■思い出に変わる時まで
その街に着いたのは夕方で、辺りが夕日によって茜色に染まる時間だった。
そのせいで、この街全体がオレンジ色なのかと言えば、そうではなくて。
あちこちに、かぼちゃやかぼちゃを象ったモノが飾られていて。
そのどれにも顔があった。
可愛いと言えば言えなくもないが――微妙だなとカイルは思っていた。
「……お祭りかなにか、ですか?」
「まあ、そんな様なモノだな」
「……街全体がオレンジですね」
夕焼けのせいだけじゃなく、この街は街全体がオレンジ色だった。
かぼちゃやかぼちゃを象った飾りのせいだけじゃなく、全体的にオレンジ系の色で装飾されているせいだ。
辺りを見渡すカイルを見て、ゲオルグは思い出したように言葉を紡ぐ。
「菓子を買っておいた方がいいぞ。店に行けば旅人用に見繕って用意してあるはずだ」
「菓子、ですか?」
「ああ。夜、子供が仮装して訪ねて来るからな。その時に菓子をやるんだ」
「はあ。……一体何のお祭りなんですか」
「――死者が家族の家を訪ねて来る日、だと言われている。収穫祭の意味もあるらしいがな」
「死者が……」
そう言ったきり、カイルは何事か考え込む。
何を考えてるかなんて、聞かなくても分かった。
未だにゲオルグもカイルも、忘れる事の出来ない事。
恐らくは一生、忘れる事など出来ないだろう。
ファレナの内戦で失ったモノ。
この手に掛けた、モノ。
家族ではないが、カイルにとって彼らは家族のようなものだったから。
本気で死者が訪ねて来ると思っている訳ではないが、それでも――そう思ったのだ。
この街を訪れて、今日がその日だと気付いた時に。
「行くぞ」
「何処にですか?」
考え込んだまま呆然と立ち尽くすカイルに、声を掛ければ直ぐに答えが返ってくる。
「菓子を買いに、だ。悪戯されたければ構わんが」
「悪戯って。お菓子ないと悪戯されるんですか?」
「ああ」
「そう言う事はちゃんと説明して下さいよ」
呆れたようにそう言って、カイルは先立って店に向かって歩き出す。
その背を眺めて、ゲオルグは苦笑して追いかけた。
夜、仮装した子供たちが宿へもやってくる。
無表情で子供達に菓子を渡すゲオルグと違って、カイルは楽しそうな笑みを浮かべて子供達に菓子を渡していた。
見送って、宿の部屋の中に入り扉を閉める。
二つある寝台にそれぞれ座って、カイルが言葉を紡ぐ。
「死者が家族を訪ねるって言うから、もう少し静かなお祭りかと思ってましたよ」
「そうか」
「こういう賑やかなのなら、いいですよね」
「お前は好きそうだな」
「……フェリド様も、きっと好きですよ」
「だろうな。大騒ぎして子供に菓子をやりそうだな」
「はは。……そう、ですね。お祭りとか賑やかなの好きでしたからね」
微かに声を上げて笑ってそう告げて、けれどその言葉に滲むのは――寂しさ。
ゲオルグとカイルと、二人で旅をしていてそれなりの時間が経っているが。
フェリドの事やファレナの事について話した事は、殆どなかった。
敢えて避けていたようにさえ思う。
「ゲオルグ殿」
「なんだ」
「そっち、行ってもいいですか?」
「――ああ」
肯定の返事を聞き、カイルは立ちあがる。
隣の寝台に座ってるゲオルグの隣に座り、無言で寄り掛かった。
そうして、カイルは目を閉じる。
それとほぼ同時に、カイルの肩にゲオルグの腕が回されて、引き寄せられた。
寄り掛かった時よりも更に密着して、触れあう場所から伝わる体温に安堵する。
ほっと息を吐き出して、目を開けて顔を上げれば――ゲオルグの顔が直ぐ傍にあって。
どちらからともなく近付き、互いの唇が触れあう。
軽く触れあうだけの口付けは深いモノへと変わって、気付けばカイルは寝台へと押し倒されていた。
「ゲオルグ殿。お風呂入りたいんですけどー」
「後でいいだろ」
「わ! 何もう脱がしてるんですか。ちょ、待って」
「待てん。諦めろ」
「あ〜、もう! たまにはオレのペースに合わせて下さいよ」
「合わせてやってるだろ」
「どこがですか!」
反論すれば、ゲオルグは楽しげに笑って――けれど、動くその手が止まる事はなかった。
ぐったりと寝台に沈み込んで、恨めしげにカイルはゲオルグを見つめる。
そんなカイルを見て楽しげに笑って、ゲオルグは言葉を紡いだ。
「どうした」
「どうした、じゃないですよ。……明日もここに泊まるんですよね?」
「ああ」
「あーもう、疲れたんでオレは寝ます」
「風呂には入らんのか」
「誰のせいで入れないと思ってるんですか?」
「何なら、運んでやろうか」
「遠慮します! 朝起きて入るからいいですよ。もう、ホント眠いんで」
「そうか」
言いながらゲオルグはカイルの髪を撫でる。
珍しい事をすると思い、カイルは驚き目を見開いた。
けれどそれは決して嫌じゃなくて――心地いいものだった。
先程の強引ともいえる行為も、今のこの行動も、カイルを慰める為のモノだと分かっているから。
きっと夢を見る事もなく眠れるだろう。
そっと隣に横になっているゲオルグにしがみつくように抱きつく。
驚いたのか、一瞬カイルの髪を撫でる手が止まって、けれどそれは直ぐに再開された。
今日は、今日だけは――甘えさえて貰おうと、そう思いながら。
カイルは眠りへと落ちて行く。
眠りへと落ちたカイルを眺めて、ゲオルグは微かに笑った。
しがみつくように抱きつく温もりに、癒されているのを感じる。
その存在が隣になかったら――きっとこの街に立ちよる事はなかっただろう。
ゲオルグは、この街のこの行事について知っていたから。
立ち寄ろうと思えたのは、カイルの存在があったから。
互いに互いの存在に癒されて、互いに必要なんだと実感する。
互いの存在があるからこそ、苦い過去は――過去の思い出へと変化していく。
いつの日か、笑って話せる日が来るのだろう。
互いの存在が傍らに在る限りは。
それにしても、とゲオルグは思う。
こうしっかりとしがみつかれていては、ゲオルグも風呂に入る事が出来ない。
かと言って、カイルを引き剥がすのも気が引けて……仕方がないと溜息を吐き出す。
しっかりとしがみついている温もりを抱きしめて、ゲオルグも目を閉じる。
穏やかな眠りが、二人を包んでいた。
いつの日か思い出に変わるその時まで――共に。
END
2010/10/30up