■鬼の攪乱

旅をしていれば野宿など珍しくはなくて。
ちょうど街に着き、宿で休める事の方が珍しい。
特に、気ままに目的地も決めずに旅をしているゲオルグとカイルは、ちょうど良く街に着ける可能性はかなり低い。
そんな中、昼過ぎに久しぶりに宿のある街へと辿り着いた。
しばらく野宿が続いた事もあり、少し早いが今日はこの街で休むこととなる。
アイテムも残り少ないため補充が必要だったということもあるが。

いくつかある宿のうち一軒に部屋を取り、互いに自由行動となる。
それぞれに、鍛冶屋に行ったり、防具を見たりと思い思いに過ごし夕方宿で合流した。

ゲオルグもカイルも酒には強い方で、飲むこと自体好きでもある。
だが、野宿の時は魔物に襲われる危険性もある為、飲む訳もにいかず。
久々の宿ということもあって、食事の前に酒を飲んでいた。
他愛もない話をしながら酒を酌み交わす。
酒も残り少なくなって来た辺りで、カイルが怪訝そうに言葉を紡いだ。


「ゲオルグ殿、具合でも悪いんですか?」
「そんなことはないが。何だ行き成り」
「酒のつまみに甘いものがないなんて、珍しいなって」
「……少し考え事としていたんでな。頼むのを忘れただけだ」
「……ゲオルグ殿が甘いものを頼むのを忘れるなんて……本当に大丈夫ですか?」
「大丈夫だ」


言いながら酒を飲むゲオルグを眺めて、カイルは探るように言葉を紡ぐ。


「ゲオルグ殿、今日チーズケーキ食べました?」
「いや」


ゲオルグの返答に、驚いたような表情でカイルはゲオルグを見据える。
しばらく観察するようにゲオルグを見つめて、カイルは言葉を紡いだ。


「……熱でもあるんじゃないですか? 本当に具合悪くないです? 気付いてないだけで実はすごーく熱が高いとか」
「大丈夫だと言っているだろう」
「大丈夫じゃないですって! ゲオルグ殿が街に着いてチーズケーキを食べないなんて! 具合が悪いんじゃないなら天変地異の前触れとか」


真剣な表情あれこれと考えだすカイルを見て、ゲオルグは溜息を吐きだす。
らしくない事はゲオルグ自身自覚していた。
だが、その原因であるところのカイルに天変地異の前触れとまで言われると流石に腹も立つ。
いや、原因はゲオルグ自身にあるのだろうが――それでも、こんなことを思うのは相手がカイルだからだ。
思えば思うほど、全ての原因がカイルにある気がして、ゲオルグはぐいっとグラスに残った酒を飲み干し立ち上がる。


「どうしたんですか?」


立ち上がったゲオルグを見上げて、驚いたように声を掛けるカイルの傍らに立ち、腕を掴み立ち上がらせる。


「ゲオルグ殿、一体どうしたんですか」


喚くカイルを無視して、ゲオルグはカイルの腕を掴んだまま引っ張るようにして歩きだす。
引っ張られるままに歩きながら、カイルは何度もゲオルグの名を呼び、どうしたのかと問いかけていた。
無言でカイルを借りた一室まで連れて行き、部屋の中に押し込めてそのまま寝台へと押し倒す。
驚き目を見開くカイルに覆いかぶさるようにして、ゲオルグはカイルを見下ろした。


「ゲオルグ殿。何なんですか、一体」
「――ずっと傍に居てほしいと言ったら、お前は笑うか」
「……いや、笑いませんけど……でも、心配はしますね」
「何故だ」
「ゲオルグ殿がそんな事言うなんて、天地がひっくり返ってもあり得ないと思ってましたからね。……やっぱり熱あります?」
「ないと言っているだろう」


不機嫌そうに告げるゲオルグを見上げて、カイルは楽しげに笑う。
傍に居てほしいと言われて嬉しくないはずはないけれど、それでもそんなことを言うなんてゲオルグらしくないと思っていた。
ゲオルグは、そう思って居ても恐らく一生言う気はなかったはずだから。
背負ってしまった罪の重さ故に、自ら言葉にしないと課しているように見えたから。
それが分かっているから、カイルも冗談交じりに言葉を求めた事はあったけれど、本気でそれを望んだ事はなかった。
本音では、言葉にして欲しいという思いはあるけれど、でもゲオルグの思いも分かるから。
だから、本気で求めた事はなかったし、恐らくゲオルグも言葉にするつもりはなかったのだろう。
それにも関らず言葉にしたのは、それ程に追いつめられているからか。
一体何があったのか知らないが、ゲオルグらしくなかった。
だがまあ、こんなゲオルグを見られるのも、傍に居る特権かも知れない。
こんな姿を、ゲオルグは滅多に晒す事はないのだから。


「一体どうしたんですか。突然そんなこと言うなんて、ゲオルグ殿らしくないですよ」
「……」
「何を思ったか知りませんけど、オレはゲオルグ殿から離れる気はないですよ。前にも言いましたよね」
「……まあ、そうだな」


曖昧な返事の中に安堵の色が見えて、カイルは微かに笑って告げる。


「……ゲオルグ殿が思ってる以上に、オレはゲオルグ殿が好きですよ、多分」
「……」
「なんでそこで黙るんですか。ゲオルグ殿が可笑しいから言ったのに」
「……」


何も言わないゲオルグを見上げて、カイルは溜息を吐きだす。
そこで好きだと返さない辺りは、ゲオルグらしいのだけれど。
傍に居て欲しいと言ったのならば、言ってくれてもいいのにと思う。
恐らく今日を逃したら、絶対に聞けない言葉だろうから。
だがまあ今は、この状況をどうにかする方が先だ。
このままでは夕食を摂り損ねる。


「いい加減、退いてくれません?」
「……何故だ」
「何故って。まだ食事してないんですよ。ご飯食べましょーよ」
「……食事など後でいいだろう。せっかく久しぶりの宿だからな。野宿では出来ない事をした方がいい」
「……野宿では出来ない事って。場所なんか関係ないじゃないですか、ゲオルグ殿は」


にやりと笑って告げられて、カイルは言い返す。
外だろうが、カイルが嫌だと言おうがいつもゲオルグはお構いなしだ。
ただ、強引に事に及んだ後は、妙に優しかったりするから、それはそれで良いと思っていたりもするのだけれど。
結局のところ、カイルが本気でゲオルグを拒否することなどまずない。
恐らくはゲオルグもそれを分かっているのだろう。
強引に押し切られてしまうことが多い。
いつも通りのゲオルグに戻った事にほっとするが、だがこのままでは本当に食事を摂り損ねる。
カイルの服を剥ごうと動くゲオルグの手を制しながら、カイルは言葉を紡ぐ。


「何があったかくらい聞かせてくれてもいいと思いますけどー」
「そんなことはどうでも良いだろう」
「良くないですよ。心配したんですよ、オレ。ゲオルグ殿が珍しく病気にでもなったかと思って」


そのカイルの言葉にゲオルグは答えない。
どうにか制しても、少しずつ乱れていく服を見て、カイルは溜息を吐きだす。
食事は諦めるしかないか、と。
でも、心配したのは本当なのだ。
共に旅をするようになって、それなりの時間が経っているが、ゲオルグが体調を崩したことはない。
カイルも滅多に体調を崩す事はないが、それでも全く無い訳ではない。
だからこそ、本当に心配したのだ。
でもまあ、これだけ元気なら心配は要らないかとカイルは思う。
完全に脱がされた服が寝台の下に落とされるのを眺めて、抵抗をするのをやめる。
力ではどうしたってカイルがゲオルグに敵う事はないのだから。
こうなったらもう、どうしようもない。
それに、本気でゲオルグを拒否することなど、カイルには出来ないのだから。

滅多に見る事が出来ない追いつめられたゲオルグを見れて、二度と聞けない言葉を聞くことが出来ただけでも、良いと思う。
それでも、明日は我儘を言って色々やって貰おうと思い、それ以上何も考えられなくなっていく。
ああ、今日ゲオルグが可笑しかった理由だけは聞かないとと思い、カイルの思考は完全に途切れた。

――ずっと、共に。
それは、互いに望んでいること。



END



2009/12/04up