■雨 〜after the rain〜

嘆きの平原へと行けばいつでも雨が降っているが。
アナグラのあるこの辺りも、時々ではあるが雨が降る事はある。
珍しく今日は朝から雨が降っていた。
こんな日は、急ぎの任務以外はなくなる。
雨で視界も悪くなるし、足場も悪くなるため命を落とす危険性が高まるからだ。
急ぎの任務も受ける者が決められている。
ソーマもその一人で、少し前に任務を終えてアナグラへと戻ってきた所だ。
自室でシャワーを浴びて着替えて、エントランスへと向かう。
そのまま出撃ゲートを通って外へと出た。

雨が当たらない場所に立って、しとしとと音もなく降り続ける雨を眺める。
耳を澄まさなければ雨音さえ聞こえない程なのにも関わらず、雨のせいなのか他の音さえもしない。
いつもならば、外部居住区から聞こえてくる音も、今日は聞こえる事がなかった。
静かすぎるくらい静かで――だからなのか、誰かに傍に居て欲しいなんてらしくない事を思う。
それならばアナグラの中に戻ればいいのに、何故なのかそうする気にはなれなかった。
その”誰か”も今日は任務で、まだ帰って来ているかどうかも分からないと言うのもある。
本当にらしくないと思い、ソーマは自嘲気味に微かに笑って、しとしとと音もなく降る雨を眺めていた。

ふと、良く知った気配を感じて、ソーマは雨から気配を感じた方へと視線を向ける。
いつものように煙草を咥えた姿が、そこにはあった。
ソーマの視線に気付いたらしいリンドウは、軽く片手を上げながら近付いてくる。
睨むようにリンドウを見据えて、ソーマは言葉を紡いだ。


「何で此処に居るんだ」
「ん? 傍に居て欲しいんじゃないかと思ってな」
「そんな訳あるか。……こっちに来るんじゃねえ」
「素直じゃないねえ」


どことなく楽しげな口調で言って近付いてくるリンドウから距離を取るようにソーマは後退する。
後退するソーマを引き留めようとするかのように伸ばされた手を叩き落して、ソーマは鋭い視線を投げて告げる。


「お前が何処かに行かないなら、俺が行く」


それだけ告げて、ソーマはくるりと踵を返して歩き出す。
傍に居て欲しいと思った相手が来た事に、本当は動揺していた。
だから、歩き始めて直ぐに躊躇するように立ち止る。
小さく溜息を吐きだして、振り切るように再び歩き出した。


「ちょっと待てって」


声が聞こえて腕を掴まれ引き寄せられる。
そのまま背後から回された腕の中に、捕えられた。
追いかけて来ている事に気付いてはいたが、まさか腕を掴まれて引き寄せられるとは思っていなかったので、驚く。


「放せ」


しっかりと腕の中に捕えられて、逃れようと暴れてみても逃れる事が出来ない。
ちらりと背後を見れば、いつの間に煙草を消したのか、先程咥えていた煙草は、なくなっていた。
しとしとと降る雨は、やむ気配がなくて。
寒ささえ感じる中で、伝わる温もりが確かにその存在が直ぐ傍にあると伝える。
それは望んでいた事で、けれどそんな事言えるはずもなくて。
どうにか逃れようとすれば、回された腕に更に力が込められる。
僅かな身動きさえ取れない程にしっかりと回された腕に力が込められて、それでもこの状態で居る事に抵抗があって、回された腕を解こうとする。


「大人しくしてろって。寒いだろ」
「寒いならアナグラの中に戻ればいいだろ。放せ」
「俺がこうして居たいんだって。だから少しだけ、な」


そのリンドウの言葉を聞いて、ソーマは逃れようとしていた動きをぴたりと止める。
じっとそのまましばらく考えて、諦めたように溜息を吐きだした。


「仕方ねえな」


小さな声で紡がれた言葉に、リンドウは微かに笑う。
しとしとと、音もなく降り続ける雨を見ながら、言葉を交わすことなく、寄り添ったまま過ごす。
寒いとさえ感じる気温の中、触れあう場所から伝わる温もりが、寒さもそして僅かに感じていた寂しさも和らげていた。

雨はまだやみそうにない。
しとしとと降り続く雨がやんだら、また戦いの日々へと戻らなければならない。
この雨が降っている間だけは――そう思いながら、穏やかな時間を過ごしていた。



END



2010/06/28up