■いつの日か

「ついて来るな!」


エントランスに響く、ソーマの苛立った声。
丁度エントランスに居たリンドウは、声のした方へと視線を投げて、このところ良く見る光景に溜息を吐きだした。

出撃ゲートへと向かうソーマの後をついて行く、エリック。
恐らくは一緒に任務へと行くのだろう。
ソーマと一緒に任務に行きたがらない者達の中で、エリックはソーマと任務にも行くし、アナグラの中でも一方的にではあるが話しかけて居るのも見掛ける。
その度に、「寄るな」「関わるな」「ついて来るな」というソーマの苛立った声が響くのも、いつもの事だった。
この光景はエントランスだけで見られる訳ではないのだが。

ソーマは、このアナグラから一緒に任務に行く者と共に現場に行く事はあまりない。
支部長の特務を受けている事もあるが、それ以外にも単独でいくつもの任務をこなしているから、あまりアナグラに居る事がないためだ。
朝任務を確認して現場へと行って、現場から現場へと移動する事も多い。
その他に自分で勝手に単独で任務を受ける事もあるから尚更だ。
それがリンドウには、死に急ぐように見えて――どうしても放っておくことが出来ないのだが。
とにかくそんな訳で、アナグラから誰かと一緒に任務へと行く事は稀だ。
けれどエリックは、ソーマの姿がアナグラに在れば、ああして必ず一緒に現場へと赴こうとついていく。
そうして毎回、ソーマが苛立ったように「ついて来るな!」と言い放つのだ。


「毎回毎回、飽きないねえ」


それは、二人に対しての言葉。
同じやり取りを一体何度見たか。
あれだけ突き離されてもめげずに付き纏うエリックも凄いが、あれだけ付き纏われてもまだ、突き離そうとするソーマも凄い。
まあソーマは、自分に関わる事で命を落とすくらいなら、突き離す方が良いと思っているから仕方がないと言えば仕方がないが。
昔は、死神だなんて言われる前は、人と関わる事に慣れていなくて。
それ故に、人を寄せつけない雰囲気を纏っていた。
子供と言って良い年齢にも関わらず、人に甘える事さえも知らなかった。
生い立ちを知って、その理由も分かったが……だからこそ、気になって仕方がない。
今だって、自分が死んだって悲しむ人なんか居ないと思っている。
死神だなんて言われるようになってからは、自分が死んだ方が喜ばれるとさえ思っているくらいだ。
そんな事はないとどんなに言って聞かせても、ソーマは納得しない。
だからこそ、長い付き合いの自分とサクヤ以外にも、ソーマの傍に居てくれる者がいるのは、良い事だとも思っていた。
そうやって少しずつでも、ソーマの仲間とも言える者が増えて行けば良いと、そうすればあんな噂もなくなるだろうと、そう思っていた。
――あの事があるまでは。


フェンリル極東支部第一号の新型神機適合者、沢木ユウトが第一部隊へと入隊して、少しずつではあるが任務にも慣れて来ただろうかと思いながら、今日新人は一体誰と任務に行ったのかと、オペレーターの竹田ヒバリに確認する。
ソーマとユウト。そして付け加えるようにエリックの名前があった。
またエリックは無理矢理ついて行ったな、と思う。
流石に新人の前ではソーマも、エリックを怒鳴りつけたりはしない――と思いたい。
思いたいが、無理だろうなと思う。
はあ、とリンドウは深い溜息を吐きだした。
何事もない事を、願っていた。
――その願いが叶う事はなかったが。

帰って来たのは、ソーマとユウトのみ。
ソーマの手には、エリックの神機があって――エリックが殉職したのだと知る。


「最悪だ」


思わずリンドウは呟く。
エリックとソーマのやり取りは、リンドウや他の者達にすれば見慣れたモノだが。
新人は驚くだろうから、と思った程度だった。
まさかこんな結果になるとは。
こんな事になるくらいなら、エリックがソーマの傍に居ない方が良かったのか。
自分とサクヤ以外誰もソーマに近づこうとしない現状を、少しでも変えられたら――そんな風に思わなければ良かったのか。

エリックの姿がない事に、アナグラの中がざわめき始める。
あちこちから聞こえ始める、「また、ソーマのチームから……」という声。
それを何とも思っていない風で――本当はそうじゃない事くらい分かっているが――ソーマはエリックの神機を使い手のない神機を補完しておく所へと持って行く為にエレベーターに乗り込む。
一緒に行っていた新人はそんなソーマを無言で見送って、エントランスに立ちつくしていた。
しばらくすると戻ってきたソーマに新人が近付き話しかける。
鬱陶しそうに、短い言葉をソーマは返して。
何を言っているのか此処までは聞こえてこないが、新人の表情を見て大体の事は悟った。
はあ、ともう一度深い溜息を吐きだして、リンドウは自室へと向かう為にエレベーターに乗る。
途中で行きあったコウタに、ユウトを見掛けたら俺の部屋へと来るように伝えてくれと言って、自室へと向かった。
新人に、詳しい話を聞くのは酷だろうと思いながらも、そうするしかないと思う。
ソーマに聞けば、任務中に死んだだけだと言う答えしか返って来ないから。
その代わり、聞きたい事には答えてやろうと思っていた。

ソーマの行動は大体把握している。
しばらくは何事もなかったかのようにエントランスに居るだろう。
周りに人が居れば、それでどれだけ孤独を感じようとも、取り繕う事が出来る。
そうして、何とも思っていないのだと周りの者に見せて――更に人を遠ざける。
内心どんなに傷付いていようとも、それを見せる事はないから。
きっと今回は、相当だろう。
どんなに突き放しても付き纏って来たエリックがこんなことになったのだから。
新人が此処を訪ねて来た後にでも、ソーマの自室を訪ねようと思っていた。

落ち込んだ様子でリンドウの部屋を訪ねたユウトに話を聞いて。
そして、ソーマの態度に納得がいかないという様子なのを見て、やはりと思う。
これで、ユウトがソーマと距離を置く事がソーマの狙いだろうが――そのまま放って置く事など出来るはずもない。
そんな事が出来るなら、とっくにやっている。
それが出来ないから、こんな事をしているのだから。
ソーマは仲間が死ぬ事を何よりも恐れている。
そう告げれば、ユウトは驚いたように目を見開いた。
それでも、だからお前が仲間になって必ず生きて帰れと告げれば、何かを考えるかのように僅かに躊躇った後、はっきりと「分かりました」と答える。
ユウトがソーマの傍に居るようになったとしても、またエリックの二の舞にならないとは限らない。
こんな仕事だから、いつどうなるかなんて、分からないのだから。
それでも、自分達以外の者にもソーマの傍に居て欲しいと願うのは、我儘だろうか。
エゴだろうと分かっていても、そう願わずにいられなかった。
来た時とは違い、多少はすっきりとした様子でリンドウの部屋を後にするユウトを見送って、リンドウも自室を後にした。


ソーマの部屋の前に立ち、扉をノックする。
けれど中からは返事がなくて、リンドウは勝手に扉を開けて中に入った。


「おい、勝手に入ってくるな」
「居るなら返事くらいしろって」


言いながら近付き、寝台に座っているソーマの隣に腰を下ろす。
何故此処に座るんだと言わんばかりに睨みつけるソーマを見て、リンドウは苦笑する。
とは言え、こんなソーマの反応にも慣れたものだった。
しばらくリンドウを睨みつけていたソーマは、ふいと視線を外し、その視線が下に落とされる。
そうされると、フードを深く被っている為、ソーマの表情を見る事は出来ない。
何となくそのフードが、周りを拒絶する為のモノのように見えて、リンドウは何も言わずに手を伸ばしてソーマのフードを取ろうとする。
途端に、ソーマは顔を上げて、フードを取ろうと動くリンドウの手を押さえて告げた。


「やめろ。もう、俺に構うな」
「予想通りの反応、だな」
「……」
「俺がどうするかも、分かるだろ」
「……」


無言でしばらくリンドウを睨みつけて、諦めたように押さえていたリンドウの手を解放する。
途端にフードが取り去られて、ソーマはリンドウから視線を外した。

お前のせいじゃないと言ったところで無意味だ。
事実、エリックが死んだのはソーマのせいじゃない。
けれど、エリックがソーマと共に行った任務先で命を落としたのもまた、事実なのだから。
こういう事がある度に、ソーマは自室に籠る。
部屋の中にその部屋の主が居れば扉は開くようになっているが。
好んでソーマの部屋を訪ねる者等居ない。
ソーマの態度は普段と変わらないように他の者には映っただろうから、何とも思っていないと思われているだろう。
だからこそ、尚更この部屋に寄りつく者等居ない。
それを分かっていて、ソーマは自室に籠る。
そんなソーマをこうして訪ねるようになってから、一体どのくらい経ったか。

目の前で仲間を失った事があるのは、何もソーマだけじゃない。
リンドウだって、そんな経験はしている。
こんな仕事を十年もしていれば、共に任務に赴いた先で仲間が命を落とすなんて事は、当たり前のように経験している。
だからこそ、無意味な言葉など掛けられない。
分かるからこそ、言える言葉など殆どないのだ。
その代わり、いつも告げている言葉を告げる。


「お前は、明日休み、な」
「勝手に決めるな」
「命令だ」


そのリンドウの言葉に、ソーマは舌打ちをする。
睨みつけて、けれど諦めたように溜息を吐きだした。

単独行動は多いし、軍規違反も多い。
けれど、命令だと言えば反発しながらも、ソーマが従う事は分かっていた。
こんなことがあった日の翌日は、普段にも増してソーマは死に急ぐように見えて。
危なっかしくて任務になど出せない。
独りで任務に行こうとするソーマに無理矢理にでもついて行ければいいが。
今は――密かに動いている事がある為、ままならない。
だから、命令する。
これならば、特務以外でソーマが任務に行く事はないから。


「ま、新人も入った事だし、大丈夫だろう」
「……オウガテイル程度だろうな、あの二人で討伐出来るのは」
「いくらなんでも、まだあの二人だけで任務に行かせるのは危険だろう」
「お前が行くのか」
「デートのお誘いが入らなければ、行くけどな」


そのリンドウの言葉に、ソーマの目が細められて、鋭い視線を向ける。
「デート」と口にするたびに、こんな風にソーマには探るような鋭い視線を向けられていた。
恐らくは気付いているんだろう。
リンドウが密かに何かをしている、と言う事に。
だが、巻き込む訳にはいかない。
――こんな危なっかしい奴、巻き込めるかよ。
そう、リンドウは思っていたから。
だから、無理矢理に話題を逸らす。


「なあ、ソーマ」
「なんだ」
「お前の部屋を訪ねて来た俺に、珈琲淹れてやろうとか思わないか?」
「思わん」
「お前ね、即答する事ないだろ」
「来いと言った覚えはない。飲みたいなら勝手に淹れろ」
「あー、はいはい。分かったよ。ホント可愛くないねえ」


言いながら立ちあがるリンドウを、ソーマは睨む。
その反応も予想通りで、一応は話題を逸らせる事が出来たかとほっとしていた。

カップにインスタント珈琲の粉末を淹れて、お湯を注ぐ。
二つ持って戻って、片方をソーマに差し出せば、無言でソーマはそれを受け取った。


「明日はゆっくり休めよ」
「……命令らしいからな。従うしかないだろ」
「その分明後日からは目一杯働いてもらうけどな」


あからさまに嫌そうな顔をして、ソーマは溜息を吐きだす。
熱い珈琲をゆっくりと飲む。
隣で無言で珈琲を飲むソーマをうかがえば、その表情は先程この部屋を訪ねた時に比べたら多少はマシになっていた。
空いた手でソーマの頭を撫でれば、心底嫌そうな視線をリンドウへと向ける。
それでもその手から逃れないのは、逃れても無駄だと分かっているからだろう。
出会ってから6年。
互いに互いの行動が分かるくらいには、共に在るのだから。

頭を撫でるリンドウを嫌そうに見ながら、ソーマは思う。
いつの日かお前も――俺の前から居なくなるのだろうか、と。
そんな日が来なければ良いと、思っていた。



END



2010/05/21up