今日は街で休めることにフラヴィオはほっと息を吐き出す。
仲間が意識を失っている間に独り戦い消えてしまった親友を探す旅。
あの日、ハイ・ラガードから南に流れた流星の情報を頼りに、フラヴィオ達は南へと旅を続けている。
生きているはずの仲間を、親友を探す為に。
街から街へと移動しながら旅を続けているが、陽が落ちる前に街へと辿り着ける日ばかりではない。
辿り着ける日と辿り着けない日は半々くらいだろうか。
野宿をすることも珍しくなく、だからこそこんな風に街で休める日はほっとする。
街に着いた途端、クロエに食堂へと連れて行かれたためお腹もいっぱいだ。
ベッドへと視線を向け、このまま寝てしまいたいと思う。
だが、寝る訳にはいかないのだ。
先程渡された可愛らしい包みへと視線を落とす。
開ければ中から出てきたのは、チョコレートだった。
街へついて食堂へと向かった一行に、今この街で行われている風習について教えてくれたのは、食堂で働いている女性だった。
そういう地方独特の風習や行事に行きあうことも珍しくなく。
こういう事が好きなアリアンナは興味深々と言った様子で話を聞き。
食事が終わった途端、クロエを引っ張って店へと行ってしまった。
残されたフラヴィオとベルトランは、またかと苦笑した。
バレンタインと言う風習は、本来は、女性が男性へと想いを告げてチョコレートを渡すものらしいが、友人などに感謝を伝える為に渡してもいいのだと聞き、それなら皆に渡したいとアリアンナはクロエと共にチョコレートを買いに行ったのだ。
クロエはチョコレートが食べられるならと誘われるままにアリアンナについて行った。
しばらくして戻って来たアリアンナとクロエに、チョコレートを貰ったのだ。

一番最初は、とある街の生誕祭だったなと貰ったチョコレートを一つ口に入れて思う。
家族や友人、恋人と言った相手とプレゼントを贈りあうのだと聞いたアリアンナは、いつもありがとうと皆にプレゼントを渡していた。
そして――今ここにはいないあいつにも、アリアンナはプレゼントを用意していたのだ。
当然だが、渡せるはずもない。
夜、フラヴィオの部屋のドアをノックしたのはアリアンナで、そして、あいつの為に買ったプレゼントを是非受け取って欲しいと頼まれたのだ。

「フラヴィオ様が一番ファフニール様と一緒に居たのですから、だからフラヴィオ様に受け取って欲しいんです」
「だから、あいつに会ったら渡せばいいんじゃないのか？」
「いいんです。受け取って下さい」

いつも通りの笑みを浮かべて、アリアンナはかなり強引にフラヴィオにファフニールの為に買ったプレゼンを渡した。
頭を下げて去っていく彼女を見送って、フラヴィオは小さく溜息を吐き出す。
あの日、あいつが消えたあの日。
仲間たちは皆相当に落ち込み、数日は誰も言葉を発することもなかった。
その時でさえアリアンナは泣くことはなかったが、その後皆であいつを探す旅に出ようと決めてからは、アリアンナはずっと笑っている。
自分が騎士に選んでしまったばかりに、ファフニールは異形になり、そしてあんなことになったのだと、アリアンナは誰よりも責任を感じていることは、皆が知っている。
だからこそ笑っているのだと分かっているから、恐らくこの後渡されるであろう、あいつ宛のチョコレートも拒むことが出来ない。
だから寝る訳にはいかないのだ。
それはフラヴィオの役目なのだと思っているから。

「さて、行くか」

そう言ってフラヴィオは宿を後にする。
アリアンナが来るのを街の外で待つようになったのはいったいいつだっただろうか。
そんなことを思いながら、街の外、街の明かりが届くギリギリの場所に立ち、空を見上げる。
月の光が弱いからか、今日は星が良く見えた。
本当に今日は、街に辿り着いて良かったと改めて思う。
月の明かりが弱い夜は、魔物に襲われやすい。
レンジャーという職業柄か気配に敏いフラヴィオは、こんな夜は野宿ではなかなか寝付けないのだ。
良く知った気配が、まだ街の方からこちらへと来ない事を確認し、独り呟く。
アリアンナには絶対に聞かせる訳にはいかなかった。

「なあ、何であの日、独りで戦ったんだよ。約束しただろ、最後まで付き合うって、なのに、なんで！」

それは、ずっと思っていながら口に出来なかった思いだった。
最後まで付き合うと、確かに告げたはずだった。親友だから、と。
それなのにあいつは、独りで戦い消えてしまった。
生きていると信じてはいる。
それでも、不安になることだってあるのだ。

いい加減、戻って来いよと続ける。
幼い頃からずっと一緒だった。
こんなに長い間離れたことは、なかった。
分かってはいるのだ。
あの時はああするしかなかったのだということも。
異形の力を得ていたファフニールだからこそ、戦い勝つことが出来たのだと言う事も。
それでも、簡単に納得は出来なかった。
ファフニールを選んだアリアンナを恨むつもりはない。
ただ、ずっと一緒だった親友に早く会いたかった。
会ったら絶対に一発殴ってやろうと、街からこちらへと近づいてくる良く知った気配を感じながら思う。
さて、いつものフラヴィオに戻らないとと思いながら、フラヴィオは再び夜空を見上げた。

「フラヴィオ様。あの、これ、受け取って下さい」
「ありがとう、アリアンナ」

そんないつもと変わらないやり取りをして、フラヴィオは差し出された包みを受け取る。
アリアンナはフラヴィオをファフニールの代わりにしている訳ではないし、フラヴィオもまた然りだった。
アリアンナのファフニールへの想いを一時的にでも昇華するために儀式、だとフラヴィオは思っている。
だから、必要以上のやり取りはなく、いつも通りアリアンナは去っていくのだと思っていた。
だが――何故かアリアンナは、俯きフラヴィオの前に立ち尽くしている。

「アリアンナ？」

不思議に思い、フラヴィオは声を掛ける。
アリアンナは俯いたまま、苦しげに言葉を紡いだ。

「フラヴィオ様は何故何も仰らないのですか？　私がフラヴィオ様からファフニール様を……」
「ストップ！　アリアンナ、それ以上言ったら怒るぞ」
「でも！」
「俺は、アリアンナを恨んだことはないよ。アリアンナのせいだと思った事もない。あれは、あいつ自身が選んだことだ」
「……」
「だから、恨み言はあいつが帰ってきたらあいつに言う、そして一発殴る！」
「え？」
「喧嘩になったら俺負けると思うから、そしたらアリアンナよろしくな。あいつを止めてくれ」
「……はい！」

顔を上げたアリアンナは、そう言って笑う。
だが、その眼には薄らと涙が浮かんでいた。
ああ、泣きたかったんだろうな、とフラヴィオは思う。

「アリアンナ、我慢しないで言いたいことあったら言った方がいいと思う。俺で良ければ聞くからさ」
「フラヴィオ様……」
「え？　何で泣くんだよ。俺なにかした？」
「何もしてないですけど、フラヴィオ様のせい、です」
「はあ？　何で」
「フラヴィオ様の、せい、なんです」

そう言いながら泣くアリアンナを見て、フラヴィオはどうすればいいのかと思う。
何を言えばいいのかも分からず、口をついて出たのは、謝罪の言葉だった。

「あー、なんか、ごめん」
「ふふっ」
「――は？」

途端に聞こえてきた笑い声に、思わず声を上げる。
瞳は濡れたままだが、アリアンナは笑っていた。

「良く、ファフニール様が『フラヴィオ頼む』と仰ってフラヴィオ様を困らせていましたけど、何となく今ならその時のファフニール様の気持ちが分かる気がします」
「いやいやいや、分からなくていいから！」

そう言って笑いあう。
あの頃に戻った気分だった。
ハイ・ラガードで世界樹の迷宮に挑んでいた日々に。
アリアンナとクロエが話をとんでもない方向へと持っていき、それに分かっていながらファフニールが乗って、フラヴィオが突っ込み話を修正する。
そんな光景をベルトランはお茶を飲みながら眺める。そんな日々だった。
辛いことも悲しいこともあったけれど、楽しかった。
きっと取り戻せるだろう、あの頃のような日々を。
あいつと共に。
そう思いながら、フラヴィオはアリアンナを促し街へと戻る。
一度だけ振り返り空を見上げ――そして街へと戻った。

立ち寄った街のバレンタインの夜の事。
翌朝には再びいつものように笑うアリアンナの姿が見られた。
そして一行は再び旅立つ。
流星の情報を得て、南へと。
この手に再び取り戻せると、そう信じて。



END