1月もそろそろ終わりだ。
1月の末日には、最後の戦いが待っている。
そのせいなのか、1月になってからと言うもの、どこもかしこも空気が重い。
S.E.E.Sのメンバーと、ニュクスの事を伝えてくれた彼。
そして、ストレガのタカヤとジン。
何が起こるのか知っているのは、そのくらいだ。
それにも関わらず空気が重いのは、タカヤとジンが煽ったせいもあるだろうが。
何となく、本能的に「終わり」を感じているのかもしれない。

人はいつものように沢山居るのに、何処となく寂しさを感じるポロニアンモールから裏路地へと入り、ベルベッドルームへと入る。
ペルソナの合成をして、受けた依頼を達成する。
そうして湊は今度はポロニアンモールの一角にある眞宵堂へと向かった。
頼んでおいた武器合成が今日出来あがるからだ。
タルタロス内のシャドウを倒して得られる宝石と、何か交換出来る物がないかを見て、出来あがった武器を手に外へと出る。
途端に目の前に白い物が落ちて来て、湊は空を見上げた。

既に夕方と言っていい時間の空から、はらはらと雪が落ちて来ていた。
舞うように落ちて来るそれを眺める。
何故なのか、雪の白さとは全く異なる光景が浮かんで、思わず苦笑した。
浮かんだ光景を色で表わすならば「赤」だ。
それなのに、何故落ちて来る雪を見て思い出したのか。
それは、10月の初めの満月のシャドウ戦の後の出来ごと。
赤い血を流し倒れている荒垣と、そのすぐ傍で信じられないと言わんばかりに目を見開いていた天田。
そして荒垣を撃ったタカヤとジン。
シャドウと戦い続けて来て、初めて仲間を失った瞬間だった。
「これでいい」と言って、笑みを浮かべて荒垣は逝ってしまった。
あの時の事を思い出すと、浮かぶ色はいつだって「赤」なのに。
何故、落ちて来る白い雪を見て思い出したのか。
分からないが、浮かんだ光景が引き金となって、1ヵ月という短い間だけ仲間だった彼の事を思い出す。

湊がシャドウと戦うようになったのは本当に成り行きだ。
たまたま、寮がシャドウに襲われて――今考えればあれは、偶然でも何でもなく湊が居たからなのだろうが――その時に湊はペルソナ能力が覚醒した。
そして、シャドウと戦うS.E.E.Sのメンバーとなったのだ。
湊よりも前に、シャドウと戦っていた者達が居た。
そのうち二人は先輩で、だが、そのうち一人、真田は怪我を負っていて戦える状態じゃなくて。
美鶴は、入るたびに構造が変わるタルタロス内の散策にはナビが必要だと言う事で、そのナビ役をやっていて戦いに参加する事はなかった。
2年生3人の中で、実戦経験者だと言う事で湊がリーダーになって。
真田が復帰しても、風花が入った事で美鶴が戦いに参加するようになっても、リーダーは湊のままだった。
何もかもが初めてで、けれど先輩であるはずの二人は、導いてくれるような事もなくて。
タルタロス内を散策していても、リーダーである湊の補佐をしてくれる者も、誰もいなかった。
ナビは風花がしてくれていたけれど、現場での判断は全て湊独りでやっていたのだ。
リーダーなのだから仕方がないのも分かっている。
だが、相談出来る相手が欲しいと思った事は、何度もあった。
そんな状態で迎えた9月。
以前S.E.E.Sのメンバーだったと言う荒垣が仲間になって。
やっと、そうやっと。
周りを見てフォローをしてくれる先輩が出来たのだ。
戦いを楽しんでいるかのような真田が暴走しそうになるのを止められるのも、荒垣だけだった。
リーダーである湊に逆らう事はなく、それでいて湊や仲間の様子にも気を配る事が出来る。
湊が判断に迷えば、的確な助言をくれる事もあった。
戦いに参加するようになって、初めてだったのだ。
だから、聞きたい事も沢山あった。
それなのに――。

はらはらと落ちてくる雪は、先程よりも多くなっていて。
けれど、積もる事はないだろう。
眞宵堂の出入り口付近に立ったまま、湊は落ちて来る雪を眺める。
そう言えば、人体模型を運んで来た所を見られて、偉く心配されたなと思い出す。
ベルベットルームの依頼で、月光館学園から人体模型を運んで来たのだ。
たまたまポロニアンモールに来ていた荒垣はそれを見たらしく、裏路地から出てきたところで声を掛けられたのだ。


「おい、有里」
「荒垣さん。どうしたんですか」
「それはこっちの台詞だ。おめえ、今何運んでた？」
「え？　いや、その」
「見間違いじゃなきゃ、人体模型、だよな」
「ええ、まあ」
「何だってそんなもん運んでたんだ」
「その、欲しいって人が居まして、届けたんです」
「はあ？　あんなもん欲しがる奴がいるのかよ」
「はい」
「……疲れてるって訳じゃねえよな」
「お礼も貰って来ましたから。……これ、です」
「……包丁？」
「一応武器らしいですけど」


しばらくその、とても料理に使うとは思えない大きな包丁を眺めて、荒垣は溜息を吐き出す。
湊へと視線を移して、荒垣は告げた。


「帰るぞ」
「え？」
「独りで帰すと、また何か変なもん持って来そうだからな」


だから早く来い、と言って荒垣は歩き出す。
一応これは心配してくれているんだろうかと思い、湊は微かに笑った。
少し先で立ち止り待っている荒垣に、追いつく為に足を進める。
湊が追いつけば、荒垣も再び歩き出した。

何だってこんなこと思い出すんだろうと、落ちて来る雪を眺めながら思う。
あの時だって季節は秋で、雪とは全然関係ないのに。
何だって今になってこんな事を思い出すのか、分からない。
思い出した光景と共に浮かぶ感情が何なのかも、分からなかった。
分からないけれど、此処に立ち止っていると次々と思い出しそうな気がして、湊は寮に向かって歩き出した。
だが、一つ思い出してしまえば、立ち止っていようが歩いていようが変わりなくて。
あれは確か、タルタロスを攻略していた時だったなと、また思い出す。

その日、タルタロス攻略のメンバーに荒垣を指名したら、「シンジが行くなら俺も行く」と真田が言い出して。
仕方ないから真田とあと、回復要員としてゆかりを連れてタルタロスに入ったのだ。
落ちているアイテムを集めて、シャドウと戦って。
そうしているうちにアイテムが増えて重くなって、持てるペルソナも限界に達していた。
一度エントランスに戻るか、それとももう少し進むか迷い立ち止った時だった。


「どうした有里。さっさと行くぞ」


言いながら、真田は湊を追いこして行こうとする。
ちょっとだけ待ってくれと湊が言おうとした瞬間。


「アキ、ちょっと待て」


荒垣の声がして、そして進もうとしていた真田の足が止まった。
止まったというか止められたというか。
どうやら荒垣が後ろから真田の服を掴んで引き留めたらしく。
襟の辺りを掴まれた為か、真田は何だか妙な声を上げて立ち止った。


「行き成り何をする、シンジ」
「リーダーにはちゃんと従え。勝手な行動するんじゃねえよ」
「だが！」
「で？　有里、どうした？　何かあったか」


さらりと真田を無視して、荒垣は湊に声を掛ける。
何か言いたげな真田を見て、湊は思わず苦笑を浮かべて告げた。


「アイテムが増えて重くなって来たので、一度エントランスに戻った方が良いかと思うんですが」
「そうだな。なら、転送装置探すか」
「そう、ですね。もう少し進んでからでも大丈夫なような気もするんで、どうしようかと」
「無理に進んでも良い事はねえぞ」


言いながらちらりと荒垣はゆかりへと視線を投げる。
その視線を追って見れば、ゆかりが少し疲れたような顔をしていた。
まだ行けるだろうとは思うが、一度戻って少し休んだ方が良いだろうと思う。


「分かりました。戻りましょう。散開して転送装置を探して下さい」


湊のその言葉で皆が散開する。
しばらくして、ゆかりが転送装置を見つけたと、風花から連絡が入った。
場所を聞き、その場所へと急ぐ。
転送装置でエントランスに戻って、見つけたアイテムを下ろした。
その後、ベルベッドルームに入った湊は、依頼を達成していると言われ、報酬にバス停を貰う。
武器だと言って貰ったそのバス停のせいで、皆に随分と驚かれた。
それもそうだろう。
まさか本物だとは思わないが、ならば何の為にわざわざこんな形にしたのかなんて分かるはずもない。
一応、鈍器に分類されているらしく、扱えるのは荒垣らしいが、使ってくれとは流石に言えなかった。
タルタロス内で見つけたのかと聞かれ、知り合いに貰ったと言ったのだが。


「今日はもう、帰った方がいいな。疲れてるんだろ」


そう、荒垣に言われたのだ。
皆もそれに頷き、その日はタルタロス攻略はそこまでになった。

思い出し、湊は思わず笑う。
いつの間にか、寮は目の前だった。
既に暗くなった空からは、未だに冷たいモノが落ちて来る。
一度立ち止って空を見上げて、けれど街灯の明かりがあっても落ちてくる雪は良く見えなかった。

寮の扉を開けて中に入る。
お帰り、と誰かの声が聞こえて来て――そのまま部屋へと行きかけて、順平の驚いた声に立ち止まった。


「おい、湊。お前どうしたんだよ」
「どうしたって、何が？」
「お前、何で泣いてるんだ？」
「……泣いてる？　俺が？」


ラウンジに居た仲間が皆、驚いたように湊を見ている。
湊は感情の起伏が殆どない。
いつでも冷静で、淡々と何でもこなしているように見えると言われるくらいなのだから。
だから当然だが、泣いた所を見た事がある者はいなかった。
湊自身も、自分が泣いていると言う事実に驚いているくらいだ。
泣いている実感さえないのだから、何で泣いているのかなんて分からない。
あの時、赤い血を流し倒れている彼を見た時でさえ、涙なんて出なかったのだから。


「どうしたんだよ。誰かに苛められた、なんて事はないよなあ、お前に限って」
「えっと、転んだ、とか？」
「いや、風花、それはないと思うよ」


順平に続いて風花が言葉を紡いで、それにゆかりが突っ込む。
いつも通りの光景のはずなのに、何故なのか、流れる涙は止まらなかった。
悲しいのか、寂しいのか、それさえも良く分からない。
ただ分かるのは。
もう少し、色々と教えて欲しかった。
もう少し、作って欲しい物もあった。
ただそう、時間を共有出来るだけでも、良かった。
何故そう思うかも分からないけれど。

静かに涙を流し続ける湊に、仲間達はどうすればいいのか分からないようで。
此処にあの人が居たならば、どうしただろうかと、また思う。
その場面が浮かびそうになって、けれど、良く分からない感情に阻まれて、浮かぶ事はなかった。
どうにか湊の涙を止めようと思っているのか、順平と風花とゆかりの妙に明るい声が聞こえる。
だがそれでも、涙は止まらない。
そもそも何で泣いているのかさえ分からないのだから、止め方なんて分かるはずもなかった。
溢れ続ける涙の理由も、胸が締め付けられるような感情も、分からない。
眞宵堂から出た時に見た、落ちて来る白い雪のせいなのか、それともそこから思い出した赤の記憶のせいなのか。
それさえも、良く分からなかった。

大丈夫だからと告げて、湊は自室へと向かう。
いつか、この涙の理由が分かる時が来るだろうかと思いながら。

決戦後、この世界が存続しているかどうか、分からない。
だが、この世界が存続していたなら、また落ちて来る白い雪を見て思い出すだろうか。
あの、赤の記憶を。
良く分からない感情と、共に。

世界は、存続した。
自分の命を使ってニュクスを封印した湊は、奇跡的に存続した世界へと戻っていた。
――期限付き、ではあったけれど。

約束の日、3月5日。
忘れていたあの日々を思い出したS.E.E.Sのメンバーは約束通り、屋上へと集まっていた。
アイギスと共に一足先に屋上へと来ていた湊は、もう目を開けているのさえ限界で。
集まって来た皆の声を聞きながら目を閉じる。
あの人の居ない世界にこれ以上居ても仕方ないと、何故かその時思った。
何故そんな事を思ったのか、分からない。
あの時流れた涙の理由も、あの時の良く分からない感情も、結局分からないままだ。
もう、あの赤の記憶を思い出す事もないだろう。
落ちて来る白い雪を、見る事もない。

向こうで、あの人に会えるだろうか。
会えたら、怒られそうだなと思いながら、湊は完全に意識を手放す。
その直前に、仲間の慌てたような声を聞いたが、もう限界だった。

二度と目覚める事のない眠りへと、落ちる。
赤の記憶と、結局最後まで分からなかった感情を抱えて。



END