■もう二度と

任務を終えて帰って来て、部屋へと向かったソーマは、自室の前に立つ人影に溜息を吐き出す。
ソーマの部屋の前に立っていたリンドウは、ソーマに気付き軽く手を上げ言葉を紡ぐ。


「お、ソーマ。やっと任務終わったか。待ってたんだぞ」
「待ってろと言った覚えはない」
「お前、そう言うところは相変わらずだよなあ」
「……で? 用はなんだ」
「ん? ちょっと話がしたいなと思って。時間あるよな?」
「ああ」


この後また任務はあるが、時間は空いている。
次の任務まで時間があったから、部屋に戻って来たのだから。
話す時間くらいはあるだろうと思い、ソーマは自室の鍵を開ける。
入れと視線で促して、リンドウが中に入ったのを確認して、自分も中に入り鍵を掛けた。
先にソファに座ったリンドウの隣へと腰を下ろし、缶コーヒーを手渡す。


「珈琲くらい淹れてくれる気はないのか」
「嫌なら飲むな」


そう言って、缶コーヒーを飲むソーマを見て、仕方なくリンドウも缶を開けて珈琲を飲む。
言う事も口調も相変わらずだけれどでも、久しぶりにアナグラへと戻って来て驚いたのは、ソーマの纏う雰囲気が変わっていた事だった。
人を寄せ付けない雰囲気がなくなり、普通に仲間と話す姿を見た時には本当に驚いた。
任務中に単独行動を取る事もなくなったらしく、元々の実力もあって、今では仲間を統率する事も出来るようになっている。
そのお陰で、是非ソーマを自分の隊の部隊長にと望む声がいくつもあった。
それを全て断って、ソーマは未だに第一部隊に所属している。
リンドウがソーマと長い付き合いだと知って、リンドウにソーマを説得してくれと頼んで来る者もいるくらいだ。
それをリンドウは受けた事はないが。
ソーマが第一部隊に所属し続けるのには、何か理由があると思ったから。
ソーマの意思に反したくないという思いもあるが、本音は、とてもじゃないが口に出せないような事だ。
何となく、そう何となく。
部隊長になって、皆から頼られるようになったら、己の手から離れて行ってしまいそうで。
一度は自分で手を放したくせに、ソーマが己から離れて行くのは嫌だった。
信じていない訳じゃない。
恐らくは部隊長になろうと、そんな事はないだろう。
だがそれでも、己だけが知っていた事を、皆が知るのは良いことだと言う思いは確かにあるのに。
それは本心なのに。
それと同じくらい、自分だけが知っていれば良いと言う思いもまた、あるのだ。
皆に知って欲しいと思う反面、己だけが知っていれば良いと思う矛盾。


「なあ、ソーマ」
「なんだ」
「お前、変わったなあ」
「……色々あったからな、お前が居ない間に」
「俺が居なくて寂しかったとか言えば、可愛いんだけどなあ」
「誰が言うか」


それはそうだろうと思う。
いくら変わったとは言っても、本質が変わる訳ではない。
元々ソーマは仲間思いだったし、それをリンドウは知っていたから。


「お前が変わったのは良かったと思うんだけどなあ」
「なんだ」
「ちょっと寂しいって言ったら、笑うか?」
「……何でだ?」


不思議そうに問うソーマを見て、リンドウは苦笑する。


「出来れば俺がお前を変えたかったと思ってな」
「――っ、」


息を呑み驚いた顔でリンドウを見つめるソーマを見て、本当に変わったなと思う。
それは良かったと思う。
ソーマの本質を知っていたリンドウは、ソーマが仲間を得る事を、ずっと望んでいたから。
けれど、先程ソーマに言った事も事実で、出来れば自分の手で変えたかったとも思うのだ。
それが少しだけ寂しいと思う。
自分の居ない間に何があったかは聞いてるし、ソーマと同じような境遇の彼女だからこそ、変えられたのだと言う事も分かる。
けれどそれでも――己の手で、そう思ってしまうのだ。
大切だと、愛しいと思う相手だからこそ、己の手で……と。


「恥ずかしい奴」


一気に缶コーヒーを飲み干し、空になった缶をテーブルに置いて、ソーマはふいっと顔を逸らす。
紡がれた言葉は、本当に小さな声で、けれどリンドウはそれを聞き逃す事はなかった。
缶コーヒーを一気に飲み干して、空になった缶をテーブルの上に置いて、リンドウは顔を逸らしたままのソーマを背後から抱き寄せる。
互いの体温を感じて、戻って来られたのだと実感する。
既に何度そう思ったか分からない。
手放して諦めたモノが、再びこの腕の中に在る事に感謝していた。
守れるのなら、二度とこうして温もりを感じる事がなくとも構わないと。
確かに覚悟したはずだったのに。
こうして再び温もりを感じれば、何故諦める事が出来たのかと思う。
もしもまた、同じ様な事があったとしても、今度はもう、手放す事は出来ないだろう。
もう二度と、手放せないと思っていた。

生きる事から逃げるな――そう言われたからな。限界まで足掻いてやるさ。
そう思いながら、腕の中大人しくされるがままになっているソーマを、強く抱きしめた。



「おーい、ソーマ。居るんだろ?」


ドンドンと扉を叩く音がして、外からコウタがソーマを呼ぶ声が聞こえてくる。
腕の中大人しくしていたソーマは、その声と音に反応し、リンドウの腕から逃れようとする。
させるか、と思いリンドウは素早くソーマをこちらへと向かせて――何か言いかけたその口を、自身のそれで塞いだ。

突然の事に驚き目を見開いたソーマは、直ぐに我に返って、どうにか逃れようと身じろぐ。
難なくそれを抑え込んで、口付けを深くし、抵抗を奪う。


「……居ないんじゃないのか?」
「でも、帰って来てるってヒバリちゃんが言ってたよ」
「じゃあ、寝てるのかもしれないし、また後にしないか? まだ時間はあるからね」


どうやら第一部隊のリーダーもいたらしく、そんな会話が聞こえてきた。
部屋の中にまで聞こえる程大声で話さなくても、と思う。
しかも、まだ時間はある、と言う言葉だけどうにもわざとらしい言い方で、リンドウはユウトがこの部屋の中にソーマが居る事に気付いているのだと知る。
そして恐らくリンドウが居る事にも気付いているのだ。
逃れようとリンドウの身体を押していたソーマの手は、いつの間にか縋るようにリンドウの服を掴んでいて。
ソーマの口を塞ぐ為にしたはずの行為が、違う意味へと変わっていく。
離れていた時間を埋めるかのように、互いに互いを求める。
扉の前にあった気配がなくなって、やっとリンドウはソーマを解放した。

突然だったせいもあり、すっかり息が上がり、リンドウへと凭れるように身体を預けるソーマを見下ろす。
何か言いたげに視線を上げたソーマと目があって――何かが音を立てて切れた気がした。
ソーマの身体を抱き上げて――半分アラガミになったおかげか以前に比べて軽々と抱き上げる事が出来た――移動する。
アナグラに戻って来て2,3日ソーマの部屋に寝泊まりしたおかげで、寝台の上に無造作に置かれていた神機は片付けられていた。
寝台へとソーマの身体を下ろし、覆いかぶさるようにして見下ろす。


「ソーマ。今日はもう、任務ないよな?」
「ある。だから、放せ」
「一度くらい大丈夫だろう」
「冗談じゃねえ」


退け、とリンドウを退かそうとするソーマの腕を掴み寝台へと押しつける。


「リンドウ」


咎めるようにソーマはリンドウの名を呼ぶ。
けれど、その中に諦めが見えて、リンドウは再びソーマに口付けを落とした。

今度こそ、ずっと共に。
もう二度と手放さないと、手放せないと、そう思っていた。



END



2010/11/11up