■僅かな休息

贖罪の街での任務を終えて、ソーマは一緒に来ていたコウタにアナグラでの報告を頼み、自分以外の仲間を先に帰らせた。
ソーマは、前の任務を終えて此処へ直接来た為、装甲車は二台ある。
だから、先に帰らせても問題はないのだ。
緊急の任務が入らない限り、この後ソーマは任務が入っていない。
だからと言って帰らなくて良いと言う事もなかったが、どうしても直ぐにアナグラへと戻る気になれなかったのだ。
支部長代理を務めているサカキ博士辺りに、後で色々言われるだろうが、それでも今はしばらく此処で独りで居たかった。

贖罪の街にある、教会の中へと入る。
アラガミは先程倒した為、今のところこの辺りにアラガミの気配はなかった。
建物の中に入り、隅の方で座り壁に寄り掛かる。
ふと思い出して、携帯端末を取り出し、電源を落とした。
アラガミの気配も人の気配もないこの場所は、本当に静かだった。

最近までずっと、人と関わらずに生きて来たソーマは、未だに仲間にどう接すれば良いか分からない時がある。
別にそれ程気を遣っているつもりは、正直ない。
相手の都合の良い返答をするつもりもないし、そんな必要もないと思っている。
多少言い方が悪くても、何故なのか良く近くに居る第一部隊のリーダーや仲間達が、フォローするから問題はない。
だがそれでも、今まで殆ど人と関わらずに来てしまったため、疲れるのだ。
時々こんな風に、誰も居ない場所で独りになりたくなる。
そんな時間が長く続かない事もまた、分かっているのだが。

恐らくはそろそろリンドウが捜しに来るだろう。
こんな風にソーマが独りで居る理由も知っていて、それでも放っておけないらしい。
付き合いが長いせいもあって――それだけではないが――ソーマの事を良く分かっているリンドウは、いつも絶妙なタイミングで現れる。
そろそろアナグラに戻っても良いかと思い始める辺りで、大体姿を現すのだ。
そんな事を思った途端聞こえて来た足音と声、良く知った気配。
相変わらずなタイミングに、ソーマは思わず微かに笑った。


「お前ね、何も此処じゃなくたっていいだろ」
「何処にいようと、俺の勝手だ。それに、捜しに来いと頼んだ覚えもない」
「ホント、相変わらず可愛くないねえ」


捜しに来たリンドウの呆れたような声で思い出した。
いや、忘れ事はない。
此処は、この場所は、リンドウが閉じ込められて、リンドウの命令によって、ソーマがリンドウ以外の仲間を帰還させる為に退路を開いた場所。
忘れた事はないし、今でもあの時の事を思い出すとあまり良い気分にはならないが。
それでも、一瞬忘れていたというか、頭の片隅に追いやっていた。
リンドウが戻って来てからもしばらくは、あまりこの場所には近付きたいとは思わなかった。
リンドウが居なかった間は尚更だ。
それなのに――。
ふと、昔、ソーマがゴッドイーターになって間もないころ、リンドウに言われた言葉を思い出す。
「どんなに辛い出来ごとも、時間が経てば薄れる。痛みも、忘れる」
あの時、何があってそうリンドウに言われたのかは覚えていない。
だが、反発した事だけは覚えていた。
子供の頃の出来事を夢に見続け、過去にする事も出来なかったソーマにとってその言葉は、受け入れられるモノではなかったから。
だが今ならば、分かる。
あれだけの思いをして、それでもこの場所でこんな風に座り込んで居られる程度には、薄れているのだ。
あの時の事も、あの後の事も。
恐らくは、リンドウが戻ってきたからだろうが。
もしも、戻って来なかったなら、今でもこの場所に出来れば近付きたくないと思っただろうか。


「ソーマ」
「なんだ」
「またお前、携帯端末の電源落としてるだろ」
「ああ」
「リーダーが連絡が取れないって騒いでたぞ」
「いつもの事だろ」


そのソーマの言葉に肩を竦めて、リンドウはソーマの隣に腰を下ろす。
迎えに来ておいて、ソーマが自主的に帰ると言い出すまでリンドウは帰るとは言わない。
それも、いつもの事だった。

隣に座ったリンドウの手が、ソーマの頭に乗せられる。
軽く叩くその感触に不満はあるが、何を言ってもどうにもならない事はこれまでの付き合いで良く分かっていた。


「独りになりたいなら言えって言っただろ。連れ出してやるからって」
「……任務が終わった後でそう思ったんだ、仕方ないだろ」
「捜しに来る方の身にもなれって」
「頼んでない」
「リーダーに頼まれるんだよ」
「なら、文句はリーダーに言え」


そのソーマの言葉にリンドウは溜息を吐きだして、ソーマの頭に乗せられていた手が肩に回る。
そのままぐいっと引き寄せられて、ソーマは驚き睨むようにリンドウを見据えた。


「いつもの事、だろ?」


その視線を受けて微かに笑みさえ浮かべてリンドウは告げる。
しばらくの間睨むようにリンドウを見据えていたソーマは、諦めたように溜息を吐き出した。
確かに、いつもの事だ。
リンドウがソーマを迎えに来るのも、しばらくの間こんな風に二人で過ごすのも。
どうやって此処にリンドウが来たのかさえ、聞かなくても分かる。
任務に行くついでに、リーダーがリンドウを此処に置いて行ったのだろう。
昔のように誰にも告げずに独り任務をこなしていた頃とは違う。
ソーマが何処に居るかなどリーダーもそしてリンドウも把握してるだろうから。

とっくにアナグラに戻る気になっていたソーマだったが、いつもの事なのだから分かっているだろうと、何も言わずにゆったりと過ぎて行くような気がする時間に身を任せる。
戦いに明け暮れる日々の中の僅かな休息。
それはソーマにとってもリンドウにとってもかけがえのない時間だった。

こんな風に穏かに、二人で過ごせる日々を願った事がないとは言わない。
それが叶わないと分かっていながらそれでも、いつか――そう、願う。
浮かぶ願いを押し込めて、ソーマは言葉を紡いだ。


「帰るぞ」
「……博士にまた小言言われるんだろうな」
「いつもの事、だろ」
「いつもの事だけどな。……独りになりたくなったら言えよ、俺に」


連れ出してやるから、という言葉が紡がれる事はない。
だが、リンドウがその言葉をソーマに掛けるのもまた、いつもの事だった。
だから言われなくても分かっている。
分かっていても、いつだってこんな風に独りになりたいと思うのは突然で、恐らくは次もリンドウのその言葉に従う事は出来ないのだろう。
そんな事は多分リンドウも分かっている。
分かっているから、ソーマは別の言葉を紡ぐ。


「忘れなかったらな」


言いながら立ち上がる。
続いて立ち上がるリンドウをちらりと見て、ソーマは日常へと戻るべく歩き出した。
僅かな休息は、終わりを告げる。
戦いに明け暮れる日常へと、戻っていく。

装甲車に乗り込み、二人の帰還を待っているであろう仲間の元へと向かった。



END



2011/04/28up