■聖夜の贈り物
「メリークリスマス」
ルークにそう言われて、今日が12月24日だと気付いた。
クリスマスイブ。
既に日が落ちている今、聖夜と言うのが正解だろう。
だが、何故行き成りそんな事を言うのかと思いルークを見れば、微かに笑って言葉を紡ぐ。
「なーんて、貴方には関係ないでしょうけど」
「それは、ルークもだろう?」
「まあ、そうですね。たとえ神様が居ても、誕生を祝ってあげる気にはなれませんね」
「そうだね。それに、今はそんな事よりも大切な事があるから」
「そうですね。あと少し、ですからねえ」
そう、あと少し。
あと少しで、彼女を取り戻すことが出来る。
あと少しで、準備が整うのだ。
――迎えに行くよ。君を、取り戻す為に。
彼女を取り戻す事が、鷹斗にとっては何よりの贈り物なのだから。
この願いは、必ず叶えてみせる。何を犠牲にしても、この手で、必ず。
その為だけに、ずっと走り続けて来たのだ。
彼女を取り戻す為だけに、ここまで来た。
だから、待ってて撫子。
もう直ぐ、会える。
君を必ず、助けるから。
そんな事を思う鷹斗の耳に、ビショップの声が届く。
ルークを捜していたらしいビショップの呆れた声に、見つかっちゃったと言いながら、ルークはビショップについて部屋を出て行く。
それをぼんやりと眺めながら、鷹斗は過去へと思いを馳せていた。
12月24日には、同じ年くらいの子達が集まってクリスマスパーティをしていることは知っていた。
だが鷹斗は、それには全く興味もなかったし、何よりも。
信じてもいない神様の誕生を祝う気になどなれなかったのだ。
だから、そう言ったパーティに出たことは一度もない。
海棠グループで行われるクリスマスパーティに少しだけ顔を出したことがあるくらいだ。
研究者として仕方なく。
父親にも言われて、出ない訳にはいかなかったのだ。
挨拶だけして、パーティ会場を後にするのが常で。
パーティを楽しんだことなど一度もなかった。
そんな鷹斗が忘れられないクリスマスがある。
撫子と二人だけで過ごした、クリスマスだ。
ケーキを作ったからと、12月24日に撫子が鷹斗の部屋を訪れた事が一度だけあった。
色々な物が散乱している鷹斗の部屋で、手作りのケーキを持って訪れた撫子と二人きりでのクリスマスパーティ。
ささやかなものだったけれど、大切な人と過ごせるのなら、その為ならば、神の誕生日を祝うのもいいかもしれないと、そんならしくない事を思ったのだ。
たった一度だけの、クリスマスパーティ。
信じてもいない神様に、その時だけは少しだけ感謝したりもした。
このささやかな幸せがずっと続くのだと思っていた。
けれど――。
自室の窓から外を眺める。
真っ暗な空には月が浮かんでいた。
聖夜だろうと、この世界は何も変わらない。
壊れたこの世界に、クリスマスなんてものは無意味だ。
神様が居ると言うのなら、何故こんなことになっているのか。
何故彼女が奪われたのか。
居るはずのない神の誕生を祝う余裕など、この世界にはない。
彼女と共に過ごしたあのクリスマス以外、鷹斗にとっては普段と変わらない一日でしかないのだ。
真っ黒な空に浮かぶ月を眺めながら、言葉を紡ぐ。
「もしも今、彼女が目覚めたならば――少しだけ、信じてもいいかな、神様を」
――そんな事、あり得ないだろうけれど。
そう思い、鷹斗は自室を後にする。
向かう先は地下だ。
彼女が眠っている場所。
目的の場所に辿り着き、彼女が眠っているカプセルへと近づく。
見慣れた光景。
昨日までと何も変わらない光景が、そこにはあった。
ほら、ね。
そう思い、自嘲する。
最初から分かっていた事だ。
神様なんていない。
少しでも、聖夜の贈り物を期待してしまった自分に、呆れていた。
それでも、ほんの少しでも期待したくなる程度には、疲れてもいたのだ。
彼女が眠りについてからずっと、彼女を目覚めさせるためだけに、走り続けている。
何も出来ない事が何よりも怖いから、立ち止まることさえも出来ない。
そうして走り続けて来て――何かに縋りたくなったのかもしれない。
大切な、忘れたことなどない彼女との思い出。
それが引き金となって、らしくない期待をしてしまった。
聖夜の贈り物なんて、あり得ないモノを望むくらいには。
「やっぱりここでしたか。全く、ルークと言い貴方と言い、仕事中にふらふらとどこかへ行くのやめて貰えませんか」
心底呆れたと言わんばかりのビショップの声に、現実へと引き戻される。
こんなことをしている時間など、ない。
もう少しで完成するのだ。
そうすれば、彼女に会える。
彼女を取り戻すことが、出来るのだ。
「ごめんごめん」
「そんな事はいいですから、さっさと戻ってください。貴方が居なければ、進まないいんですから」
「分かった、戻るよ」
もう一度だけカプセルの中の撫子を見て、計画を進める為に、部屋を後にする。
もう少しで会えるのだから。
だから、立ち止まっている暇などない。
走り続けるしか、ないのだ。
待ってて、撫子。
俺が必ず、君を助けるから。
あの時誓った事を、もう一度思う。
彼女を取り戻す為の計画を――始めよう。
END
2013/12/25up