■たとえ離れても
ゲオルグはいつでも剣を抜けるように鞘に手を掛けた状態で、カイルは抜剣した状態で互いに背を合わせて立つ。
そんな彼らを囲むように立つ男達は、それぞれ武器を持ち、いつでも戦える体勢でそこに居た。
視線だけを動かして辺りを見渡して、カイルは溜息を一つ零して告げる。
「オレ、流石に二十人以上を二人で相手した事はないんですけどー」
「そうか、奇遇だな。俺もだ」
「うわー、それでどうするんですか、この状況」
「やるしかないだろう。見逃してくれそうにはないからな」
「本気で捕まえたいんですね、ゲオルグ殿を。此処までとは思わなかった、流石に」
かなり強い二人ではあるが、それでもこの人数相手では楽観する事は出来ない。
負ける気はないが、流石に無傷でこの場を切り抜ける事は不可能だろう。
彼らの目的はゲオルグであって、カイルはゲオルグと共に居る為に巻き込まれたに過ぎない。
最悪の場合は――どうにかしてカイルだけでも逃がした方がいいかとゲオルグは思う。
辺りに満ちる殺気は、背中合わせで立つ二人のモノか、それとも捕えようと襲いかかる者達のモノか。
分からないが、尋常ではない殺気が、辺りを満たしていた。
そんな中、背に感じる温もりが、互いの存在を確かなモノにしていた。
「ゲオルグ殿」
言葉を紡ぐ事さえ困難な程の殺気の中、カイルが背中合わせに立つゲオルグに声を掛ける。
「なんだ」
「……馬鹿な事考えないで下さいね。今は、この場をどう切り抜けるかが一番だと思いますけど」
「そうだな」
その言葉が合図であったかのように、ほぼ同時に、カイルとゲオルグは二人を囲むようにして立っている者達へと斬りかかる。
それによって、ずっと様子をうかがっていた者達も、カイルとゲオルグへと向かって行く。
十倍程の人数を相手に戦うのは明らかに不利で、けれどゲオルグの刀が鞘から抜かれる度に、そしてカイルの剣が振り下ろされる度に、一人ずつ減っていく。
返り血を浴びないように等と気を遣う余裕もないため、斬るたびに剣は血に濡れ、飛び散る赤に髪が、服が染められていく。
髪も服も黒系の色のゲオルグはまだいいが、カイルの方は金色の髪が血に濡れて随分と酷い有様になってきている。
けれど、そんな事に構っている暇はないのだ。
一人斬ったその剣を返す時に、もう一人を斬り伏せる。
刀を鞘から抜き斬り伏せて、その刀を鞘へと戻す時にまた一人斬る。
そうしてどうにか半分ほどの相手を倒した。
ゲオルグとカイルに斬り伏せられて倒れた人達の中に、再びゲオルグとカイルが背中合わせで立っていた。
「やっと半分ってとこですか。……オレもう限界ですよー」
「……随分と余裕だな」
「どこをどうしたら余裕に見えるんですか」
「今なら、お前一人くらいなら逃げられるだろう。どうする」
「だから……まあいいです。その話はあとで。休憩の時間もくれないみたいですから」
「そうらしいな」
話している二人に隙があると思ったのか、向かってくる相手を斬りつけて、倒れたのを見届ける暇もなく別の相手に斬り掛る。
そうして、どうにか襲ってきた全ての者たちを倒して――辺りには沢山の人が倒れ、一面赤に染まったその場所に立っているのは、ゲオルグとカイルのみだった。
「疲れた」
そう呟いて、カイルはその場に座り込む。
今更、血で汚れるなんて気にならない程に、カイルもゲオルグも赤に染まっていた。
血の海と言っていい状態の中に座り込んだカイルを、立ったまま見下ろして、ゲオルグは告げる。
「汚れるぞ」
「今更でしょう。どっかに川ないですかね。このままじゃ宿どころか街にも入れませんよ」
「確かに、お前は酷いな」
「良いですよねゲオルグ殿は、髪黒いから目立たないし。服も外套以外は黒っぽいですしね」
座り込み疲れ切った様子で言うカイルを見て、ゲオルグは微かに笑う。
それを見上げて、カイルは疲れたように溜息を吐きだして告げた。
「この辺に川ないですかね」
「……さあな」
「探してくれる気はないんですか」
「何で俺が」
「体力余ってるでしょう」
「……」
無言で、心底嫌そうに、ゲオルグは溜息を吐きだす。
探しに行く気がなさそうなゲオルグを見て、カイルは更に言葉を続けた。
「このままじゃ宿どころか街にも入れないじゃないですか」
「……分かった」
「何でそう嫌そうなんですか」
「俺だって疲れてるんだ」
「オレは、しばらくは動けません」
「お前、もう少し体力つけろ」
「あんたが体力あり過ぎるだけでしょーに」
片方は座ったまま見上げて、片方は立ったまま見下ろして。
互いに睨むような視線をしばらくの間投げて、どちらからともなく溜息を吐きだす。
「……行ってくる」
「お願いします」
疲れているにも関わらず、これ以上言い合っても仕方がないとどちらもが思っていた。
遠ざかっていくゲオルグの背を眺めて、カイルは座り込んだまま辺りを見渡す。
「それにしても、凄い光景だな」
そう言って、思わず苦笑する。
折り重なるように倒れている人の数もかなり多く、辺りは赤く染め上げられていて。
見慣れない者がこんな光景を見たなら、卒倒しそうだと思う。
こんな光景を見慣れてしまっている自分もどうかと思うが――それは、恐らくカイルだけではないだろうが。
ゲオルグと旅をしているから見慣れた訳ではなく、カイルもまだ少年と言われる年齢から剣を手にしていたから。
戦場に出た事も何度かある。
共に戦う仲間を、これまでに何人も失って来ていた。
だから、こんな風に共に在れる日も、いつか終わりを告げるかもしれないという思いは、常に頭の片隅にある。
それは恐らくカイルだけではなく、ゲオルグも同じだろうと思うが。
それでも、たとえ離れても――何度だって捜してみせるとカイルは思う。
どちらかが命を落とさない限りは、共に在るつもりでいるのだから。
それにしても、疲れたと思う。
あれだけの人数を相手にした事は、流石にない。
相手も本気なのだと分かる。
このままでは――そう遠くない日に、どちらかが……一瞬過った考えを振り払って、カイルは空を見上げる。
街を出たのは朝早い時間で、出来る限り人の居ない場所を選んで移動している。
それは、追手の襲撃がいつあるか分からないから。
関係ない人を巻き込む訳にはいかないからだった。
まだ夕方にもなっていない時間。
空には青空が広がり、けれど地面へと目を向ければそこは一面の赤。
なんて対照的な光景かと思う。
真昼間に、こんな大人数で襲ってくるとは、流石に思ってもいなかった。
人の居ない場所を移動しているのだから、昼間だろうと関係ないのだろう。
そう考えると、関係ない人を巻き込まないようにと、出来るだけ人の居ない場所を移動するのは逆効果の気がしないでもない。
けれどそれでも、やはり今までと変わらずに人の居ない場所を移動するのだろう。
カイルの事さえ巻き込みたくないと、共に在る事を中々認めてくれなかった人だから。
巻き込むも何も、全てをゲオルグ一人に背負わせてしまった責任がカイルにも、他の女王騎士にもあるのに。
それでも、そんな事をいくら言っても無駄なのは分かっているから。
だから、何を言われようと傍に居ると、離れないと誓ったのだから。
そうしてやっと、共に在る事を認めて貰ったのだから。
だから、たとえ離れたとしても、何度だって捜してみせる、と改めて思う。
離れるつもりなど、ないのだけれど。
「ゲオルグ殿、遅いなあ。……寝てもいいかな」
「止めておけ」
「あ、帰って来た」
未だ、赤く染まった地面に座り込んだままのカイルを見下ろして、ゲオルグは溜息を吐きだして告げる。
「……川はある事はあるが、結構歩くぞ」
「えー、近くにないんですか」
「ない」
「どうせ襲ってくるなら、川の近くにして欲しかったですよ」
「こっちの事情など考慮するはずがないだろう」
「それもそうですけど」
「さっさとしろ。夜までに街に着けなくなるぞ」
「……川の傍で野宿でも良いですよ。というかその方が良いような気がする」
「……街まで歩く気力がない、か」
「気力というか体力が……」
「まあ、そうだろうな。どちらにしろ、早くしないと川に着くまでに日が暮れる」
そう言ったゲオルグに向かって、カイルは片手を差し出す。
差し出された手を見て、怪訝そうにゲオルグは言葉を紡いだ。
「なんだ」
「起こしてくれたっていいでしょう」
「お前な」
「ほら、早くしないと日が暮れるんでしょう?」
ゲオルグに向かって手を差し出したまま、自ら立ち上がる気配さえないカイルを見て、ゲオルグは呆れたように溜息を吐きだす。
「仕方がない」と呟いて、ゲオルグは差し出されたカイルの手を掴み、引っ張った。
引っ張られるままに立ちあがって、カイルは疲れたように溜息を一つ零して告げる。
「ああ、そうでした。ゲオルグ殿」
「なんだ」
「オレは、これから先、今日よりも多い人数が襲って来たとしても、一人で逃げるなんてしませんから」
「……」
「ゲオルグ殿を捜すのに、どれだけ大変だったと思うんですか」
「捜してくれと頼んだ覚えはない」
「うわー、可愛くないなあ」
「可愛くなくて結構だ」
思った通りの答えが返ってきて、カイルは可笑しそうに笑う。
そんなカイルをゲオルグは睨むように見据えて、それを見たカイルは仕方なさそうに肩を竦めて告げた。
「……まあでも。たとえ離れても、何度だって捜しますよ、オレは」
「……そう簡単に捜されてたまるか」
「でも、捜します。どんなに時間が掛っても。だから、オレだけを逃がそうとかそんな事考えても無駄です」
きっぱりと、自信たっぷりに言い切るカイルに、ゲオルグも確かに無駄なのかもしれないと思う。
きっとカイルが言う通り、たとえ離れても、カイルはゲオルグを捜すのだろう。
そうしてきっと、あの時のようにゲオルグを捜し当てるのだろうと、何故か思えた。
それに――多分ゲオルグも、何気ない風を装いながらカイルを捜してしまう気がしていたから。
「そうらしいな」
「そんな事考えるくらいなら、疲れたオレを川まで背負って行ってくれる方がありがたいんですけどー」
「断る。一人で歩けないようなら、この場に置いて行くぞ」
「こんな所に置いて行かれたくないですって」
「なら、行くぞ。さっさと歩け」
「はーい」
間延びした返事を返して、カイルは歩き出したゲオルグに着いて歩き出す。
敵に囲まれて、その中心で背を合わせて立って。
その時に感じた温もりは、あの場に似つかわしくなく、温かく穏やかで。
けれど、互いが発する殺気は、辺りが凍りつく程に冷たかった。
だが、だからこそ、穏やかで温かいと感じる温もりがあるからこそ、あんな状況でも切り抜けられると信じられるのかもしれない。
だからきっと、この先も何度も何度もこうして二人で乗り切って行くのだろう。
手放す事などもう、出来ない事くらいとっくに分かって居るのだから。
背を預けられる存在と共に、ずっと在るのだと信じられる。
たとえ離れても、それでも再び会えると――何故なのか信じる事が出来た。
どちらかが命を落とすまではきっと、ずっと共に在るのだろう。
互いに赤に染まって、ぼろぼろになって。
それでも互いが傍に在ればそれでいいと、そう思えるから。
たとえ離れても、何度だって出会える。
そう、信じる事が出来るから。
その時が来るまでは、共に――。
仕方がないと思いながら、そんな事を思う。
川はまだかと、疲れたと文句を言いながら着いてくる存在を感じながら。
END
2010/04/04up