■星に願いを

旅をしていれば野宿など珍しくはないが、その日の夜空は思わず溜め息を吐いてしまう程に綺麗だった。
雲が殆どない闇色の空に瞬く銀色の星達。
流れ星に願いを掛ければ叶うなんて話を本当に信じて居るわけではないけれど。
流れないかなと思わず待ってしまう。
流れたら何を願おうか、なんて思いながらわくわくとした気分になるのを抑えることが出来ない。
寝転がり夜空を眺めながらカイルは思わず流れ星を待つ。
願い事など今は一つしかないけれど、星に何を願おうかとそんな事を思いながら、じっと夜空を見詰めて居た。

木に背を預けたままそんなカイルをちらりと見て、ゲオルグは小さく溜め息を吐き出す。
寝転がり何かを待っているかのような表情でカイは空を見上げて居る。
思わずつられるように空を見上げて――雲が殆どない夜空を眺めて、視線を戻す。
確かに綺麗な夜空ではあったが、あれ程熱心に見る程だとは思えない。
そんな事を言えばまたつまらないだの何だのと言われるだろうから黙っているが、カイルの感覚はゲオルグには分からない事が多かった。
それでも共に在るのは――そんなカイルに救われる事が多いからだろうか。
それだけではない事を分かって居ながら、そんな事を思う。
手放したくないと言う想いは確かにあって、その想いがどういった感情から来るのか気付いていながらゲオルグは気付かない振りをしていた。
体を重ねるのも、互いの熱を吐き出すだけの行為だと言い聞かせて。
そうして内にある想いを抑えつける。
いつの日か、カイルがゲオルグの元を去ると言った時に手放すことが出来るように、と。
ずっと共にと願いながら、それは出来ないのだと思う。
いや、出来ないと言うよりはそれを願ってはいけないと思っていた。
己が背負ってしまった罪故に、望む事は出来ない、と。


「あ! ゲオルグ殿、見て下さい流れ星です」


慌てたように起き上がり、カイルは叫ぶように言う。
カイルのその言葉でゲオルグの思考は現実へと引き戻された。
言われるままに空を見上げれば、流れ星が消えるところだった。


「あーあ。ゲオルグ殿見るの遅いですよー。願い事出来ないじゃないですか」
「お前、そんなものを信じてるのか」


心底呆れたように言うゲオルグをちらっと見て、カイルは空へと視線を戻す。
流石に星に願いを掛けて叶うなんて、信じている訳じゃない。
でも、信じてみてもいいかなと思えるほど、今日の夜空は綺麗だ。


「信じてませんよ。でも、信じてみたくなりませんか? こんな綺麗な空見てると」
「……そう言うものか?」
「ゲオルグ殿は願い事ないんですか?」
「お前はあるのか」
「オレが聞いてるんです。ないんですか? 願い事」
「……ないな」
「そう言うと思った」


言いながらカイルは再び寝転がる。
ゲオルグの答えが気に入らないのか、カイルの機嫌はあまり良いとは言えない。
嘘でもあると言えば良いのかもしれないが――いや、あるからこそあるとは言えなかった。
願うのはただ一つだけ。
だがそれは決して願ってはいけないと思って居る事。
ゲオルグがカイルと共に在るのは、カイルが共にと望む間だけなのだから。
共に旅をし始めた時、そうゲオルグの中で決めた事。
ゲオルグの望みで共に在る事は出来ない。
だからずっと共にと願う事は出来ない。
カイルがずっと共に在る事を望んで居ると知って居て、そうゲオルグは思う。
我ながらずるい考えだと思っても、それ以外に自分を納得させる事が出来ないのだから仕方がなかった。


「ゲオルグ殿に願い事がないなら、オレがゲオルグ殿の分まで願う事にします」
「……願い事などあるのか」
「ありますよー。星に願わなくても、叶えるつもりですけど」
「お前らしいな」


そう言ってゲオルグは微かに笑う。
寝転がったままちらりとそんなゲオルグを見て、カイルの視線は再び夜空へと向けられた。
夜空を眺めたまま、カイルは言葉を紡ぐ。


「言っておきますけどゲオルグ殿」
「なんだ」
「オレは、ずっとゲオルグ殿と一緒に居るつもりですからね」
「カイル、お前……」
「ゲオルグ殿が嫌だと言っても、着いて行きますから。置いて行かれたらまた捜します。絶対に」
「……」
「星になんて願わなくても叶えますけど、願う事さえしてくれない人が居ますからねー」


だから代わりに願って上げますとカイルは告げる。
星になど願わなくとも、ずっと共に在るつもりでいる。
離れるつもりなど、カイルにはないのだから。
無言でしばらくカイルを見詰めて、ゲオルグは楽しげに笑って告げた。


「俺がお前と共に在りたいと思って居ると言うのか」
「違うんですか?」
「さあな。どうだろうな」
「一度も聞いた事ないんですけどー。一緒に居たいとかそう言う言葉」
「お前じゃあるまいし、そんな事を言うとでも思って居るのか」
「思いませんけどね」


思わないけれど、どう思って居るのか知りたいと思うことはあるとカイルは思う。
一方的に想って居る訳ではないと、実感したいのだ。
共に在りたいと思っていてくれるとは思っているが、本当のところは分からないのだから。
だからそう、星が流れたら、願ってみようか。
ずっと共に在れるようにと、いつかそんな言葉が聞けるように、と。
ゲオルグがそう言う事を言わない理由も、何となく分かっているからこそ、星にでも願うしかないと思っていた。
それ以外にゲオルグから言葉を引き出す事は出来ない気がするから。
言葉じゃなくてもいいからせめて態度でもう少し分かり易く。
どちらでもいいからゲオルグの本心が知りたかった。
分かってはいるつもりだけれど、これが正しいのだと実感したい。

死者は星になるというのが本当ならば、この夜空に瞬く星の中にはフェリドやアルシュタートやサイアリーズが居るだろう。
彼らなら、叶えてくれそうな気がする。
カイルの願いもそしてゲオルグの願いも――。


「星祭りの時に願えば良かったなあ」
「その日は野宿だったと思うが」
「そうなんですよねー。ゲオルグ殿ってホントそう言う事には無関心なんですよね」


普通は何処かの街に着くようにするだろう。
それか、前日に街に着いたら星祭りが終わるまで街に居るだろうに。
気にした風もなく、ゲオルグは街を後にして、そして当日は野宿になったのだ。
そう言うことには無関心なのに、切り替えも早く立ち直りも早いくせに。
何だってあの時の事だけはいつまで経っても忘れないのか。
いや、忘れられるはずがないことはカイルにも分かる。
ただ、忘れなくても薄れるものなのだ、どんなに辛い事でも悲しい事でも。
でもゲオルグはそれを自分自身に対して許して居ない気がする。
ゲオルグが未だに、太陽宮陥落の際負った罪を、あの時のまま背負って居るのが分かるから。
――あれは、貴方だけの罪じゃないとどれだけ言えばいいのか。

共に背負わせてくれとは言わない。
その代わり傍に居させて欲しいと願う。
絶対に言葉にもしてくれないだろうし、願う事さえしてくれないだろうけれどそれでも。
共にと望まれている事くらいは分かるから。
カイルもそう望んで居るのだから。
だからこそ、願う事くらいはして欲しい。
と言うよりは、その言葉自体を一度でいいから聞きたいと思う。
でもきっとカイルが想うほどにゲオルグがカイルを想う事はないだろうとカイルは思っていた。
いつの間にか自分の内で大きくなっていた想いは、気付いた時にはもう後戻り出来ない所まで来ていた。
女の子が大好きなはずの自分がと、落ち込んだりもしたけれど、今では仕方がないかと受け入れてしまっている。
受け入れるしかない程に、もう内にある想いは大きくなってしまっていたから。
だから、自分が想うほどに想って欲しいとは思わないけれど、同じように想って居てくれるのだと、知りたかった。
星に願いを――それを口実にして、ゲオルグの想いを知りたい。
共に在りたいという願いは、星になど願わなくても叶えるつもりでいる。
だから、カイルの願いはただ一つだけなのだ。


「ゲオルグ殿ー」
「なんだ」


寝転がったままいつもの調子でゲオルグを呼ぶカイルに、答える。


「一緒に流れ星に願いごとしましょーよ」
「断る」
「いいじゃないですか」
「お前が俺の分まで願うんだろう?」
「それだと流れ星が消えるまでに願えないんですよねー」
「願わなくても叶えるんじゃないのか」
「ゲオルグ殿は願う気もないくせに」


願えるはずがないとゲオルグは思う。
仕方がなかったと言い訳をするつもりもない。
頼まれた時に、酷い事を頼むと思いつつそれを受けたのだから。
その時点で覚悟は出来て居た。

カイルが守りたいと願って居た存在を奪っておいて、どうしてずっと共にと願えるのだろうか。

共に旅をするようになった時思ったのだ。
カイルが共にと望む限りは共に在ろうと、その代わりカイルが己の元を去りたいと願ったら手を放そうと。
そう確かに思ったのだから。

ふと隣に温もりを感じて見れば、少し離れた場所に寝転がって居たはずのカイルがいつの間にかゲオルグの隣に座っていて、視線が合うなり顔を近づけてくる。
至近距離で、カイルはじっとゲオルグを見詰めて告げる。


「星に願うのが嫌なら、オレに願いません?」
「……お前に願えば叶うとでも言うつもりか」
「オレじゃなきゃ叶えられないと思うんですけど」


共にと言わない理由も、それを願わない理由も、分かっている。
カイルがゲオルグの立場なら、やはり同じように思うだろうと思うから。
だから、カイルはカイルの意思でゲオルグと共に在る。
カイルの願いとゲオルグの願いが同じだっただけなのだ。
だから、カイルにはゲオルグの願いを叶えることが出来る。


「その代わり、ゲオルグ殿はオレの願いを叶えて下さいね」
「……何故そうなる」
「ゲオルグ殿じゃないと叶えられないんだから諦めて下さい」
「……星に願うのは止めたのか」
「ゲオルグ殿が星に願うなら、オレも星に願いますよ」


どうします? と至近距離でカイルは微笑んで見せる。
ゲオルグの願いが何であるのかも、それを口にする事もないだろうと言う事も分かった上で聞いて居るのだろう。
そして恐らくはカイルの願いもゲオルグの願いと同じだろうと言う事も分かる。
互いの内にある想いも恐らくは同じなのだろう。
だがそれでもやはり、それを口にする事は出来ない。
とは言え、「願い」を口にしない限り、カイルは聞き出そうとするのを諦めそうにない。
何故今日に限ってと思う。
どちらかと言うとカイルは、引くのは早い方なのだ。
特にこの手の、ゲオルグが絶対に口にしたくないと思う事に関しては、察して深入りしようとはしない。
それなのに今日に限っては、どうしたって引く気はないようだ。


「いい加減素直に言ったらどうです? オレが叶えてあげるって言ってるじゃないですか」


言いながら楽しそうに笑うカイルを見てどうしたって逃れられないのだと知る。
とは言え、カイルの思惑通りに動くのもまた癪だった。
願ってはいけないという思い自体が薄れて来て居ることに気付かれない為に、ゲオルグは直ぐ傍にあるカイルの顔を引き寄せる。
そうしてそのまま口付けて――驚いたようにカイルの目が見開かれるのを見て、満足する。
思うままに口内を蹂躙し、堪能すれば、カイルの手が縋るようにゲオルグの服を掴む。
その体を腕に抱いて、口付けから解放してやれば、カイルはゲオルグの腕の中から睨むようにゲオルグを見詰めた。
満足げにそんなカイルを見て、ゲオルグは言葉を紡いだ。


「お前が傍に居たいと望む限り傍に居ればいい。――俺の願いはそれだけだ」


ずっと共に――そうカイルも望んでいることを知っているから。
願ってはいけないという思いは、完全になくなった訳ではない。
けれど、薄れて居るの事実で、だからこんな日は願うのもいいかもしれない。
ずっと共に、と。
内にある想いを素直に受け入れるのもいいかもしれない。
いやもう既に先程の行為で受け入れて居ると言ってもいいだろう。
それでも、願いを、想いを口にする事に躊躇いはある。


「……だから、素直に言って下さいよ」
「なんだ、あれでは足りないのか」
「……何の話ですか、何の!」


雲一つない星空の下、楽しげな笑い声が響く。
身を寄せ合ったまま、二人は夜空を見上げた。
言葉にしない想いを互いに感じながら、ただじっと夜空を見詰める。

星に願いを――その願いは、きっと叶う。



END