■叶わない願い

アラガミを倒し終えて、リンドウは乗ってきた車の脇で煙草に火を点ける。
この任務に同行していたソーマが、それを見て呆れたように溜息を吐いた。


「……帰ってから休めばいいだろ」
「一休みくらいさせてくれって、流石に疲れた。ホント人使い荒いよなあ」
「仕方ねえだろ。人手が足りないんだ」
「早く人増えないかねえ」
「増えたら増えたで仕事が増えるだけだ」
「あー、確かになあ。……新人入るって噂もあるんだけどな」


嫌そうに舌打ちをして、けれどソーマは何も言わない。
煙を吐き出して、ちらりとソーマを見て、リンドウは言葉を紡いだ。


「ま、その時はよろしく頼むわ」
「冗談じゃねえ。何で俺が」
「そう言いながら、ソーマは見捨てるような事はしないからな」
「……」


目深に被ったフードの下から睨むようにリンドウを見据えて、ふいっとソーマは視線外す。
それを見て、リンドウは吐きだした煙草の煙を見つめながら苦笑した。

自分を囮にするような戦い方は気に入らないんだけどな。
そう、心の中だけで呟く。
ソーマは常に、自分を囮にするような戦い方をするのだ。
それがリンドウには危なっかしいと映る。
仲間を守る為だと分かるし、ソーマの実力ならばそれ程問題はないだろう。
だがソーマは、自分の身を顧みない。
自分を囮にするような戦い方でも、自分の身を守ってくれるならいい。
そうじゃないから問題なのだ。
それがリンドウからしたら死に急ぐように見えて、放ってはおけなかった。
あれだけ分かりやすい戦い方なのに、何故他の者達は気付かないのか。
何故他の者は、守られていると気付かないのか。
それが不思議で仕方がなかった。

新人が入って来たとしてもきっと、ソーマはそっけない態度を取りながらも、任務に共に行けば新人を守ろうとするだろう。
分かり易いその戦い方に、今度入ってくる新人は気付いてくれたらいいと願う。
そんな事を思いながら煙草をふかすリンドウの耳に、そっけないソーマの声が届いた。


「帰るぞ」
「もう少し休ませてくれよ」
「勝手にしろ。俺は帰る」


今まで煙草を吸うリンドウにつきあうようにこの場に留まっていたくせにと思う。
他に仲間が居る時には、ソーマは決してこんな風に現場に長く留まったりはしない。
リンドウと二人きりの任務の時だけに見られる光景だ。
帰ると言って、運転席に乗り込もうとするソーマに慌てたようにリンドウは声を掛ける。


「ちょっと待て。車一台しかないだろ、お前が帰ったら俺はどうするんだ」
「歩いて帰ればいいんじゃねえか?」


微かに笑って、ソーマが告げる。
アナグラに居る奴らが見たら固まるなと、微かに笑ったソーマを見て思っていた。
見慣れたと言う程リンドウも見てはいないがそれでも、何度かはこんな風に微かに笑うソーマを見た事があった。
他の奴らの前ではまず見せる事のない顔だと、分かっている。
とは言え、そんな顔を見せてくれるようになるまで、それなりに時間は掛っているが。


「冷たいねえ」
「今更だろ」
「ま、そうだけどな。……煙草一本吸う間だけ待て、な」
「……仕方ねえな」


本当に仕方なさそうに言って、けれど車に乗り込むのは止めて寄りかかるようにして立っているソーマを眺める。
普段纏う人を寄せ付けない雰囲気が、多少和らいでいるのを感じていた。
自分以外の誰かの前でも、先程の様な顔を見せてくれたらと、思う。
思うのに――それが少し寂しいと、出来るならば自分の前だけでと、そんな感情が浮かぶのは何故なのか。
分かっていてその感情に気付かない振りをする。
吐き出されて上って行く煙草の煙を眺めて、浮かんだ感情を奥底へと押し込める。
告げるつもりも、悟らせるつもりも、ない。
自分が今密かにしている事を思えば尚更、悟らせる訳にはいかなかった。


「さーて、帰るぞ」


煙草を消して、気分を切り替える為に軽い口調で告げる。
言いながら助手席に乗り込むリンドウを見て、ソーマが呆れたように溜息を吐きだした。
何も言わずに運転席に乗り込むソーマを眺める。
車が走り出したのを見て、煙草を一本取りだした。
途端に不機嫌そうなソーマの声が車内に響く。


「おい、車の中で吸うな」
「あー、こっち見ないで前を向いて運転するように」
「誰のせいだ」


声を荒げるソーマに微かに笑ってみせて、仕方ないと取りだした煙草を戻す。
ちらりと興味なさそうにそれを見て、ソーマはそれ以上何も言わなかった。

帰ったら、飲んで寝るかと思う。
内にある想いに蓋をしたまま――時折吐きだしたくなるそれを、煙草と酒で誤魔化して。
秘めた想いを抱えたまま、進んで行く。

この身に何が起こっても、余計な事で悩まなくて済むように。
そのくらいしかもう、してやれる事はないから。
覚悟はしている。
誰を相手にしているかくらい、嫌って程分かっている。
何事もなく済むなどと、思ってはいない。

静かな車内、けれど決して居心地が悪い訳じゃないこの空間に居られるのは、後どのくらいなのか。
その隣に立てるのは、後どのくらいなのか。
残された時間は、後どのくらいなのか。

出来る事ならばずっと、その願いが叶う事を――願う。
その願いが叶う可能性が限りなく低いと知っていても、それでも……願う。
叶わない願いが叶う事を、ただ祈っていた。



END



2010/06/09up