■共に行く、覚悟を

宿の一室。
窓に張り付くようにして、降り続ける雪を眺めるカイルを見て、ゲオルグは扉へと足を進める。
カイルに気付かれないように気を付けて、扉へと手を掛けて、途端に振り返りもせずに掛けられた声に苦笑した。


「何処行くんですか、ゲオルグ殿」
「少し、出てくる」
「なら、一緒に行きますよ」
「いや、いい。お前は此処に居ろ」
「……そうですか。分かりました。なら、待ってます」


その返答を聞いて、ゲオルグは部屋を後にする。
そのまま宿を出て、街の外へと出た。

降り続く雪の為、街に居ても音は殆ど聞こえる事はなかったが、それでも人が生活して居る以上、多少の音はあった。
だが、街から少し離れると、その僅かな音さえも聞こえなくなる。
この時期じゃなければ、多少なりとも緑があるはずのこの場所も、一面真っ白で。
銀世界とは良く言ったものだと、ゲオルグは思う。
所々に、雪を被った木があるが、それ以外は真っ白な平原が続いている。
真っ白な平原をしばらく眺めて、ゲオルグは一度だけ街を振り返った。
そうして再び、真っ白な平原へと視線を戻す。
独りで部屋を出て来た時は、何か理由があった訳ではなかった。
ただ何となく、独りになりたかっただけだった。
だが、この真っ白な平原を眺めていると、その理由が分かった気がする。

ゲオルグを捜して追って来たカイルと共に旅をするようになって、どのくらい経ったか。
共に旅を始めた頃は良く、巻き込む訳にはいかないと思ったはずなのに、いつの間にかそんな事を考える事もなくなった。
だが、本当にそれでいいのか。
今ではカイルもゲオルグの仲間だと思われているのも確かだ。
だから、カイルが独りで居たとしても追手に狙われる可能性はある。
だからと言ってこのままでいいのか。
真っ白な平原を眺めていると、考えなければいけない気にさせられる。
部屋の窓から降り続ける雪を眺めているカイルを見ていた時に思ったのも、きっとこの事だろう。
このままでいいのか、と。
いつの間にか手放せなくなっていた。
だからと言って、このままずっと共に在っても良いのか。

あの時、フェリドに頼まれたからこそ、この手で女王の命を奪った。
だが、頼まれたとは言え、決断したのは己自身だ。
罪を背負う覚悟は、したはずだ。
独りで背負って行く覚悟を、確かにしたはずだ。
今でも、誰かに背負わせるつもりも、巻き込むつもりもない。
それなのに、カイルと共に旅を続けている。

このままこの街にカイル独りを置いて出て行けば、いずれはカイルがゲオルグの仲間だという噂も消えるだろう。
分かっているのに、街からこれ以上離れる事も出来ない。
ずっと共に在ると言うカイルの言葉に、ゲオルグは明確な言葉を返した事はなかった。
いつまでも中途半端なままでは居られない。
共に在ると言う事は、己の罪を背負わせると言う事になるのだから。
その覚悟を、しなければならない。

今更だなと思い、ゲオルグは苦笑する、
本当に今更だ。
カイルと共に旅を始めた時に、考えなくてはいけない事だった。
このままではいけないと思いつつ、明確な答えを出さなかったのは、居心地が良かったからだ。
共に在るのが当たり前になりつつあった。
手放したくないと、手放せないと思った。
それにも関わらず、ゲオルグは明確な答えを出す事を避けていたのだ。
己の罪を背負わせるつもりも、巻き込むつもりも、ない。
それは、今も変わらない。
だがそれでも――もう、簡単には手放せない。
何度だって捜すというカイルの言葉が、何故か唐突に浮かんだ。
宣言した通りに、きっとこのままカイルをこの街に置いて行ったとしても、カイルはゲオルグを捜すのだろう。
そして何故かは分からないが、また再会する気がする。
だからもう、はっきりと認めてしまおうか。
仕方ないと曖昧にするのではなく、己自身が共に在りたいのだと。
そう思った瞬間、向けられる殺気に、ゲオルグは太刀に手を掛ける。
魔物とは明らかに違うそれに、反射的に太刀を抜きかけて――鞘から全部抜く直前に、良く知った気配に気付いた。
慌てて太刀の軌道を逸らす。
上からゲオルグに向かって振り下ろされる剣を、太刀で受け止めた。
しんしんと雪が降り続けるその場所は、僅かな物音さえもなくて。
静かなその場所に、金属音が響き渡る。
渾身の力で振り下ろされた剣の重みに、受け止められた衝撃に、互いの口から僅かに呻くような声が漏れた。
受け止めた剣の向こう側に、殺気を滲ませたカイルの姿がある。


「不意打ちなら、一本取れると思ったんですけどね」


剣を引きながら、カイルは普段通りの口調で告げる。
真剣で一本取るも何もないだろうと思いながら、ゲオルグは言葉を紡いだ。


「お前、本気だっただろ」
「当たり前じゃないですか」


思わず溜息が零れる。
普段通りの口調の割に、カイルの表情は普段通りからは遠かった。
ゲオルグを睨むように見据える視線は、かなり鋭い。


「外に行くって出て行ったまま、いつまでも帰って来ない人を捜しに来たんですよ。何してるんですか、こんな雪の中でいつまでも」
「……」
「まあ、これ以上独りでこの街から離れる気はなかったみたいですから、いいですけど」
「その割には、本気で斬りかかって来たみたいだが」
「だから、当たり前だって言ったじゃないですか。オレを此処に置いて行こうと、ほんの少しでも思ったでしょう」
「まあな」
「あっさり肯定しますね」
「今更否定してもどうにもならんだろう」
「まあ、そうですけど。それで、何をしてたんですか」
「覚悟をしていた」


そう言って、ゲオルグは空を仰ぎ見る。
落ちてくる雪をしばらく眺めて、ゲオルグの言葉を待つカイルへと視線を向けた。


「共に行く、覚悟を」
「……今更、ですか」
「ああ、今更だ」
「分かってましたけどね。ゲオルグ殿はオレが望むから共に在ってくれるって事くらい」


それだけ言って黙りこむカイルを、ゲオルグは見つめる。
恐らくはもうとっくに、カイルに色々と背負わせているのだろう。
もう本当に、今更だ。
引き返せない事くらい、手放せない事くらい、分かっていたはずなのだから。


「俺は、誰にも俺の罪を背負わせる気はなかった。だから、共に在りたいと望む訳にはいかなかった。……いや、望んでいてもそれを認める訳にはいかなかった」
「……」
「だがもう、誤魔化すのはやめだ。お前が望むからではなく、俺は俺の意思で、お前と共に在る事を望む。どうせもう、とっくに巻き込んでるからな」
「……ゲオルグ殿」
「なんだ」
「分かってはいましたけど、ゲオルグ殿がそう言う人だって。でも、何なんですか行き成り」
「だから、覚悟をしたと言っただろう」
「それは分かってますけど!」
「お前も、覚悟しておけよ」
「そんなの、とっくに出来てますよ。じゃなきゃ、追いかけてなんて来れる筈がない」
「まあ、そうだな」


そう言って、ゲオルグは楽しげに笑う。
ゲオルグがカイルと共にと思っていてくれる事は、カイルにも分かっていた。
そう思っていながら、一線を引いている事も。
だからこんな風に吹っ切れたように笑うゲオルグを見ていると、それだけで嬉しくなる。
元々ゲオルグが背負った罪は、ゲオルグ独りのモノではないのだ。
だがそう言っても、ゲオルグはそれを認めないだろう。
僅かでも預けてくれれば、そう思っても、それさえも叶わないだろうと思っていた。
それでも、傍に居られればそれでいいと、思っていたはずなのに。
共にとはっきりと望まれれば、もっとと思ってしまう。
自分の貪欲さに、カイルは思わず苦笑を浮かべた。


「戻るぞ」
「ちょっと待って下さいよ」


街に向かって歩き出したゲオルグを、カイルは急ぎ追いかける。
ゲオルグの歩く速度が少し落ちて、カイルは微かに笑って隣に並んだ。


「せっかくだから少し外歩きましょーよ」
「風邪引いたら置いて行くぞ」
「えー、看病して下さいよ」
「断る」
「ゲオルグ殿、冷たい」
「それこそ今更だろう」


降る続ける雪のせいで静かなその街に、楽しげな笑い声が響く。
交えた剣の重みを、共に歩く覚悟を。
真っ白なこの景色と共に抱えて行く。
互いの望むままに、ずっと。



END



2011/02/06up