■降りしきる雪の中で

鎮魂の廃寺での任務が終わり、リンドウとソーマは雪の降りしきる中、立ち尽くしていた。
煙草の煙を吐きだし、リンドウは月を見上げる。


「全く、クリスマスだってのに、デートする暇もないとはね」
「……俺の任務に無理矢理着いて来て、何言ってる」
「お前ね、デートの相手が仕事なら、俺が時間空いてたって意味ないだろうが」


だから着いて来たのだと告げる。
じっとしばらく煙草を吸うリンドウを見つめて、ソーマは月へと視線を投げた。
月を見ると、嫌でもあの時を思い出す。
シオが月へと行ってしまったあの日を。
特に此処は、彼女と初めて会った場所だからだろうか。
彼女と共に過ごた日々が浮かんでは消えて行く。
ただ、その場面の何処にも、リンドウの姿はなくて。
いつだって、満たされない想いを抱えていた事もまた、思い出していた。
今此処にリンドウが居たなら。
あの日々の中何度も思った事だった。
生存を信じる事も出来ずに、けれどその存在が既にないと受け入れる事も出来なかったのだ。
中途半端な状態のまま過ごしていた日々。
もう二度とこんな風に共に過ごす事はないと、諦めたはずだった。
諦めるしか、なかった。
再びこうして共に在る事が出来て良かったと改めて思う。
そんな事を思っているソーマの耳に、リンドウの深い溜息が聞こえてきた。


「クリスマスだってのに、ソーマは俺以外を思ってるしなあ」
「……」


そのリンドウの言葉に、ソーマの視線が月からリンドウへと移る。
シオの事を思っていたのは事実だが、それだけじゃないなんて、絶対に言ってやらないと思っていた。


「コウタとタツミがアナグラを飾り付けてたのは、クリスマスだからか」
「……今更気付いたのか」


呆れたように言い、煙を吐き出して、リンドウは煙草を投げ捨てる。
それを目で追って、ソーマは思っていた。
神無きこの時代に、どこぞの神様の生まれた日を祝うなんて事をする者はいない。
コウタやタツミは賑やかになっていいという理由でアナグラを飾り付けているが。
単に飾り付けているだけで、その日を祝うなんて事はしない。
せいぜいがそれを口実に、皆で騒ぐくらいだろう。
だが、今ソーマの目の前で月を見上げているこの男は、ソーマが出会ったからずっと、クリスマスのその日必ずソーマの部屋を訪ねて来ていた事を思い出す。
プレゼントなんてものを貰った事もあったなと思い、ソーマは微かに笑った。


「アナグラに戻ったらケーキあるぞ」
「……お前、甘いモノ嫌いだろ」
「ソーマは好きだろ」
「……まあ、な」
「食堂に作ってくれって頼んでおいたから、帰れば出来てるだろ」


モノのない時代ではあるが、材料をそろえて頼めば、食堂でこちらの要望に応えてくれる事がある。
どうやってケーキの材料なんて手に入れたのか分からないが、恐らくはこの日の為に色々と準備をしていたのだろう。
出会った時から欠かさずに続けられている事。
こういった過去の行事を、リンドウは出会った当時から何故かソーマにさせたがった。
最初は困惑したし、逃げ回った事もあった。
だが、一度もリンドウから逃げ切れた事はなくて、いつしか諦めに変わりそして――今では、当たり前になりつつある。
子供とはもう言えない年齢になっても、それは続いている。
今年はどうやらケーキがプレゼントらしいと悟る。
そんなモノなんていらないのに、とソーマは思う。
リンドウがこうして傍に在ってくれれば、それでいいのだ。
そんな事、口には出さないが、一度失くしたと思ったからこそ、あの時間があったからこそ尚更思う。
その存在さえあれば、何も要らない、と。


「そろそろ、帰るぞ」
「そんなにケーキが食べたいのか」
「違う。帰投時間だ」


冗談だ、そんなに怒るなよ。と言ってリンドウは先立って歩き出す。
その後をついて歩き出して、ソーマはその背に向かって問いかけた。


「リンドウ」
「ん? なんだ?」
「お前は、何が欲しい?」


そのソーマの言葉にリンドウが立ち止る。
振り返って真っ直ぐにソーマを見下ろして――その手が伸びて来て抱き寄せられる。


「ソーマ」
「……は?」
「だから、欲しいモノは、ソーマだって。お前が居れば、何も要らないよ」


平然と言われて、ソーマは驚く。
こう言った事を何故平然と口に出来るのかが分からなかった。
驚きと羞恥で顔が熱くなるのを感じて、思わずリンドウを突き飛ばす。
その腕の中から逃れて、ソーマは一人歩き出した。
文句を言いながら、リンドウはソーマを追い掛ける。
鎮魂の廃寺はいつでも雪が降っていて、何処を見ても景色は白い。
音さえも雪が吸い取ってしまうみたいで、本当に静かだった。
静かなその場所に、さくさくと雪を踏みしめて歩く音だけが響く。
突然ソーマが立ち止り、前を向いたままやっと聞こえると言う程度の小さな声で言葉を紡いだ。


「俺も、だ」


それだけ言って、またソーマは直ぐに歩き出す。
突然の事にリンドウはしばらく呆然と立ちつくし、慌ててソーマを追い掛けながらその背に向かって言葉を紡いだ。


「ちょっと待て、ソーマ」
「……」
「今、何って言った?」
「さあな」
「もう一回」
「……誰が言うか」
「良いだろ。なあ、もう一回」
「断る」
「ソーマ」
「煩い」


足早に歩くソーマを追い掛けながら、リンドウは言葉を紡ぎ続ける。
前を向いたままソーマはそれに答えて、雪を踏みしめる音しかしなかったその場所には、二人の何処となく楽しげな声が響いていた。


少し前を歩くソーマの背を眺めて歩きながら、リンドウは思う。
昔は、クリスマスに雪が降ればホワイトクリスマスだなんて喜んだらしいが、今は此処、鎮魂の廃寺に来ればいつだって雪を見る事が出来る。
季節と言うモノがなくなって、昔は当たり前だった事が当たり前じゃなくなっている。
平和な時代には、家族や友達、恋人と言った人と共に在れるのが当たり前だった。
神様なんてものを信じている訳でもないし、クリスマスに二人で過ごせたからどうなると思っている訳でもない。
ただ、平和な時代にあやかって祈ってみるのも、願ってみるのも良いかと思ったのだ。
神様の生まれた日だと言う今日、この日に。
来年も、またその次も、こうして共に在れるように、と。
こんな仕事をしていればどちらがいつどうなるかなんて分からない。
一度手放した今ならば、以前よりもはっきりと、失くす不安というのが付きまとう。
どんなに共に在りたいと願っても、叶わない事もあるのだと知ってしまったから。
だから、こんな日に共に過ごして祈ってみようかと思ったのだ。
そんな事を今少し前を歩くソーマに言えば「くだらねえ」という一言で終わりだろう。
その場面が目の前で展開されているかのように浮かんで、リンドウは微かに笑った。
刹那、二人の間を裂くかのように、強い風が吹き抜けた。
風に舞い上げられた雪が、空から落ちてくる雪に混じって視界を白く染める。
片手で顔を覆うようにして立ち止って、リンドウは白に消えて行く青を掴もうと片手を前へと伸ばした。
けれどその手は青を掴む事は出来ずに、空を切る。
白の中に確かにあった青は、辺りを染め上げる白に、消えた。
居なくなった訳ではないと分かっているのに、喪失感に襲われて。


「ソーマ!」


焦燥を含む声で名を呼ぶ。
その存在さえ在れば何も要らないと思う程のモノを失ったなら、どうなるのか。
孤独の中にあったあの日々が蘇る。
一度は自ら手放した存在を、求めていた。
だが、強い風が吹いていたのは本当に僅かな時間の事で。
風が収まると同時に視界が開ける。
先程までと変わらない距離を保ったまま、白に消えたはずの存在はそこにあった。

立ち止り、無言のままソーマはリンドウを見ていて。
早く来い、と視線で促される。
未だに微かに内に残る喪失感を抑え込んで、リンドウは足を進めた。
ソーマの隣に並べば、やっとソーマも歩き始める。
待っていてくれたのかと、リンドウは思わず苦笑した。
先程焦燥を含む声で呼んだ名は、雪にかき消される事はなく、ソーマの耳に届いたのだろう。
以前のソーマならば、たとえそれに気付いたとしても、こんな風に待っていてくれたりはしない。
成長をまざまざと見せつけられて――追い抜かれないようにしないとなと思う。
真っ白な景色の中、そんな事を思いながら、装甲車に向かって歩いていた。

祈りに意味がないとは言わない。
そう言うモノに縋るしかない者もいるだろうから。
だが、リンドウにはアラガミを狩る力がある。
ならば、祈るよりも――来年もその次も、ずっと共に在れるようにすればいい。
死ぬなと相手に言うならば、自分がそうならないようにすればいい。
共に在れる日がずっと続くように。
雪の降りしきる中で得たのは、何が何でも生き抜くという確かな思いだった。

任務の後とは言え、少しゆっくりと雪の降りしきる中を歩く。
クリスマスだからなのか、いつもならさっさと帰ると言うソーマも、今日は何も言わない。
何を話す訳でも、何をする訳でもないけれど、任務の後とは思えない程に、二人の間に流れる空気は穏やかなモノだった。


もう二度と、共に過ごす事は出来ないと、リンドウもソーマも一度は諦めた。
だが、再び手にすることが出来て改めて思う。
この先もずっと、共に在れたら、と。

他に何も要らないから、ただその存在だけが在ればいいと、どちらもが思う。
共に在れる事が、幸せだと思っていた。


それは、過去「クリスマス」と呼ばれていた日の出来事。
雪が降りしきる中浮かぶ月だけが、二人を見ていた。



END



2010/12/24up