■夏祭り

その街に着いたのは既に夜に近い時間で。
それにも関わらず街はかなり賑わっていた。


「随分賑やかですね」
「そうだな」


カイルの言葉にゲオルグも言葉を返す。
そうしながらも二人とも辺りを窺っていた。


「……夏祭り? らしいですよ」


行きかう人達の会話を聞いたらしいカイルが、そうゲオルグに告げる。
この地には四季というモノがあって、以前此処に来た時にはそういえば冬だったなとゲオルグは思い出していた。


「見て回るか?」
「当然です!」
「先に宿に行くぞ。この調子だと部屋が空いてない可能性もあるからな」
「あー、そうですね。行きましょうか」


こういった催しが好きなカイルは、ゲオルグを置いて急ぎ宿に向かって歩き出す。
分かり易いなと思いながらその背を眺めて、ゲオルグは微かに笑ってカイルを追い掛けた。

どうにか宿に部屋を取って、ゲオルグはカイルに付き合う形で、夏祭りを見て回っていた。
暑い暑いというカイルに苦笑しつつ、ゲオルグは問いかける。


「お前、暑いのは得意だと思ったが」
「暖かいのは好きですけど、暑いのは嫌ですよ」
「そうか。まあ確かに、ファレナは温暖な気候だったからな」
「……長い間あの地に居ましたからね。ゲオルグ殿と旅するようになって、いかにあそこが恵まれた気候だったか知りました」
「そうか」


それだけ言って直ぐ傍にある店へとゲオルグは近付く。
何を見つけたのかと思いカイルが後をついて行けば、目の前に缶が差し出される。
冷えた缶は、心地よくて、思わず両手で握る。


「温まったら不味いぞ」
「――ってビールですか、これ!」


缶を開けて飲むゲオルグを見て、カイルは驚いたように声を上げる。
投げて渡されなくて良かったと思いながら、カイルも缶を開けた。
暑い時に冷たいビールはやっぱり美味しいと思う。
それにしても珍しいな、とカイルは思っていた。
基本的にゲオルグは、物欲があまりないのか、自ら進んで何かを買う事がない。
武器関連と甘味だけは例外だが。
酒が好きなのは知っている。
カイルも酒は好きだし強い方だが、ゲオルグの方が酒には強い。
宿の一階は大概食堂兼酒場である事が殆どなので、そこで夕食を摂りながら、酒を飲む事が多い。
その場合も、酒を選ぶのは専らカイルで、ゲオルグは特に銘柄に拘る事はなかった。
だからこそ珍しいと思う。


「ゲオルグ殿ならかき氷を買うかと思いましたけど」
「なんだ、そっちの方が良かったのか」
「オレはビールの方が良いです」
「暑い暑いと煩いからな。これで少しは静かになるかと思ってな」


その言葉で納得した。
本当に珍しい事に、何の気まぐれなのか分からないが。
どうやらゲオルグはカイルの為に、このビールを買ったらしい。
本当に何の気まぐれかと思う。
とは言え、時々こんな事をやってくれるのだ、この男は。
それも、絶妙なタイミングで。
――恐らくはファレナの話題を出したからだろう。
表面に出さないようにはしているが、やはりカイルにとってはファレナの王家の人達は特別なのだ。
どうしたって忘れる事が出来ない苦い、苦すぎる思い出。
ファレナという地名を聞いただけでも一瞬にしてあの時に思考が戻ってしまう程、カイルにとっては忘れられない出来事なのだ。
生まれ育った場所であると言う事もあるし、ゲオルグを追い掛けるまでは一度もファレナの地を出た事もなかったから尚更かもしれない。
空になった缶を、設置されているごみ箱に捨てて、さてこの後どうしようかと考える。
まるでその思考を読んだかのように、ゲオルグが声を掛けた。


「あとは、何処に行きたいんだ」
「何処って特にないですけど、出来れば全部見て回りたいですね」


普段と変わらない口調でカイルがそう返せば、呆れたようにゲオルグは溜息を吐きだす。
嫌そうな顔をしているゲオルグの腕を、カイルは楽しげに笑いながら掴む。
そうして、ゲオルグを引っ張るようにして歩き出した。

ファレナという地名は、カイルにだけではなく、ゲオルグにも苦い感情を呼び起こす事は分かっているから。
だから、何事もないかのように振る舞う。
どっちの傷が深いかなんて分からないけれど、多分どちらにとっても決してこの先忘れる事の出来ない事だろうから。

はしゃぐカイルが言うままに、食べて飲んで遊んで。
それでもまだ、喧騒は続いていた。
その喧騒から外れるように、カイルはゲオルグの腕を掴み引っ張るようにして歩いて行く。
何処に行くのかと思いながら、それでも何も問うことなくゲオルグはついていった。
街を出て、少し離れた場所にあったのは、川。
ファレナにあったような大河ではなく、小さな川だった。
その傍の、草の生えている場所にカイルは腰を下ろす。
そうしてゲオルグにも座れと促した。
促されるままに座って、ゲオルグは川へと視線を向ける。
決して大きくはない川ではあったがそれでも、川の上を渡る風は涼しくて、暑さが和らぐのを感じていた。


「此処は涼しくていいですね」
「そうだな」
「あ、そうだ。はい、これ」


そう言って渡されたのは、缶ビール。
何処にいれてあったのか、温くなっていた。


「……」
「大丈夫ですって。味は変わらないはずです」
「そういう問題か?」
「嫌なら返して下さい」
「断る」


それだけ言ってゲオルグは温くなった缶を開ける。
そうして一口飲んで、小さく溜息を吐きだした。


「やっぱり、冷たい方が美味しいですね」
「当たり前だ」
「街の賑やかさがウソみたいに、此処は静かですね」
「そうだな」
「夏祭り、か。良いですね、ああいう楽しいのは」
「なら、戻るか?」
「今はゲオルグ殿と二人きりで居たい気分なんでいいです」
「……」
「なんでそんな嫌そうな顔するんですか」
「お前がそう言う事を言う時は、ろくな事がないからな」


酷いなあ、と言いながらカイルはビールを煽るように飲みほす。
そうしてゲオルグに寄りかかるように寄り添った。
寄り添ったカイルを退かそうかと思っているのか、逡巡する気配が伝わってくる。
それに気付かない振りをしてカイルは寄り添ったまま空を見上げた。
諦めたのか、ゲオルグはカイルのしたいようにさせてくれるつもりらしい。
言葉を交わさなくても、そのくらいの事は分かるだけの時間を、もう共に過ごしているのだ。


「何か眠くなって来た」
「此処で寝たら、放置するぞ」
「酷いですね」
「祭りはもういいのか」
「良いんです。今はゲオルグ殿と二人きりの夏祭り中ですから」
「なんだそれは」


そのゲオルグの問いにカイルは何も答えない。
街の喧騒が、遠くから聞こえて来て、けれどこの場所は先程までの騒がしさが嘘のように静かだった。
水が流れる音と、時折吹く風が木々を揺らす音が聞こえる。
街の喧騒は全く聞こえない訳ではないが、気にしなければ気にならない程度だった。
川を渡る涼しい風が吹く中、寄り添う場所から温もりが伝わる。
それは、確かにその存在が此処にあると伝えて居て、けれど確かに此処に在るのだと確かめたくもなる。
そう思うのはどちらも同じなのか、視線が絡み合う。
どちらからともなく近付いて、口付けを交わした。


「ゲオルグ殿」
「なんだ」
「こんなところで何をするつもりですか」
「……言わなければ分からんのか」
「分かってて聞いてるんです。退いて下さい」


口付けている間にカイルはその場に押し倒されていて。
覆いかぶさるゲオルグを見上げて、どうにか退かそうとする。
けれども、退かす事は出来なくて――カイルは内心で溜息を吐く。
いつも思うが、ゲオルグがこういう行動に出るのは本当に行き成りなのだ。
一体何処に、こういう事のスイッチがあるのか分からない。
これだけは、身体を重ねるようになってそれなりの時が経った今でも、分からなかった。


「ゲオルグ殿はどうしてそう、行き成りなんですか。さっきまでそんな素振り全然なかったじゃないですか」
「……どうでもいいだろう、そんな事」
「良くないです! 宿に戻ってからにして下さい」
「……分かった。なら、戻るぞ」


身体の上に乗っていた重みが無くなって、腕を掴まれ引っ張られ起こされる。
そのまま、カイルを引っ張るように歩いて行くゲオルグを眺めて、カイルは小さく溜息を吐きだした。

まあでも――街の喧騒からも少し遠いこの場所で二人きりで居れば、確かめたくなる気持ちは分からないでもない、とは思う。
夏祭りの喧騒を抜け出したのは、ただ単に少し静かに二人きりで過ごしたかったからだけれど。
先程まで賑やかだったせいか、寂しさを感じていたのも事実だった。
もしかしたらそのカイルの感情が伝わったのかとも思う。


「ゲオルグ殿」
「なんだ」
「明日も、夏祭りあるらしいですよ。しばらくこの街に滞在しません?」
「……そうするか」


そのゲオルグの言葉は、街に近付いた事で聞こえた喧騒に紛れて、けれどカイルの耳にはしっかりと届いていた。
そうして二人は喧騒の中を通り抜けて、宿へと戻って行く。

夏祭りが開催されている間、二人はこの街に滞在することとなった。



END



2010/07/13up