■理不尽な感情

第一部隊であいていたのはソーマとアリサだったので、二人と、何故か本当にタイミング良く通りかかったリンドウが、俺も行くと言ったので同行を頼み、四人で愚者の空母へと来ていた。
愚者の空母での、テスカトリポカ一体の討伐。
小型のアラガミが何体か同時に出てくるのは、お約束となっていた。
小型のアラガミは既に倒され、残りはテスカトリポカ一体。
このメンバーならば、さほど苦戦する事もない。
新型が三人も居れば、アラガミ弾が頻繁に受け渡される。
そのせいもあって、思ったよりも早くテスカトリポカを倒せそうだった。
あと少しと言うその時。
ソーマが何かを察したのか、突然その場からステップで斜め後方へと避ける。
途端に、たった今までソーマが居た場所に、リンドウのバレッドが撃ち込まれた。
余りにも誤射されるからか、最近は時々こんな風にソーマはリンドウの誤射を事前に察知することがある。
とは言え、今日も既に何度か誤射されてはいたが。
だが運悪く、丁度避けたその場所を狙って、テスカトリポカがミサイルを発射した。


「ソーマ!」


慌てたようにユウトが叫ぶ。
だが、たった今ステップで避けたばかりのソーマは、体勢を立て直す事も、装甲を展開する事も出来ない。
装甲がバックラーならばギリギリ間に合ったかもしれないが、ソーマの装甲はタワーで、とてもじゃないが間に合わない。
せいぜい出来る事は、衝撃が出来るだけ少ないように受け身を取る事くらいだった。
ミサイルの直撃を受けて、ソーマの身体は後方へと飛ぶ。

戦っていた場所が悪かったのだろう。
そのままソーマの身体は海へと落ちて行く。
水飛沫が上がるのをちらりと見て、ユウトはテスカトリポカへと斬り掛りながら告げた。


「一気に倒すぞ!」


その声に頷き、ソーマが落ちた海を見ていたリンドウとアリサも神機を構えなおす。
ソーマを助けるにしても、目の前のアラガミを倒してしまわない事にはどうにもならなかった。

三人で攻撃すればテスカトリポカはあっとう間に倒れて、本当に後僅かだったんだなと皆は思う。
そうして、急ぎソーマが海へと落ちた辺りへと向かった。
その場へと行けば、海に落ちた際フードが取れたのか、珍しくフードを被っていないソーマが自力で海から上がろうとしていた。
それを見たリンドウが、すぐさまソーマに向かって手を差し伸べる。
逡巡して、ソーマは素直にその手を取った。
リンドウはソーマを引っ張り上げて、陸に上がったソーマは全身びしょ濡れの状態で溜息を吐き出した。


「大丈夫ですか?」
「大丈夫か?」


アリサとユウトの言葉が重なる。


「ああ」


それに短く答えて、ソーマは長めの前髪が濡れて張り付いて鬱陶しいのか、溜息を吐き出しながら鬱陶しげに髪をかきあげた。
それを見たアリサが目を見開いて微かに頬を染める。
ソーマとアリサを見たユウトは、小さく溜息を吐き出していた。
アリサの気持ちも分からないでもない、と思う。
男の自分でも、水に濡れて鬱陶しげに髪をかきあげるソーマに目を奪われてしまうから。
だが、それを良しとしない男が此処に居る。
アリサの様子に気付いたらしいリンドウが、ソーマに近付く。
何だ、と言わんばかりの表情でリンドウを見上げるソーマに、リンドウは告げた。


「ソーマ。お前その上着脱いだ方がいいぞ」
「――は?」
「風邪ひくだろ、そのままじゃ」
「脱いでも変わらないだろ、これなら」


言いながらパーカーの下の黄色いシャツの裾を摘みあげる。
黄色いシャツの間から、ちらりと褐色の肌が覗いた。
アリサが慌てたように視線を逸らすのが、ユウトの視界の端に入った。


「自分で脱げないなら、脱がしてやってもいいぞ」
「は? お前、何言い出すんだ」


近付いて来たリンドウから距離を取るように、ソーマが後退しようとする。
けれど、そんなソーマの行動などお見通しのリンドウが動く方が、早かった。
するりと、ソーマのパーカーの下、パーカーとシャツの間にリンドウは手を差し入れる。
そしてそのまま、後退しようとしていたソーマの腰を抱き、引き寄せた。


「……っ、」


息を呑み、ソーマは背を反らせてリンドウを見上げる。
元々リンドウの方が背が高い為、そんな状態のソーマを見下ろせばまるで覆いか被さってでもいるかのように見えて。
思わずユウトは二人とアリサの間に立つ。
アリサの視界を遮るように立って、溜息を一つ吐き出して、告げた。


「アリサ、先に車に戻っていようか」
「は、はいっ!」


素晴らしく良い返事をしたアリサに苦笑して、促すようにして歩き出す。
ちらちらと、アリサが隣で振り返るのを見て、ユウトはもう一度溜息を吐き出した。
頼むから、帰投時間までには戻ってくれと、そう思いながら。


アリサを連れてユウトが車へと戻ったのを見て、リンドウは片腕でソーマの腰を抱き拘束したまま、あいた手をソーマのパーカーへと掛ける。
ソーマの肩の辺り、パーカーとシャツの間に手を差し入れて、濡れたシャツの上から肩を撫でるように動かして、パーカーをずらして行く。
肩を撫でる感触に、びくりとソーマは身体を揺らして、睨むようにリンドウを見上げる。
しっかりと腰に回されている腕から逃れようと身を捩りながら、ソーマはリンドウの名を呼んだ。


「リンドウっ!」
「ん? なんだ?」
「なんだ、じゃねえ。何するんだ」
「だから、脱がしてやるって言っただろ」
「自分で脱げる。放せ!」
「遠慮するなって」
「リンドウ、やめっ、」


肩を撫でるように動いていた手が下りて来て、脇腹をするりと撫で上げる。
シャツが濡れて肌に張り付いているせいなのか、直接触られたような感覚に、ソーマは小さく身体を震わせて、息を呑む。
リンドウを見上げるその顔は赤く染まり、白い髪は肌に張り付き、ぽたりぽたりと水が滴り落ちている。
抵抗の止んだソーマのパーカーを脱がしながら見下ろして、リンドウは先程の光景を思い出していた。
水に濡れて鬱陶しいのか髪をかきあげるソーマは、今まで色々なソーマを見てきたリンドウでさえ目を奪われる程、壮絶な色気を放っていた。
アリサが顔を赤らめるのも分からないでもない。
分からないでもないが――駄目だ、と思った。
独占欲だとか、嫉妬だとか、そんな類の感情だってのは分かってる。
ソーマが悪いわけでもアリサが悪いわけでもないが――そんな姿を無防備に晒すソーマが許せないと思ってしまったのだ。
渦巻く理不尽な感情に自嘲して、けれど止まらない、止められない。


「いい加減に、しろっ」
「お前も、往生際悪いね」
「てめっ、何する、気だ」


パーカーを脱がしながら、わざとらしくあちこちを撫でて行くその手のせいで、ソーマはもう抵抗すら出来なくなっていた。
しっかりと腰を抱かれたまま赤い顔でリンドウを見上げて、時折耐えるようにソーマの手がリンドウの腕を強く掴む。


「だから、パーカーを脱がしてやるって言ってるだろ、さっきから」
「自分で脱げる」
「もうこれだけ脱げてんだから、諦めろって」


濡れたパーカーは既に半分程脱がされていた。
密着しているせいか、それとも別の理由のせいか、水に濡れているにも関わらず、ソーマは寒さを感じていない。
それに、確かにリンドウの言う通り、もう今更だった。
このまま大人しく脱がされた方が早く解放されるかもしれないと思い、身体の力を抜く。
ソーマの身体から力が抜けたのを見て、やっと諦めたかとリンドウは思っていた。
手早くソーマのパーカーを脱がし、そして腰を抱いていた手も放して、自身の上着を脱ぐ。
訝しげに見上げるソーマの肩に、脱いだばかりの自身の上着を掛けた。
驚いたように目を見開き、リンドウを見上げるソーマを見て、告げる。


「それ着てろって。本当に風邪ひくぞ」
「……風邪なんか、ひくか」
「お前が海に落ちたの、半分は俺のせいだからな」


だから着ていろと言われて、ソーマは僅かに迷うような素振りを見せて、大人しく肩に掛けられたそれに腕を通す。
身長差があるから仕方ないとは言え、リンドウの服はソーマが着ると少し大きくて、それが少しだけ癪に障った。


「それじゃ、帰るか」


言いながらリンドウはソーマの肩に腕を回す。
あいている腕には、先程脱がせたソーマの濡れたパーカーが掛けられていた。
リンドウを睨みつけて、何かを言おうと口を開きかけたソーマは、深い溜息を一つ零して――結局何も言う事はなかった。
夕日に照らされた愚者の空母を寄り添って歩く。
渦巻いていた理不尽な感情は、すっかり落ち着いていた。


先に装甲車に戻ったユウトとアリサは、何度目かの溜息を吐き出していた。
リンドウがソーマを抱き寄せたのが衝撃的で、その前の濡れた髪をかきあげたソーマの姿はアリサの頭の中からすっかり抜け落ちていた。
ちらりと窓の外を見て、ふと思い出す。


「そう言えば、リンドウさんって、以前一緒に任務に行った時はあんなに誤射しなかったように思うんですけど」


アリサの言葉にユウトは考える。
アリサとリンドウと一緒に行った任務なんてあったか? と。
そうして思い出す。
先日エイジスにツクヨミの討伐に二人と共に行ったのだ。
あの時はコウタも一緒だったが、ソーマは別の任務が入っていて、居なかったのだ。


「ああ、そうだったな、そう言えば。――多分、ツクヨミとは相性が良かったんじゃないかな」
「なるほど。そう言う事ですか」


納得した様子のアリサを見て、気付かれないようにユウトは溜息を吐き出す。
リンドウに誤射されるのはソーマが殆どだなんて、とてもじゃないが言えないと思っていた。
はあ、ともう一度溜息を吐く。
それにしても、あの光景を見ても、あの二人がどんな関係かまでは思い至らないのだろうかと思う。
確かに男同士なんて普通ではないから、思い至らないのも仕方がないのかもしれない。
だが、どんなに仲が良くても普通は抱き寄せないだろう、普通は。
コウタでさえ分かったんだけどなとユウトは思う。
あの二人との任務の時に、アリサを連れてくるのは止めようと、思っていた。

窓の外を見ていたアリサが「あ」と声を上げる。
その声に窓の外を見れば、二人がこちらへと歩いてくるのが見えた。
やけに二人の距離が近い気がするが……見なかった事にしようと思う。
どうにか、帰投時間には間に合ったなと、ユウトは安堵の息を吐き出していた。



END



2010/11/29up