■失って気付いたモノ
倒したディアウス・ピターから、あいつの神機と腕輪が見つかったあの時。
それらから思わず目を逸らしたのは――認めたくなかったから、だろうか。
アナグラに戻り、ソーマは傍目にはいつもと変わらない様子で、自室へと向かう。
普段ならば騒がしいと言える程賑やかなコウタも、この時ばかりは無言だった。
けれど、そんな事にさえソーマは気付かない。
いつもと違う仲間の様子に気付く余裕さえ、なかった。
とは言え、第一部隊の仲間達も、他の仲間の様子を気に掛ける余裕のある者等、誰も居なかったのだが。
プリティヴィ・マータとディアウス・ピターを倒して、そして。
ディアウス・ピターから見つかった、リンドウの神機と腕輪。
頭では皆理解はしていた。
けれど、それらがアラガミの中から出てきた事で、事実として突き付けられたのだ。
もう、リンドウは居ないのだ、と。
皆そんな事は理解していたのに、現実として突き付けられるとやはり、ショックが大きい。
だから皆自然と言葉が少なくなっていた。
自室へと戻り、ソーマは寝台へと腰を下ろし、そのまま寝転がる。
いつもならば、任務から帰って来た後は大概シオのところへと顔を出していた。
シオがソーマに懐いているという事もあるが、ソーマ自身、シオに懐かれる事は嫌ではなかったから。
だから様子を見る為に顔を出すようにしていた。
だが今日は、そんな気にさえなれない。
何もする気になれなかった。
「だから、俺に関わるなとあれほど……」
口をついて出たのはそんな言葉。
リンドウとソーマが出会ったのは、ソーマの初任務の時。
今から6年前、リンドウが20歳、ソーマが12歳の時だった。
初任務の時以来、何かとソーマに話しかけてくるリンドウに、「関わるな」と何度も言っていた。
当時は誰とも関わりたくなかった。
ソーマの周りに居た者達は、ソーマを研究対象としてしか見て居ない研究者ばかりで。
ずっとそんな中で生きてきたソーマにとって、信用できる「人間」など誰も居なかったから。
だから、誰とも関わりたくなくて言っていた言葉だった。
だが、その言葉を言う理由は、僅かな時間で変わる事になる。
ソーマと共に任務に行く者の死亡率が異様に高く、死神と呼ばれるようになったから。
それ以降は、それまでと別の意味で「関わるな」と言っていた。
死にたくなかったら、関わるな、と。
目の前で仲間が命を落とすのも見たくはなかったし、そのせいで色々言われるのも面倒だった。
それなのにあいつは……。
どんなに突き放しても、何度「関わるな」と告げてもソーマを構う事を止めようとはしなかった。
初めての任務で会ったあの日から、ずっと。
仲間だから、そんな理由でリンドウはソーマを見れば話掛けて来た。
直ぐに死ぬような仲間は要らないと言えば、勝手に殺すなと言われ。
「俺は、そう簡単に死なねーよ」
おどけた様にそう言って、無理矢理にソーマが被っているフードを取って、乱暴に頭を撫でた。
「やめろ」
その手から逃れようとしても、今よりも力の差が歴然とあったあの頃は逃れる事も出来ずに。
リンドウは楽しげに、ソーマの頭を少々乱暴に撫でまわす。
そしてそうされる事が、思ったよりも嫌ではない自分に気付いて、驚いてもいた。
だから、あの手から逃れることなど出来た試しがなかった。
そのせいなのか。
笑って告げられた言葉はあまりにも軽くて、信じるに値しないようなものなのに。
何故か、信じても良いかと思った。
だからだろうか。
いつからか、「関わるな」と言うのも面倒になって、言わなくなっていた。
だがこんなことならば、あいつが何を言おうが何をしようが、無理矢理にでも突き放せば良かったと思う。
そうすれば、あいつは今も此処に居て、――内に渦巻く良く分からない感情を抱え込む事もなかったかもしれない。
寂しそうだとシオに言われたが、この感情はそれとはまた違う気がする。
自分でした命令も守れないのかと言う、憤りに近い感情。
そこに混ざる寂しさと、それ以外の良く分からない感情。
リンドウが行方不明になってから何度も思った事だった。
『ソーマ、退路を開け!!』
プリティヴィ・マータに囲まれたあの時、リーダーとしてのリンドウの言葉。
あの時の、リンドウの判断が間違っていたとは思わない。
あと僅かでも退くのが遅れていたならば、全員共倒れだっただろう。
だからと言って、自分にあれ程「生きて帰れ」と言っていたくせに、何故帰って来ないのかと思う。
あんな命令は、出来れば聞きたくなかった。
あいつの部隊は生還率が90%以上で、生き残るのが一番上手い奴だとまで言われていた。
だから、何処かで安心していたのかもしれない。
あいつならば、俺に関わっても死ぬ事はない、と。
その結果が、これだ。
もやもやと渦巻く感情は何なのか。
憤りや寂しさ、それ以外にも何か入り混じった感情。
一体俺は、何に憤っているのか。
浮かぶのは、出会ってからあの日までの、あいつとの他愛もない日々。
「死神」と呼ばれるようになって、誰もソーマと関わろうとしなくて。
けれどその事自体は、それ程気にはならなかったのだ。
ゴッドイーターとして働く前の日々と、殆ど変らなかったから。
「人間」として扱われた事などなかった。
気味が悪いと言って誰も近寄ろうとはしなかった。
いつだって自分の周りには誰も居なくて、だから独りで居る事はさほど苦痛ではなかったのだ。
自分が存在する意義さえ見つけられなくて。
恐らく自分が死んでも悲しむ者など誰も居ない。
だからと言う訳ではないが、いつどうなろうと構わないと思っていた。
それが、どうやらリンドウの目には死に急ぐように映ったらしい。
実際それは、それ程間違ってもいなかったから否定もしなかった。
そうしたら、独りで任務に行くソーマに無理矢理くっついてくるようになったのだ。
「ついて来るな」
「もう受けちまったんだから諦めろって」
「こんなの、俺一人で十分だ」
「まあ、そう言うなよ。万が一って事もあるだろ?」
ソーマが単独で受けた任務に、勝手に自分の名前も加えて。
そうして、もう受けたんだから諦めろと言ってついて来るのが常だった。
リンドウの姿が見えない事を確認して任務を受けても、何故か現場に行けばそこにはリンドウの姿があって。
また、同じやり取りが繰り返される。
端から見たら馬鹿らしいやり取りだっただろう。
幸いなことに、それらのやり取りが行われた現場に、リンドウとソーマ以外の姿があった事はなかったが。
リンドウがリーダーになってからは、無理矢理くっついてくるのは減ったけれど――とは言え全く無くなった訳ではなかったが――その代わりに「必ず生きて帰ってこい」と煩いくらいに言われるようになった。
自分から死にに行くような奴には何度だって言う、と言われた。
実際本当に何度も何度も言われた。
それなのに、何故今、あいつの姿がないのか。
仕事から帰って来たままの姿で寝台に寝転がって、天井を睨むように見つめる。
付きまとわれて、構われて、あれ程鬱陶しかった存在。
だが、その存在がなくなってから、姿を捜している自分に気付いたのはいつだったか。
そう言えば。
「構うな」と突き放しつつ、声を掛けられない日には何かが足りなくて。
けれど足りない「何か」が何なのか分からなかった。
だが今思えば、いつだってあいつの姿を捜していた気がする。
朝から見て居ないとか、今日は声を掛けてこないとか。
そんな事を何度も何度も、思った気がする。
仲間の誰かと任務へと向かう姿、そして帰って来た姿。
そんなのを、何度も何度も、無意識のうちに目で追っていた気がする。
ああそうか、俺は――。
あいつの事が、好きだったのか。
唐突に浮かんだ一つの答え。
それで、全てが説明つく気がした。
一体いつからなのかは分からないが、最近の事ではないだろう。
こんな感情を抱いた事など今までなくて、だから分からなかった。
憤り、寂しさ、そして喪失感。
そんな言葉だけでは表せない、足りない何か。
失って初めて気付いた想いは、気付いた瞬間行き場を無くして。
だからもう、足りない何かを埋める事は出来ないのだろう。
これから先ずっと、足りない何かを抱えて過ごして行かなければならないのだろうか。
いや、たとえあいつが居たとしても、どうにかしようとは思わない。
だから結局、居ようが居まいが、抱えて過ごして行くしかないのだろう。
「納得いかねぇ」
思わずもれた呟きは、本心だ。
今此処にあいつが居たなら。
こんな想いを抱えさせた責任を取らせてやれるのに。
今此処にあいつが居たなら、「ふざけるな」と言ってやれるのに。
自分でした命令も守れねぇ奴に掛ける言葉など、これで十分だ。
初任務で初めて顔を合わせたあの日から6年。
その間の他愛もない日々が、やり取りが、浮かんでは消えて行く。
らしくないという自覚くらいはある。
それでも、どうにもならなかった。
ディアウス・ピターを倒したら、あいつを越えられるかと思った。
だが、あいつが居ない状態では、意味がない事に今更気付く。
居なくなった者を超える事など、出来はしないのだから。
生存の可能性は限りなくゼロに近い。
それでも、願う。
帰って来い、と。
帰って来たら、一発殴ってやると思いつつ、ソーマは目を閉じる。
眠れそうにはなかったが、眠ってしまいたかった。
今はもう、これ以上は何も考えたくなかった。
出会ってからの日々を、今はこれ以上思い出したくはなかった。
END
2010/05/21up