■瞬く星の下で
アナグラへと戻り、中へ入ろうとした瞬間。
直ぐその脇の壁に寄りかかり、煙草をふかす姿が目に入った。
「何してんだ。こんなところで」
問えば、無言で手を差し出す。
どうやら、車の鍵を貸せと言う事らしいと気付いて、ソーマは無言でそれを手渡した。
そうしてアナグラの中に入ろうとした瞬間、腕を掴まれて、引っ張られる。
任務を終えて、たった今アナグラへとついたばかりだと言うのに、何処へ連れて行くと言うのか。
「おい。俺は今任務が終わったばかりなんだ。放せ」
「ソーマとデートだって言ってあるから心配すんな」
「――はあ?」
「だから、お前はこれから俺とデートなの」
「ふざけるな!」
叫んで抗ってみても、リンドウとソーマの力の差はそれ程ある訳でもなく、抗い切れない。
どちらかと言えば任務を終えたばかりのソーマの方が、不利だった。
無理矢理車の助手席へと押し込まれて、袋を手渡される。
「なんだ、これは」
「良いから持ってろって」
言われてソーマは溜息を吐きだす。
抗うだけ無駄だと思ったのか、助手席で言われるままに、渡された袋を持っていた。
一体何処へ行くと言うのか。
流れる景色を眺めながら、思う。
景色と言っても、見えるのは荒廃した景色ばかりだった。
それでも、大体は何処へ向かっているのかは分かる。
任務で何度も行った場所ならば、尚更だった。
辿り着いた場所は、愚者の空母。
予想通りの場所に、溜息を吐きだして、車から降りる。
少し前まで此処でアラガミと戦っていたのだ。
アナグラへと戻ったのに、何故また此処に来なければならないのかと思い、思わず空を仰ぎ見る。
アナグラへと戻った頃はまだ茜色が残っていた空も、既に殆どが闇色に染まっていた。
満月ならば闇夜をほんのりと明るく照らしてくれる月もかなり細く、明るさは殆どない。
そのせいか、銀色の星がその存在を主張して瞬いていた。
「ソーマ」
車から降りたその場所で、呆然と空を見上げて立ち尽くしているソーマの名を、リンドウが呼ぶ。
その声にソーマは空からリンドウへと視線を移した。
「アラガミの気配はないよな」
「――ああ。今のところはな」
「ま、アラガミが現れたら戦えばいいだけだけどな」
「冗談じゃねえ。俺は任務終わったばかりだ」
一人でどうにかしろと暗に告げてはみたが、それは平然と流された。
「……それにしても、月の光が弱いと、ホント星が綺麗だな」
先程まで呆然とソーマが見ていた空へと視線を移して、リンドウが言う。
その言葉に再びソーマの視線は空へと向けられた。
降って来そうだとは良く言ったものだと思う。
それ程に、月の光が弱い今日は、星がその存在を主張していた。
「これなら――叶うかもしれないな」
ぽつりと消えそうな程小さな声で紡がれた言葉に、ソーマはその言葉を発したリンドウへと視線を向ける。
何の事だと問おうとしたけれど、リンドウが纏う雰囲気がそれを許さなかった。
様子の可笑しいリンドウを、ソーマは無言で眺める。
ただ、リンドウの中では何か意味があって此処に来たのだろうと言う事だけは分かった。
ならば、とことん付き合ってやろうかと思っていた。
どうせ明日は休日なのだから。
手を差し出されて、よこせと言われて、持っていた袋を手渡す。
そうして歩き出したリンドウの後を、ソーマはついて行った。
海に面した場所へと辿り着き、そこにリンドウが腰を下ろす。
隣に座れと促されて、ソーマはリンドウの隣に腰を下ろした。
外が闇に包まれてからこの場所へ来たのは初めてだ。
任務は大抵空が茜色のうちの終わる事が多い。
稀に月が昇ってから終わる事もあるが、そんな事は稀だ。
人は通常夜目が効かないから視界が悪くなる。
月明かりの中でのアラガミ討伐は、危険が増すのだ。
その為任務は、夕方と言われる時間までに終わらせるのが常だ。
だから、闇色に染まるこの場所を見るのは、初めてだった。
海も闇色に染まり、波の音が辺りに響く。
此処には任務以外で来た事はなく、だから波の音を聞いた事などなかった。
アラガミの咆哮や、戦いの音にかき消されていたから。
缶を開ける独特の音が聞こえて、ソーマはリンドウへと視線を向ける。
見れば、缶ビールを飲むリンドウの姿が目に入った。
視線を感じたのか、ソーマへと視線を向ける事もなく、リンドウは告げる。
「外で飲みたいと思ってたんだ。やっぱり正解だったな」
「……」
何も言わずにソーマは溜息を零す。
こんな事の為に付き合わされたのかと思う。
とことん付き合ってやろうと思ったのを撤回しようかと思いながら、睨むように見据える。
「なんだ、お前も飲むか?」
「いらん」
「あー、ソーマは酒飲めなかったな、そう言えば」
「……」
「そういうところはやっぱ、ガキだよな」
「――貸せ」
ガキと言われ、不機嫌そうにソーマはリンドウに手を差し出す。
そう言うところがガキだって言うんだよと思いつつ、リンドウは仕方なさそうに飲みかけの缶ビールを手渡した。
手渡された缶ビールをじっと見て、ソーマは煽るようにビールを飲む。
二口程飲んで、嫌そうにビールの缶を眺めて、それをリンドウへと押しつけた。
「不味い」
「まあ、最初はそうかもな」
受け取った缶ビールを美味しそうに飲むリンドウを見て、あんなもののどこが美味しいのかと思う。
しばらくビールを飲むリンドウをぼうっと眺めて、ソーマは空へと視線を移した。
「――暑い」
どのくらい経っただろうか。
ぽつりとソーマは呟き、いつも着ているフードがついた上着を脱ごうとする。
季節で言えば夏、と言われる時期とは言え、今は四季と言うモノがあった頃とは違い、年中通してそれ程の気温差がない。
その上、海辺でしかも酒に酔った状態で上着を脱げば風邪をひきかねないと思い、リンドウは慌ててそれを止めた。
それでも脱ごうとするソーマを見て、リンドウはあれだけで酔ったのか? と思いつつ慌ててビールを飲み干し、缶を持ってきた袋にしまう。
そうして、半分程脱ぎかけた上着を無理矢理着せて、後ろからソーマを抱え込んだ。
「放せ。暑い」
「良いから大人しくしてろって。お前その状態で脱いだら風邪ひくぞ」
「大丈夫だ」
言いながらどうにかソーマはリンドウから逃れようとする。
けれど、酔っているせいか普段程の力はなく、直ぐに抗う事を諦める。
リンドウに背後から抱えられた状態で大人しくなったソーマを見下ろして、酔わせれば大人しくなるのか、と思っていた。
これはこれで珍しくて良いかもしれないと思う。
素直じゃないソーマは、中々こんな状態で大人しくしていてはくれないから。
「なあ、ソーマ」
「……なんだ」
「七夕って知ってるか」
「……聞いた事はある」
「丁度そんな時期なんだよな、今」
「……」
「笹は流石にこのご時世用意出来ないが、この星に願ったら叶いそうな気がしないか」
言われてソーマは空へと視線を向ける。
暑いし、頭もはっきりとはしないが、それでも見上げた空に瞬く星は、綺麗だった。
身体は熱いし、頭はぼうっとするし、背中から抱えられている状態で、暑いのに、伝わってくる温もりは心地いいと思う。
ぼうっと空を見上げて、ソーマはぽつりと呟いた。
「願い事――俺は、お前が居なくならなければ、それでいい」
そのソーマの言葉に、リンドウは息を呑む。
何も言葉を返す事が出来なかった。
けれど、ソーマは返答など元々期待していなかったのか、それ以上言葉を紡ぐ事はなくて。
気付けば、リンドウに抱えられたまま眠りに落ちていた。
背後から抱えているリンドウに寄りかかるようにして眠りに落ちたソーマを見下ろして、リンドウは溜息を吐きだす。
先程ソーマが言った願いは、リンドウの願いでもあった。
リンドウが探っている事も、かなり核心まできている。
向こうも本気で来るだろう。
簡単にやられるつもりは当然ない。
だが、絶対にとは流石に言いきれないのだ。
だからもう、何かに願う事くらいしか出来ない。
そんなモノにでも縋りたい気分だった。
そんな時に思い出したのが、まだこの地が「日本」と呼ばれていた頃の事。
七夕の日は過ぎていたが、それでも時期的に丁度良いと思った。
流石にこのご時世、笹を手に入れる事は不可能で――どうせ星に願うのならば、直接願えばいいと思ったのだ。
外でビールを飲みたいというのも、本当ではあったが、目的はそれだった。
叶うと思っている訳じゃない。
それでも――叶えばいいと思っていた。
それにしても、とリンドウは眠りに落ちたソーマを見下ろす。
まさか、こんなに素直にソーマの本音を聞けるとは思っていなかった。
普段のソーマならば、くだらないと切り捨てて終わりだっただろうに。
「目が覚めた時、何も覚えてなかったりしてな」
そう言ってリンドウは笑う。
別にそれでも良いと思っていた。
あの程度の酒でソーマが酔う事も想定外だったし、こんなに素直に本音を吐露するのも予想外だったのだから。
ただ今は、もう少しだけこのままで、そう願う。
どちらにしろ、ソーマを起こさないと、流石にソーマを背負って二人分の神機を持って停めてある車まで行くのは無理なのだから。
しばらくは、このままの状態で居るしかない。
瞬く星の下、腕の中の温もりをしっかりと抱きしめる。
伝わる温もりが、その存在が確かに此処にあると伝えて、その事に安堵する。
この温もりがずっと――そう、願っていた。
END
2010/08/03up