■祈り

仕事を終えた後、アナグラに戻る前に装甲車に背を預けて一服する。
新人を連れての任務の場合は、そんな事をしていられないが、たった今まで一緒に仕事をしていた相手は、長い付き合いのソーマだ。
問題はないだろう。
案の定、呆れたような表情で煙草を吸うリンドウを見て、仕方なさそうに、少しだけ間を開けて同じようにソーマも装甲車に背を預ける。
待っているなんて絶対に口に出して言うような奴じゃないが、一服する間くらいは待ってくれる気なのだろうと分かった。


「なあ、ソーマ」
「なんだ」
「時々、空しくならないか?」
「……」


リンドウの問いに、答えは返らない。
訳が分からないという表情のソーマを見て、リンドウは言葉を続ける。


「戦いに明け暮れる日々ってのは、いつまで続くんだろうな」
「さあな」
「アラガミに対抗出来る手段を持ってるのは良い事だと思うんだけどな。そんな手段を持ってなかった頃を懐かしく思う事も、ある」


溜息を吐く代わりに、煙草の煙を吐きだす。
紫煙が空へと上がって行くのを、ぼんやりと眺めていた。
アラガミを倒す事の出来る力がある事は、良い事だと思う。
だが、戦い続ける日々に何も思わない訳じゃない。
抗う術を持たなくても、アラガミに喰い殺されるが、抗う術を持っているゴッドイーター達でさえ、戦いの日々の中命を落とす。
いつまで、あとどのくらい、そんな答えの出ない問いは、いつだって己の中にある。
戦う事がイヤだと言う訳ではないが、時々ふとした瞬間にそんな答えの出ない問いが出てくる。
今はきっと、一緒に仕事をしていた相手がソーマだからこそ、気が緩んだのだろう。
ソーマ相手に取り繕った所で、無意味な事は良く分かっているから。
だからこそ、楽だとも言える。無理に喋る必要もないから尚更だ。
どのくらい時間が経ったか、静寂を破ったのは意外にもソーマだった。


「俺は、今の方が良い。こんな日常でも、研究所に居たころよりはマシだ」


そう言えばそうだったと、今更思い出しても遅い。
ソーマは、ゴッドイーターになる前は、研究所に居たのだ。
研究対象として。
リンドウが経験したような、目の前で知り合いをアラガミに喰い殺されるといった事はなかっただろうが、その代わり、”人”として扱われない日々を送っていた。
どれ程孤独だったのかなんて、正直想像もつかない。
リンドウの周りには、リンドウを心配してくれる者達が居た。
アラガミに怯えて暮らす日々でも、少なくとも孤独ではなかった。
ろくに食べる物もない暮らしだったがそれでも、助け合い暮らす日々は温かくもあった。
こんな、戦いに明け暮れる日々よりはあの頃の方が良いと思ってしまう事がある程度には、満たされた日々だった。
失言だったと思っても、今更取り消す事は出来ない。
かと言って、悪かったと謝るのもどうかと思う。
適当にはぐらかす言葉なら、いくらでも出てくるというのに、本当に伝えたい時は何一つ言葉は出てこない。


「あー、その、なんだ」
「帰るぞ」


もう良いだろ、と短くなった煙草へとソーマは視線を投げる。
気にしていないというその態度に、内心で自嘲した。
殆ど吸う事がないまま短くなった煙草を消す。
煙草を消したのを見たソーマがリンドウに背を向けたその隙に、リンドウはソーマに向かって手を伸ばした。

やめろ、いい加減にしろ、と喚くソーマを無視して、フードを取った事で現れた銀糸を乱暴に撫で続ける。
浮かんだ思いを、衝動を、言葉にする事は出来ない。
自分の感情を表す言葉を、リンドウは持ち合わせていない。
口下手だと自覚はしているが、こんな時はもう少し上手く言葉を紡げたらと思ってしまう。
だからそう、紡げない言葉の代わりに、こんな風に態度で示すしかない。

お前はもう、独りじゃないと、どうすれば伝えられるのか。
ずっと傍に居ると言えばいいのか。
こんな戦いに明け暮れる日々の中、いつどうなるかなんて誰にも分からない。
死ぬつもりもないし、仲間を死なせるつもりもない。
だが、それでも、死者は出る。
そんな残酷な現実を、ソーマもそしてリンドウも、知り過ぎていた。
ずっと等と言う言葉の無意味さも、分かり過ぎるくらい分かっている。
だからこそ、どう言えばいいのか、分からなかった。

諦めたのか大人しくなったソーマの髪を、リンドウは撫で続ける。
それ以外、自分の感情を表わす術を、持っていなかった。

神や仏と言ったモノを信じた事はないが、昔、祈りにも意味があると教えてくれた人を思い出す。
今だって神や仏と言ったモノを信じてはいない。
こんな仕事をしていれば当然だろう。
だがそれでも、祈りたくなる。
神でも仏でも、何でもいい。
もう二度と彼が孤独の中に落ちる事がないようにと、ただそれだけを祈る。
今だけは、そう言ったモノに縋りたい気分だった。

これ以上続けたら、ソーマの機嫌は最悪なモノになるだろうと、不機嫌そうな顔をしたまま黙りこむソーマを見て思う。
ギリギリのタイミングで、リンドウはソーマの髪を撫でていた手を放した。
溜息を吐くソーマを見て、告げる。


「帰るぞ。帰りが遅いって捜索隊が出ても困るからな」
「腕輪で生存確認出来るだろ」
「それもそうか」


生存が確認出来れば、捜索される事もない。
とは言え、リンドウとソーマの任務にしては、帰りが遅いのは確かだ。
心配はされているかもしれない。


「ソーマ、運転よろしくな」


言いながらソーマに向かって装甲車のカギを投げる。
それを受け取って、不機嫌そうな顔をリンドウへと向けて告げた。


「お前が運転すればいいだろ」
「疲れたんだって。だから頼むわ」
「お前がこの程度でバテる訳ねえだろ」
「俺ももう、若くないからなあ」


それだけ言ってさっさと助手席に乗り込むリンドウを見て、ソーマは溜息を吐き出す。
仕方なさそうに、運転席へと向かった。

再びフードをしっかりと被って、運転席へと座るソーマを見て、また手を伸ばしたくなるのをどうにか堪える。
言葉にならない感情は未だになくならない。
装甲車が動き出し、流れて行く景色を眺める。
何処を見ても荒廃した景色を見ても楽しくはないが、それをぼんやりと眺めながら思う。
戦いの日々が空しくなる事はきっとこの先もあるだろう。
だがそれでも、戦う力があるからこそ、守れるモノもある。

ちらりと運転するソーマへと視線を投げて、再び流れる景色へと視線を戻す。
祈るだけでは性に合わないから、守ろうと思う。
守られる程弱くねえ、と不機嫌そうに言い放つ姿が浮かんで、リンドウは思わず笑った。



END



2011/01/11up