っ直ぐに嘘偽りなく向けらる言葉は、すんなりとゼオンシルトの中に落ちた。
その言葉を噛みしめるように一度目を閉じて、そして直ぐ開ける。
ゼオンシルトからの返答など最初から期待していなかったのか、メークリッヒの視線は海へと向けられていて。
ゼオンシルトは気配を消して、メークリッヒの背後に立つ。
そして――思いっきりその背を押した。

わ、と言う声と共に水飛沫があがる。
それと同時に、ゼオンシルトの楽しげな笑い声が響いた。
浅い為溺れる事はないが、メークリッヒの方が体格は良いとは言え、身長は同じ。
しかも、両刃の双槍遣いのため、ゼオンシルトはかなり力がある。
そのゼオンシルトに不意打ちで押されて、流石のメークリッヒも体勢を崩した。
全身ずぶ濡れになって、落ちた浅瀬に立ちあがる。
聞こえた笑い声に、メークリッヒは思わずゼオンシルトを凝視した。
それ程長い間一緒に居る訳ではないが、それでも仲間として此処まで過ごして来た時間は決して短いものでもない。
だがその中で、こんな風に声を上げてゼオンシルトが笑うところを見た事がなかった。
呆然とゼオンシルトを見つめるメークリッヒに、ゼオンシルトが近付く。


「見事な落ち方だったね。ずぶ濡れだよ」


言いながらメークリッヒに向かって差し出された手を掴み、驚くゼオンシルトの手を思いっきり引っ張った。
再び水飛沫が上がる。
メークリッヒ共々、海に倒れ込んだゼオンシルトは、先程のメークリッヒと同じように浅瀬に立ちあがる。
続いて立ちあがったメークリッヒを見て、ゼオンシルトは言葉を紡いだ。


「仕返しされるとは思わなかったよ」
「洗った方がいいかと思ってな。スクリーパーの体液と君の血で随分汚れていたからな」
「なるほどね。なら、その言葉通りに洗う事にするよ」


微かに笑ってそう告げて、ゼオンシルトは言った通り洗い始める。
スクリーパーと一人で戦っていたゼオンシルトは確かに、汚れていたから。
手伝うと言葉を掛けて、両手で水を掬ってゼオンシルトに掛ける。
見事に顔に掛って、ゼオンシルトが何とも言えない表情をするのを見て、メークリッヒも思わず微かに笑った。


「そう言う事するんだ」


にやりと性質の悪い笑みをゼオンシルトが浮かべる。
お返しとばかりにゼオンシルトがメークリッヒに水を掛けて、またメークリッヒがゼオンシルトに水を掛ける。
いつの間にか水の掛け合いになっていた。



「何やってんだ、二人とも!」


その場に響いた少しめの怒りを含んだ声に、メークリッヒもゼオンシルトも手を止めて海岸を見る。
そこには、怒りも露わにルキアスが立っていた。


「出て行ったきり帰って来ないから見に来れば、何やってんだよ」


さっさと上がれと、呆れたようにルキアスは告げる。
ルキアスに言われて、メークリッヒとゼオンシルトは顔を見合わせて、素直に海岸へと上がった。
全身ずぶ濡れの、自分よりも背の高い二人を見上げて、ルキアスは溜息を吐き出す。
普段は落ち着いた大人な二人なのだ。
それなのに、何故こんなことになっているのか。
メークリッヒが宿を出て行ったきり戻って来ないのが心配になって、ルキアスは捜しに来たのだ。
ゼオンシルトの家に行ってみれば、そこには誰も居なくて、手術後でまだ体調が戻っていないのに何処に行ったんだと、心配は更に増える。
村の中で二人を見なかったか聞いて、海岸へと来たのだ。
そして、見たのが海の中で水を掛け合う二人の姿。
既に陽も傾き始めたこんな時間に、一体何をしているのか、と。
しかも、ゼオンシルトはまだ体調が万全ではないはずだ。
止めるのならともかく、一緒に水を掛け合うとはどういう事なのか。
色々思ったがどれも言葉にはならない。
それでもと思いルキアスは二人に告げた。


「メークリッヒ、そのまま宿に戻ってくるなよ、迷惑だからな。ゼオンシルト、あんた病み上がりなんだから少し大人しくしてろ」


それだけ言って、ルキアスは踵を返し海岸を後にする。
その背を見送って、残された二人は顔を見合わせた。


「心配させちゃったみたいだね」
「後で謝っておく」
「そうだね。……取り敢えず俺の家に行こうか。ルキアスの言う通り、そのまま宿に戻るのはちょっと、ね」


その言葉にメークリッヒは頷く。
本当にずぶ濡れなのだ。
こうして立っていれば、足元に小さな水たまりが出来る程に。
だから、メークリッヒは素直に頷いたのだ。
それを見てゼオンシルトは歩き出す。
歩き出して直ぐ立ち止まって、けれど前を向いたまま言葉を紡いだ。


「ありがとう。メークリッヒ」


それだけを告げて、ゼオンシルトは再び歩き出した。
その背をしばらく眺めて、メークリッヒは微かに笑う。
そうして去っていくその背を、急ぎ追いかけた。


ずぶ濡れのゼオンシルトとメークリッヒを、ワースリーの人達が驚いたように見ていたが、そんな事はどうでも良かった。
手術を受けたあの日からずっと燻っていた何かが、なくなっていた。
一号細胞が除去されたのは、嬉しい。
けれど、罪の象徴がなくなったらどうすればいいのか、分からなかったのだ。
嬉しいのに素直に喜べなくて、けれど戦いの日々の中それは有耶無耶になっていた。
やっと休息が取れて、育った家に独りで居れば、浮かぶのはずっと燻っていた感情。
嬉しいのか嬉しくないのか、分からなくて。
どうすればいいのかも分からなくて。
本当に一号細胞が除去されたのかも、分からなかった。
だから、確かめようと思ったのだ。
本当に一号細胞が除去されたと分かって、途方に暮れた。
現れるスクリーパーへと双槍を叩きこみながら、考えるのはどうすればいいのかというモノばかりだった。
そんなに難しく考える事もなかったのだと、今更ながら思う。

その罪を背負って歩いて行く。
赦される日が来るかどうかは分からないけれど、それでも。
それしか出来ないから。
皆それぞれ種類は違っても、同じように罪を背負い歩いているのだと、知ったから。
目の前に続く道を、罪を背負い、歩き続ける。
それが、自分に出来る最善だから。



END



2010/11/20up