■待っているから

極東支部第一号の新型として此処に来たあいつ。
今では第一部隊のリーダーとなったあいつの部屋を、用事があったので訪ねた。

ノックをすれば、誰だと問う声。
名前を名乗れば、開いているから入れと言われ扉を開けた。
刹那、視界に飛び込んできた光景に、ソーマは立ち尽くす。
部屋の入口に佇んだままのソーマに、第一部隊リーダーの沢木ユウトは怪訝そうに声を掛ける。


「ソーマ?」
「おい、何だこれは」


かなり不機嫌そうなソーマの声に、ユウトは怪訝な声を上げる。


「――は?」
「この部屋はなんだと聞いている」
「ああ。ソーマもやっぱり気になるのか」


そう言って、ユウトは苦笑した。
この部屋の事に関して言われたのは、ソーマで何人目だろう。
この部屋は、元第一部隊リーダーの雨宮リンドウが使っていた。
彼が行方不明になって、ユウトがリーダーとなって、この部屋へと移ったのだ。
だがこの部屋は、リンドウが使っていた頃のままの状態になっている。
彼が使っていた私物も、そのままの状態でおいてあるのだ。
だから、この部屋を一度でも訪ねた者達は、それ以降二度とこの部屋に近付かない。
リンドウの腕輪と神機が見つかった今、彼の生存の確率はゼロに限りなく近くて。
だからこそ、嫌なんだろう。彼が居た頃のままの状態で保たれているこの部屋を見るのは。
だけどそう、まさかソーマまでもがこんな反応をするとは、正直思っていなかった。
リンドウは、ソーマ程優しい奴は居ないと言っていて、それに関しては度々一緒に任務をこなす間に納得していたが。
こういう事を気にする性格だとは思っていなかった。
リンドウとソーマは結構長い付き合いらしく、それ故に思い入れもあるのだろうか。
普段でも決して愛想が良いとは言えないというよりむしろ仏頂面のソーマは、普段にも増して不機嫌そうな顔をしていて。
無言でユウトを睨みつけている。


「……」
「いやだって、私物を本人の許可も取らずに勝手に処分出来ないだろ」
「どうにかしろ」
「ソーマ。俺の言う事聞いてた?」
「あいつが戻ってくるまで、ずっとこのままにしておくつもりか」
「そのつもりだけど」
「……あいつは――」
「俺は、リンドウさんは生きてるって信じてるから」


言い掛けたソーマの言葉を遮って、ユウトはそう告げる。


「……」
「だから、誰に何を言われても、このままにしておくつもりだから」
「――勝手にしろ」


不機嫌そうにそう言い放って、ソーマは踵を返す。
部屋から出て行こうとするソーマに向かって、ユウトは慌てたように声を掛けた。


「ソーマ! 俺に用があって来たんだろ?」
「……」


立ち止り振り返って――けれどソーマは言葉を紡ごうとはしない。
しばらく睨むようにユウトを見ていたソーマは、結局無言で立ち去った。


「あれは、完全に怒ってるな。流石に俺でも、あの状態のソーマに話しかける勇気ないんだけど……用事があったみたいだし、行かない訳にいかないよなあ」


ソーマが用もなく人の部屋を訪ねる性格ではない事くらいは、ユウトにも分かっている。
分かっているから、聞きに行くべきなんだろうけど。
どうしようかと、思う。
こんな時リンドウならば、上手い事出来るだろうに。
人と距離を置くソーマを、何かにつけて構っていたのはリンドウだけだった。
「俺に構うな」「寄るな」「鬱陶しい」等など。
何かに付けて構うリンドウにソーマが浴びせた言葉は、キツイ言葉ばかりだったけれど。
でもそれが、自分に関わる事で死ぬのを見るのが嫌だから、遠ざける為に掛ける言葉だと聞いていたし、実感もしていたから。
だから、そんなやり取りも、見ていて楽しかった。
あんな風にソーマと距離を縮める事は、俺には出来ない。
あんな事が出来るのは、リンドウだけだろうから。

確かに、ソーマとチームを組んだ者の殉職率は高い。
でもそれは、単にソーマが受ける任務が、難しいものが多いからだ。
一緒に任務に行くようになって実感している。
リンドウに、ソーマの仲間になって必ず生きて帰って来いと言われたからそのつもりではいるけれど、でもやっぱり。


「俺じゃ無理みたいだ」


閉められた扉に向かってそう呟く。
だから、帰って来て欲しいと願う。
ソーマが望んでいるのは、俺じゃないから。
だからせめて、ソーマが彼の生存を信じられないなら、その分俺が信じようと思う。
だって本当は、彼の生還を、望んでいるのだと知っているから。


「さてと、用事とやらを聞きに行くか。凄く気が重いけど」


これできっと、ソーマもこの部屋には二度と近付かないだろう。
そんな事を思いながら、ユウトは部屋を後にする。
そうして、隣と言って良い場所にあるソーマの部屋の扉をノックした。
――ノックして待ってみても、返事がない。
扉を開けないようにノブを回してみれば、鍵が掛っていない事が分かる。
ならばソーマは部屋の中に居るはずだ。


「おーい、ソーマ。居るんだろ? 返事しろって」


そのユウトの言葉で扉が開かれる。
先程と同じくらい不機嫌そうな顔でユウトを睨みつけて、ソーマは告げた。


「何の用だ」
「俺に用があったのはソーマだろ?」
「……」


無言で横に避けて、中に入れと促す。
これは本気で機嫌が悪いみたいだと、ユウトは思っていた。
さて、どうすればいいのか。
シオが来て、随分とこれでもソーマは、仲間と関わるようになっていた。
纏う雰囲気も多少ではあるが、柔らかいものになって来ていた。
だが今は――シオが来る前のソーマと変わらない雰囲気を纏っている。
そんな状態のソーマを、どうにか出来る者なんて一人しか思いつかなかった。
だから、帰って来てくれと願う。


「だから、俺に用があったんだろ?」


部屋へと足を踏み入れて、そう問う。
ちらりとユウトへと鋭い視線を投げて、ソーマは言葉を紡いだ。


「……大した用事じゃない。だから、俺に構うな」
「久しぶりに聞いたな、それ」
「あ?」
「俺に構うなって奴」
「……」


無言で睨まれる。
もうこれ以上はどうにも出来そうになかった。
今は、それ程危険な任務がない事も確認してあるし、しばらく独りにしておく方がいいだろうと判断する。
それとも、無理矢理シオのところに連れて行くのが良いかとも思うけど――斬られそうな気がするから止めておく。


「まあいいや。話したくなったら呼んでくれ。端末で連絡くれれば来るから」
「……ああ」


ソーマの返事を聞いて、ユウトはソーマの部屋を後にする。
静かに扉を閉めて、深い溜息を零した。
本当に久しぶりに聞いた。
ソーマの「俺に構うな」という言葉を。
一番最初にソーマと任務に行った時に言われた言葉は「出来るだけ俺には関わるな」というモノだった。
その後も何度か、「俺に構うな」と言われた事はあった。
けれど、シオが来て、仲間とも少しずつ関わるようになって。
聞かなくなった言葉。
それを、久しぶりに聞いた。
あの部屋を見ただけで、一瞬にして以前のソーマに戻る程に、彼の存在は大きいのだろう。
代わりになんて、なれるはずがない。
いや、なろうと思った訳じゃないけれど。
自室へと戻って、部屋の中を見渡して思う。

人に託すくらい心配なら、こんな風に居なくなったりするな、と。
何よりもそれを恐れている者の前から消えたりするな、と。

帰って来たら言ってやらないと気が済まない。
だから、帰ってきてくれと願う。
あんな風に閉じこもってしまうソーマを無理矢理に引きずり出す事が出来る者は、他に居ないのだから。

待っているからと、自室に未だ残る彼の私物を見て思っていた。
いつの日か帰って来る事を信じて――。



END



2010/05/21up