■聖夜

街に着いたのは辺りが茜色に染まった時刻。
雪もちらついて来た事もあって、その街で一泊することとなった。

一体今日は何があるのか。
街のあちこちの木には飾り付けがされており、各家の窓には白い何かで絵が描かれている。
街全体が賑やかな雰囲気に包まれていた。
こういう雰囲気が嫌いじゃないカイルは、興味ありげに辺りを見渡す。
そんなカイルの様子を見て、ゲオルグは微かに笑って告げた。


「この地方の神の生まれた日、だそうだ」
「……ゲオルグ殿、何でそんな事知ってるんですか?」
「以前この地に居た事があるからな」
「……ゲオルグ殿は、こういうの余り好きじゃなさそうですよね」
「お前は、好きそうだがな」
「……あれ?」


ゲオルグの言葉にカイルは首を傾げる。
確かに、カイルは祭りなどの賑やかな雰囲気は好きだ。
だが、ゲオルグはそういうモノにあまり関心が無い。
それは共に旅をしている中で、良く分かって居た。

何故なのか此処数日、妙にゲオルグは急いでいる風だった。
そして今日、神が生まれたとされる聖なる日に、偶然この地に辿り着いた。
――それは本当に、偶然なのだろうか。
今日此処に来れば、この街が賑わっているのを知っているはず。
追手から逃げるようにあちこち渡り歩いて居る状態で、人が集まる場所に居るのは決して良い事ではないはずだ。
今日この地が賑わうと知って居たなら、ゲオルグならば避けるはずだろう。
それにも関らず此処に居ると言う事は――。


「……ゲオルグ殿、知ってて此処に来たんですか」
「……」
「何でそんな事……」
「お前はこういうの好きだろう。……見せてやろうと思ってな」


予想通りの答えに、カイルは何も言えなくなる。
確かにカイルはこういう雰囲気は好きだ。
祭りだなんて聞けば、それだけでわくわくしてくる。
でも、気になるのは、何故ゲオルグが突然そんな事を思ったのか、だった。
考えれば嫌な予感しかしない。
ゲオルグがカイルを、こんな風に追われる日々から解放したいと思って居る事もまた、カイルは知って居るから。
だから、これで最後にするつもりなのかと思い、カイルは慌てたように言葉を紡ぐ。


「ゲオルグ殿、俺は――」
「カイル。お前が何を思ったか知らんが、本当に見せてやりたいと思っただけだ」


そんなカイルの思いが分かったのか、言いかけた言葉を遮ってゲオルグは告げた。
単なる思い付きだったのだ。
急げば丁度この日にこの街に着く事が出来るだろうと気付いたのは、どの辺りでだっただろうか。
それに気付いたら、見せてやりたいと思ったのだ、こういった行事に全く興味がないゲオルグにしては珍しく。
理由はそれだけではなかったが。
以前とある街の生誕祭の日に、カイルと再会した。
その時の事が忘れられないからかもしれない。
こういったモノが好きなはずのカイルは、ファレナの王家の者達との思い出に縛られて、楽しいはずの出来事を楽しめないで居たから。
忘れる事は出来なくても、良い思い出として塗り替えられればと、そんな事を思ったからかもしれない。
――簡単に忘れる事が出来ない事くらい、ゲオルグも良く分かって居るから。
だから、誤魔化しでしかないのだろうが、それでも。
カイルがゲオルグの思いを軽くしてくれたように、ゲオルグもカイルの辛い思い出を少しでも――そんな事を思ってしまったのは、生誕祭だの聖夜だの聖なる日だのと言った雰囲気にあてられたからだろうか。
らしくない思いに苦笑すれば、訝しげにゲオルグを見つめるカイルと視線があった。


「なんだ」
「……ゲオルグ殿が珍しい事を言うから、何かあったのかと思ったんですけど、違うみたいですね」
「お前は、俺を何だと思ってるんだ」
「だって、ゲオルグ殿こういう行事に、全然興味ないじゃないですか」


全然、という言葉を殊更強調して、そうカイルは告げる。
カイルを見据えて溜息を一つ零して、ゲオルグは告げた。


「此処で一泊する必要はないようだな」
「誰もそんな事言ってないじゃないですか。一泊しましょーよ。オレもう野宿は嫌ですよー」


泊まりたいと喚くカイルを煩そうに見て、ゲオルグは何も言わずに宿に向って歩き出す。
しばらくの間この地に居た事があるだけあって、何処に何があるかは分かって居た。

宿に向うゲオルグの後を追ってカイルは歩き出す。
ふと、目に入ったモノに、先を歩くゲオルグを呼びとめた。


「ゲオルグ殿、せっかくだからケーキ買って行きましょうよ」
「……後で良いだろう。宿に行くぞ」
「夜は外に出てみたいですし、食べる時間なくなりますよ? 良いんですか?」
「……」


立ち止りしばし考えて、ゲオルグはカイルが指差す店に向って歩き出す。
カイルはゲオルグと違い甘党ではないが、自分の為に今日此処に着くように考えてくれたのだろうゲオルグに、付き合ってもいいかと思って居た。
流石に酒のつまみにケーキは、無理だが。
ケーキ屋に入っていくゲオルグを追いかけて、カイルもケーキ屋に足を踏み入れる。
モノ珍しげに見られるのも、ゲオルグと共に行動するようになってから慣れた。
そんなに食べるのか、という量のケーキを買い、カイルとゲオルグは宿へと向かう。
宿でケーキを食べ、酒を飲み、夕食を終えて。
そうして完全に闇に包まれた時間になってから、二人で外へと出た。

濃紺の空からちらちらと雪が舞い落ちてくる。
飾り付けられた木々は、雪を被り光を放っていて、夕方見たよりもずっと、綺麗だった。
そこに舞い散る雪が更に彩りを添える。
こうして居るとどうしても思い出すのは、ファレナで王家の人達と過ごした時間だった。
でも、ゲオルグと再会したあの時のよりも、思い出しても辛さは薄れている。
それはきっと――。


「やっぱり、こういう時に雪が降るのはいいですね。ファレナは雪が降らなかったから」


一部の場所を除いて、ファレナは雪が降らなかった。
温暖な気候の過ごしやすい場所だったから。
雪が降る事なんてなかった。
生誕祭だって王子や姫様と大騒ぎして――そんな出来事を思い出しても、以前程悲しくもない。
それはきっと――手に入れたからかもしれない。
あの場所よりも、欲しいモノを。


「ゲオルグ殿」
「なんだ」
「……ありがとうございます」
「なんだ、行き成り」
「ファレナの王家の人達は、今でも大切ですけど。でも、それ以上に欲しいモノを、手に入れましたからね」

そう言ってカイルは、ゲオルグを見て笑う。
じっとそんなカイルを見据えて、ゲオルグは微かに笑って告げた。


「そう思って居るのは、お前だけじゃないのか」
「相変わらず酷いですね、ゲオルグ殿は」
「それでも、着いてくる気なんだろう?」
「そうですけど。ゲオルグ殿だって着いて来て欲しいって思ってるくせに」
「どうだかな」


言いながら微かに笑って、ゲオルグはカイルの頭へと手を伸ばす。
金色の髪に薄らと積もる雪を、そっとその手で払った。
それに気付いたカイルもゲオルグを見て、「ゲオルグ殿も真っ白ですよ」と言いながらゲオルグの頭へと手を伸ばし雪を払う。
そうして、闇色の空から舞い落ちてくる雪を眺めて、カイルは言葉を紡いだ。


「こんな日くらい、素直になろうと思いませんか?」
「思わんな」
「やっぱり。ゲオルグ殿が素直に着いて来て欲しいなんて言ったら、天変地異でも起こりそうですもんね」
「……お前が俺をどう思って居るのか、一度じっくりと聞いてみたいものだな」
「良いですよ、いくらでも話しますけど」
「……」
「その代わり、ゲオルグ殿も聞かせてくれるなら、ですけどね」
「天変地異が起こるんじゃないのか」
「起こるかもですね、ゲオルグ殿が言ったら」


闇色の空からちらちらと舞い落ちてくる雪を眺めながら、二人は微かに笑う。
これから先ずっと、こんな光景を共に見られたらと、思う。
隣に在る存在に互いに癒されて、辛い思い出も罪も、少しずつ薄れて行く。

寒いと言ってカイルがゲオルグに寄り添って、それをゲオルグも拒むことなく受け入れる。
闇色の空から舞い散る白い雪の中、二人は寄り添ったままだたじっと空を見上げて居た。
いつまでもずっと――そう願いながら。



END



2009/12/27up