■覚悟、決意

*BURSTのエンディング捏造です。
*レンの正体、リンドウさん関連の完全ネタばれがあります。
ソファに深く座り、ユウトは呆然と中空を見つめる。
タツミ達を助けに行った先で黒いハンニバルの攻撃を装甲で受けた。
その際流れ込んで来たモノは――リンドウのもので。
そこから推測される事は、一つしかない。
あの黒いハンニバルは、アラガミ化したリンドウなのだろう。
ツバキと榊博士にだけは、多分そうだと思うと伝えた。
今その事実を知っているのは三人だけだ。
その中で実際に動けるのは、自分しかいない。

リンドウがシオに介抱されていたのは、自分達がまだシオに出会う前で。
あれから随分と時間が経ってしまっている。
アラガミ化するのにどれ程の時間が掛るのかは分からないが。
それでも、十分な時間があったと言える程度には時間が経ってしまっていた。

神機と腕輪が見つかった時点で、リンドウの生存は絶望だと思われていた。
ユウト自身は、生きていると信じ続けていたが――いや、信じていたかったのだ。
生存を信じるのは無理な点がいくつかあったから。
大体生きて居るなら何故此処アナグラに戻って来ないのか。
戻って来られない事情があるのなら、それは一体なんなのか。
その事を全く考えなかった訳ではない。
けれど、それを考えてしまったら、あまり良い結末を想像出来なくて。
だから考えないようにしていた。
信じていたかったから。
リンドウの生存を信じる事が出来ない”誰か”の代わりに。
せめて自分だけは信じ続けていようと思っていたから。
それに、言いたい事があるのだ、どうしても。
だから、帰って来て貰わなければ困るのだ。
自分は命令を守ったのだ。
仲間になって生きて傍に居続けた、今日までずっと。
けれどこの先は、これから先は――自分では無理なのだ。
だから返さなければならないし、そんなに大切だったのなら、人になんか託すなと言ってやらなければ気が済まない。
そうして今度は命令してやるのだ。
現第一部隊の隊長は自分なのだから、命令は守って貰う。
生きて、この先ずっと傍に居続けろと――言ってやらなければ気が済まないのだ。
リンドウが居なくなった後のソーマを、ずっと傍で見てきたからこそ、どうしても言わなければ気が済まない。
だからこそ、帰って来て貰わなければならないのだ、何が何でも。

どうするべきなのか。
以前レンに問われた事を思い出す。
もしもアラガミ化したリンドウに出会ってしまったら、どうするか。
あのままにしておく事は、出来ないだろう。
だからと言って、リンドウに剣を向ける事が出来るのか。
他の仲間を連れて行って、リンドウと戦わせるのか。
そんな事、出来るはずもなかった。
戦力的な事を考えるならば、ソーマくらいは連れて行きたいところだが。
ソーマを連れて行く事は出来ない。
それならば、誰なら連れて行けるのかと考えても、誰も連れて行けそうな者はいなかった。


「覚悟を決めるしか、ないのか」


どうにか助けるつもりではいる。
まだユウトは、リンドウを連れ戻す事を諦めた訳じゃないのだ。
だが、そうだとしても、戦いは避けられないだろう。
助けられる保証もないのに、助けるつもりだから今だけ戦ってくれとも言えない。
自分だって、こんなにも揺れているのだ。
リンドウと共に居た時間は決して長くない自分でも、仲間だった者に剣を向けるのは躊躇う。
ならば、自分よりも長い時間共に在った者ならば、自分以上に苦しむだろうから。
だから――それが分かってるから、誰も連れてはいけない。
だからこそ、誰にも言う事も出来なかった。
ツバキに言われるまでもなく、誰かに話す事など出来そうにない。
けれど、独りで抱え続けるには重すぎる事実だった。

神機を取り出して眺める。
そう遠くない日にこれを、あの黒いハンニバルに突き立てるのだろう。
あれがリンドウだと分かっていて、それでも戦うしかない。
葛藤しながらも彼はユウトの仲間を攻撃したのだから。
いつの日か、完全に彼の意識が消えてしまう日が来るのだろう。
意識が残っている状態でもあれならば、リンドウの意識が完全に消えてしまったならどうなるのか。
そうなってから戦う方が楽なのか、それとも――彼が仲間をその手に掛ける前に自分が彼を手に掛けた方が良いのか。
どちらかしか道はないと分かっていても、どちらを選んでもユウトには痛みが残る。
仲間の事も彼の事も考えるなら、後者を取るべきだろう。
アラガミ化したとは言え、リンドウに攻撃されたと知れば、攻撃を受けた仲間も、それを知った仲間も傷付く。
そして、未だ意識が残っているリンドウ自身も傷付くから。
ならば、自分独りが痛みを背負う方がいい。
それが一番痛みが少ない方法なのだから。
道はもう、それしかないのだ。
ならば、進むしかない。
覚悟なんかきっと、そう簡単に出来るものじゃないから。
仲間をこの手に掛ける覚悟なんて、簡単に出来てたまるかと思う。


「行くか」


黒いハンニバルに出会ってしまったあの日から、ずっと考えていた。
覚悟が出来たのかと問われたら、即答する事は流石に出来ない。
けれど、先延ばしにして良い問題でもないから。
だから――行く。
きっとユウトがその気になれば、レンが道を示してくれるのだろう。
謎の多い人物ではあるが、それだけは確信していた。
ユウトが知っている極東支部の新人は三人なのに、他の皆が知っている新人は二人だけだ。
皆に紹介されたのも、二人だけ。
それが何を意味するのか、考えなかった訳じゃない。
けれど今は、そんな事を考えている場合じゃないのだ。

立ち上がり、神機を持ってユウトは部屋の扉を開ける。
人の気配を感じて視線を巡らせば、ユウトの部屋の直ぐ傍の壁に、ソーマが寄り掛かって立っていた。


「ソーマ。どうしたんだ? 俺に用か?」
「何処に行くつもりだ」
「ちょっと、プライベートな用事」
「……お前、独りで何を背負い込んでる」
「さあ? そんなつもりはないけど、そう見えるんだ」
「はぐらかすな」
「プライベートだって言っただろ。これ以上は立ち入らないでくれないかな。……何なら命令してもいいんだけど」


絶対的な拒絶を纏って、ユウトはそう言い切る。
リーダーとして命令してもいいのだと、言葉でも態度でも告げていた。
睨むようにそんなユウトを見据えて、ソーマは舌打ちをする。
睨み合う時間がしばらく続いて、ふいっと視線を逸らして、ソーマがその場から立ち去った。
その背が完全に見えなくなってから、ユウトは息を吐き出す。
コウタにも、最近独りで居て変だとは言われていた。
何かあったのなら、聞く、とも。
だから、ソーマが気付いていても可笑しくはなかった。
無関心を装いながら、ソーマは人を良く見ている。
様子が可笑しければ、直ぐに気付く程度には。


「なあ、ソーマ」


既に完全に姿が見えなくなった人物の名を呼ぶ。
その声が絶対に届いてないと分かっていて、だからこそ、告げる。


「あれがリンドウさんだと言ったら、お前はどうする?」


あの黒いアラガミには何かが混じっていると言ったソーマならば、気付いているかもしれないが。
あれが、リンドウだと告げたなら、戦うのか、それとも――。
ふっと自嘲気味に笑って、ユウトは足を踏み出す。
誰も聞いてる者がいないと分かっているからこそ、言えた言葉。
問えばきっと、ソーマならば戦うと答えるだろう。
だが実際、黒いハンニバルと対峙したならば――どうするだろうか。
やるしかないとなったなら、やるだろうか、ソーマならば。
自分は行くしかないと、やるしかないと分かっていながらそれでもまだ、揺れている。
この場所に取り戻す為に行くつもりでいても、それでも正直どうなるかは分からないのだから。
ゴッドイーターになってから、戦う毎日で。
けれど、自分の神機を仲間に突き立てる日が来るとは、正直思っていなかった。
それでも――道は他にないのだから。

上がってきたエレベーターに乗り込み、エントランスに降りる。
他の仲間に紛れて立つレンに近付けば、黒いハンニバルはエイジスに居ると告げられた。
頷くだけでそれに返し、誰にも何も告げずに出撃ゲートをくぐる。
エイジスには車では行かれない為、ヘリコプター乗り場まで行き、行き先を告げて乗り込む。
レンも乗り込み、そうしてヘリコプターは飛び立った。


どうにか二人で黒いハンニバルを倒す。
丁度そこに、第一部隊の仲間達が駆けつけて来た。

レンが差し出すリンドウの神機。
それを手にするのを躊躇ったのは――やはり覚悟がまだ出来ていないから、だった。
助ける為に、この場に来た。
その為にどうすればいいのかなんて分からない。
けれど、このままにしておけば、再生能力が高いハンニバル種は、復活してしまうだろう。
分かっていても、動けなかった。

彼に仲間を殺させたいんですか、というレンの声が響き、リンドウの神機を手にする。
刹那「覚悟は出来ている」というリンドウの静かな、本当に覚悟してるのだと分かる声が響き、何かが切れた気がした。
自分の背後で、一体どんな顔をしてソーマはリンドウの言葉を聞いているのか。
きっと、表情はあまり変わらないんだろうなと思う。
けれど、その内心を思えば――そのリンドウの言葉を受け入れる事など出来なかった。
だから、思うままに叫び、自分の神機とリンドウの神機を手に斬りかかった。

仲間の叫びの様な声が聞こえた気がしたが、それも良く分からなくて。
ただ、リンドウの神機を手に、黒いハンニバルに斬りかかったのは覚えている。
気付けば、アナグラのエントランスに居た。
とは言え、明らかに様子がおかしい。
そこに立つレンに話掛ければ、此処はリンドウの精神世界のようなものらしいと分かる。
リンドウの自我を取り戻し、無事戻る事が出来れば、もしかして――そんな期待と共に、レンと二人でリンドウの足取りを辿る事となった。

スサノオを倒し、ウロヴォロスを倒す。
そうして辿り着いた場所は――あの時リンドウが閉じ込められた教会跡だった。
やっと此処まで来れたというレンの声を聞きながら、ぼんやりと瓦礫に埋まるように座り込むリンドウを眺めていた。
忘れる事の出来ないあの日の出来ごと。
あの日あの時、自分は錯乱したアリサを背負っていて、独り退路を開く為に外で戦っていたソーマがどんな表情をしていたのかも分からない。
あれから結構な時間が経ってしまったが、それでも薄れる事のない苦い思い出。
あの日あの時から彼はこの場所で独り、抗い続けて居るのだろうか。
決して短いとは言えない時間が経過している。
どれ程の精神力なのだろうかと思う。

レンの姿が、リンドウの神機に変わって、そして――神機を手にしたリンドウと共に現れた黒いハンニバルを倒した。
リンドウを庇ってレンがハンニバル侵喰種の攻撃を受けて、そしてそれを最後に、黒いハンニバルもそしてレンも姿を消した。
連れ戻すつもりで居た。
戻って来て貰わなければ困ると思っていた。
言いたい事があるし、返さなければならないモノもあるのだから。
けれど、取り戻せる自信ははっきり言ってなかった。
良かったと、本当にそう思う。
それを最後に、意識が途切れた。


正直その後の事は良く覚えていない。
気付いたらアナグラのエントランスにリンドウと共に居て、そして――歓迎という名の喧騒から離れたのは、無言でソーマに腕を掴まれて引っ張られたからだった。
ユウトの腕を掴み、無言で引っ張るようにして歩くソーマを眺めて、ユウトは溜息を吐き出して言葉を紡ぐ。


「おーい、ソーマ。何処まで行くんだよ」
「……」
「いい加減、何か喋ってくれると嬉しいんだけど」
「……」


喧騒からユウトを引っ張りだしたソーマは、ユウトの問いかけにも言葉を発しようとしない。
元々無口な方ではあるが、それでも最近は、こんな風に無視される事はなかったのにな、と思っていた。
相当怒っているらしい事は分かる。
その理由も、分かってはいた。


「なあ、ソーマ」
「どこがプライベートな用事なんだ」


人気のない、ベテラン区域の自動販売機前。
今、アナグラの人達は殆どエントランスに居るから、静かなものだった。
そこで唐突に投げられた言葉。
怒りを纏った言葉に、ユウトは困ったように笑って告げる。


「極秘事項だったからね、あれ一応」
「その話なら聞いた」
「なら、分かるだろ?」
「お前は、……お前もリンドウもどっちも帰って来ない可能性を考えなかったのか!」
「――あ! その可能性もあったんだな」


はあ、と思いっきりソーマは溜息を吐き出す。
呆れた目でしばらくユウトを眺めて、もう一度溜息を吐き出した。


「俺も、いっぱいいっぱいだったんだよ。そこまで考える余裕もなかった。あの黒いハンニバルがリンドウさんだと分かってからずっと、どうすれば連れ戻せるのか、それだけを考えてたからな」
「……」
「それに、戦わなきゃならないのは分かってたから。誰も、連れて行く事は出来なかった」
「俺は――」
「ソーマなら、きっとやるしかないなら、やるんだろうなと思ったけどな。それでも、連れて行く事は出来なかった」


言い掛けたソーマの言葉を遮って、ユウトは告げる。
何か言いかけて――ソーマは口を噤む。
いつの間にかその場に、ソーマとユウト以外の気配があった。


「何やってんだ? 二人でこんなところで」
「リンドウさんこそ。何してんですか、こんなところで」
「いや、お前達の姿が見えなかったからな」
「心配で見に来たって事ですか」


言外に、そんなに心配するくらいなら、最初から手放すなと告げる。
それをくみ取ったのか、苦い表情でリンドウは告げた。


「……お前、性格変わってないか?」
「あれだけ色々な体験すれば、性格も変わります」
「……」
「俺、リンドウさんに言いたい事あったんですよ。丁度良かった」
「聞きたくないって言ったら、駄目か」
「駄目です」


きっぱりと告げれば、本気で嫌そうにリンドウは溜息を吐き出す。
リンドウとユウトのやり取りを、ソーマは俯いたまま黙って聞いていた。
ちらりとそんなソーマを見て、徐にソーマの背を突き飛ばすように押してリンドウの方へと押しやる。


「何しやがる!」
「おっと、危ねえなあ」


ソーマとリンドウの声が同時に上がる。
勢い良く突き飛ばされたソーマは、俯いていたせいか体勢を崩し、そんなソーマをリンドウは慌てて受け止めていた。
リンドウに受け止められた事に気付いていないのか、その状態のままソーマは睨むようにユウトを見据える。
そんなソーマの視線を受け流して、ユウトはリンドウを見据えて言葉を紡ぐ。


「返します。ちゃんと俺は命令守りましたから。今度は、貴方が俺にした命令を貴方に守って貰います」


これは、命令ですから。と、ユウトは告げた。
きょとんとした、という表現がまさに相応しい顔で、ソーマもそしてリンドウもユウトを見つめる。
しっかりと腕にソーマを抱きしめたままのリンドウと、抱きしめられたままのソーマ。
そんな状態のまま見つめられても、と思いつつユウトは内心で安堵の息を吐いていた。

良かったと、取り戻せたあの時から何度思ったか分からない事をまた思う。
覚悟出来ないまま、それでも取り戻すと決意だけはして。
そうして行動した結果がこれならば、良かったと言えるだろう。
それじゃあ、ごりゅっくり。と告げて――途端に現状に気付いたらしいソーマがリンドウを突き飛ばすのが視界の端に入ったが、気にせずにユウトはその場を後にした。

二人でゆっくり話す時間は必要だろうから。
エントランスには戻って来ないだろうな、と思い。
そう言えば部屋もリンドウに返さなきゃいけなかったなと思いつつ、乗ったエレベーターはエントランスについた。

取り敢えずまた、明日から忙しくなりそうだと思いながら、再び喧騒に身を紛らせた。



END



2010/11/04up