■守りたいモノ

贖罪の街でのヴァジュラ一体の討伐。
任務にあたるメンバーは第一部隊のリーダーユウトとソーマ、リンドウ、そして新型神機使いとして極東支部へと移動して来たアネットの四人。
ユウトとソーマ、リンドウにとってはヴァジュラ討伐は楽な任務と言っても良いだろう。
だが今回は、防衛班の班長タツミからも頼まれて、アネットに新型神機の扱いを実戦で教えるという目的もある。
だから新人の教育係のリンドウと、新型神機使いのユウト、そして補助としてソーマが選出されていた。
防衛班の仕事は、一般人を守りながら戦う事。
近接から遠距離に切り替える際の僅かな時間のロスが、一般人を危険に晒す事になる。
重量級の武器を扱うアネットは、どうしても神機の重さ故に行動が遅れがちだ。
だからこそ尚更、判断の遅れは命取りになる。
実際危うい事があったらしく、タツミから頼まれたのだ。
説明するよりも実戦で教えてやってくれ、と。
それを受けて四人は、贖罪の街へとやって来ていた。

大型のアラガミと共に小型のアラガミが出てくるのはもう当たり前と言っても良い状態で。
今回もやはり、ヴァジュラの他にオウガテイル、ザイゴードと言った小型アラガミが出現していた。
それらを倒し、ユウトがアネットの質問に答える。
納得したらしいアネットを見て、帰投準備に入ったその時、ソーマが神機を構えて辺りを警戒し始める。
それに覚えのあるユウトとリンドウも神機を構えて、そしてリンドウが簡潔に問う。


「アラガミか?」
「ああ」


その短いやり取りを聞いて、慌ててアネットも神機を構えた。
視界に入ったモノに、アネットが驚き目を見開く。
現れたのは、ディアウス・ピター。
だがそれだけではなかった。


「ソーマはアラガミを。リンドウさんは彼らをお願いします。アネットは俺の傍から離れるな」


ディアウス・ピターに追い立てられるように二つの人影。
子供とその親だろうか。
外部居住区やアナグラに収容出来る人数は限られている。
それにあぶれた人達は、アラガミに怯えながらどうにか生きているのだ。
彼らはそんな人達だろう。
一体何処から逃げて来たのか。
此処までどうにか逃げて来られたのが、奇跡と言っていい。

ユウトの指示に従い、ソーマとリンドウが走り出す。
ユウトはアネットを庇うように立ち、神機を遠距離へと変形させた。

ユウト達はアラガミに襲われる一般人を見るのは初めてではないが、決して多くはない。
防衛班のアネットは外部居住区でこう言った光景を見た事はあるだろうが、こんな場所で見るのは初めてなのだろう。
ユウトの言葉に返事はしたものの、戦闘体勢は取れていない。
仕方がないとは思う。
逃げて来た一般人を放置する事も出来ないし、アネットを独りにするのも不安が残る。
予想はしていたからこそ、アネットに自分の傍を離れるなと指示もした。
だが、ディアウス・ピター相手に近接がソーマ独りというのは流石に厳しい。
此処から遠距離で援護はする。当然リンドウもそうするだろうが――連戦な上に守らなければならない存在があるこの状況では、戦況は不利だ。

細かく指示はしなくとも、ソーマはアラガミから逃げて来た彼らからアラガミを引き離すように動き、リンドウは彼らを庇いながらこちらもアラガミから離れるように誘導する。
リンドウも遠距離へと神機を変形させていて、彼らを庇いながら、アラガミへとバレッドを撃ちこむ。
ユウトもまた、アネットを庇うような位置に立ち、バレッドを撃ちこんだ。
アネットもそれなりの経験は積んではいるが、流石にまだディアウス・ピターを相手にするのは厳しい。
ユウトとソーマとリンドウが居るから、ディアウス・ピターだけならばまだどうにかなったかもしれないが、一般人を庇いながらでは無理だろう。
そう思いながらも、ユウトは指示をする。


「アネット。攻撃出来そうなら、此処からソーマの補助を」
「分かりました」
「近接がソーマしかいないから、誤射には気を付けて。自信がないようなら、待機で」


ソーマの動きを見つつ、ディアウス・ピターにバレッドを撃ちこみながらユウトはアネットに指示する。
ソーマに限ってディアウス・ピターをこちらの方へと逃がす事はないとは思うが、万が一ということを考えるとアネットを独りにする事は出来ない。
最悪だと思いながらも、だがそれでもどうにかするしかないのだ。
ユウトとリンドウが遠距離からソーマを援護し、時折ユウトはソーマに向かって回復弾を撃つ。
結局、アネットは一度もバレッドをディアウス・ピターに撃ちこむ事は出来なかった。


ディアウス・ピターに追いかけられる一般人の姿を見た瞬間、リンドウが思い出したのはあの時の事。
ソーマと始めて出会った、旧連合軍の作戦。
あの作戦の後、残存アラガミ掃討のためツバキやソーマと共にロシア各地を転戦していた。
滞在していたある街にアラガミの群れが襲来した時、子供を捜して危険地帯へと向かった夫婦が居る事を知り追いかけたが、追いついた時には彼らはディアウス・ピターに喰われてしまった後だった。
助けられなかった苦い思い出が浮かぶ。
だからこそ、今己の後ろに居る二人は、どうしても助けたいと思った。

ソーマがディアウス・ピターにイーブルワンを振り下ろす度に、アラガミから血が噴き出す。
ディアウス・ピターをその場に引きつけておく必要があるため、ソーマは返り血をもろに浴びる。
普段ならば離れてアラガミの攻撃を回避するはずの場面でも、装甲を展開し防御する方を優先する。
その場から離れれば、その隙に一般人の方へとアラガミが向かってしまう可能性があるからだ。
それに、あまり離れ過ぎるとユウトとリンドウの遠距離攻撃が届かない。
ユウトはスナイパーを装備している為まだいいが、リンドウの遠距離攻撃の武器はアサルトだ。
二人は守る対象がある為あまり動く事が出来ない。
離れすぎず近付き過ぎずという距離を保って戦わなければならないため、アラガミの攻撃を離れて回避するのは困難だった。
回復は、ユウトがソーマに撃ちこむ回復弾が主となるため、アラガミへの遠距離攻撃はリンドウの役目になる。
いつも以上に動きまわるソーマに当てないように気を付けながら、アラガミにバレッドを撃ちこんでいた。
背後の一般人二人に気を配りながらも、ソーマの様子をうかがう。
離れた場所からでも、ソーマの青い上着がディアウス・ピターの血で赤く染まっていくのが分かる。
その凄惨な光景にだろう、リンドウの背後の子供が小さく悲鳴を上げるのが聞こえる。
無理もないだろうと思っていたこの時は。
こんな光景を見れば、怯えるのも当然だろうと。
だが、この時に気が付いていればと、リンドウは後悔することになる。
ちらりと確認するように、背後を見た瞬間、ユウトの声が響いた。


「リンドウさん。しばらくの間お願いします」
「了解」


リンドウの答えを聞いて、ユウトはアネットに「危なくなったら迷わずに逃げろ」と言い、ディアウス・ピターの方へと向かって行く。
OP回復錠が切れたのだろうと想像はついた。
リンドウ独りで三人を守るのはかなり厳しい。
それを分かった上でユウトはリンドウに頼み、そして彼女に万が一の時は逃げろと指示をしたのだろう。
どちらにしろリンドウはこの場を動く事は出来ない。
OP回復錠が切れたとしても、背後に守るべき一般人が居る限りは、動く事は出来なかった。
意識は背後の一般人二人に向けたまま、リンドウはアネットへと視線を投げる。
アネットはゴッドイーターだが、彼女の実力ではディアウス・ピターに対抗するのは無理だ。
ディアウス・ピターと対峙したのも始めてなのだろう。
遠距離に切り替えた神機を構えてはみるが、震えて照準が定まらないのが見てとれる。
あれでは攻撃する事は不可能だろう。
ゴッドイーターだからと言って、アラガミに恐怖を感じない訳じゃない。
アラガミとの戦いで命を落とすゴッドイーターは決して少なくはないのだから。
ディアウス・ピターの攻撃パターンは、ヴァジュラとほぼ同じだ。
だが帝王と呼ばれるアラガミなだけあって、スピードも攻撃威力も違う。
対峙した際の威圧感も、段違いだ。
だから彼女の今の反応も、分かる。
だからこそユウトは彼女を守る為に遠距離からの攻撃と援護を選んだのだろうから。
OPが回復したのか、ソーマに声を掛けて、ユウトが戻って来る。
再びアネットを庇うように立って、遠距離攻撃を始めたユウトを見て、リンドウも己の背後の存在を守る事に集中した。

どうにかディアウス・ピターを倒し、ソーマがあからさまに息を吐き出すのが見える。
人並み以上に体力があるソーマでも、流石にこの戦いは厳しかったのだろう。
地面に突き刺した神機に体重を預けているのが見える。
疲れていてもそうとは見せないソーマがこんなあからさまな態度を見せるくらいには、大変だったのだ。
第一部隊はアラガミの討伐は慣れているが、人を守りながら戦う事に慣れていない。
そう言う精神的な意味での疲れもあるのだろう。
リンドウもそしてユウトも、始めてディアウス・ピターと対峙したアネットも疲れているだろう。
連戦な上に近接が独りで、ディアウス・ピターと戦ったのだ。
疲れない方が可笑しい。
視界の端にユウトが携帯端末を取り出すのが見える。
帰投時間が過ぎている為その報告をするのだろう。
まあとにかく、全員無事で良かったとリンドウは思う。
視線をソーマへと戻せば、神機を担ぎあげて、リンドウの方へと向かって歩いて来るのが見えた。
近付いて来たソーマが立ち止ったのと、リンドウの背後の子供が小さく悲鳴を上げるのはほぼ同時だった。
その声に振り返れば、子供の視線は真っ直ぐにソーマに注がれていて、怯えた表情で、ソーマを見ている。
ああ、とリンドウが思った時にはもう、遅かった。
そう言った事に敏いソーマは、そのままユウトの方へと足を向ける。
その際ちらりと見えたソーマの表情は、普段と殆ど変りのないものだったが、だが。
子供のその態度に傷付いているのがリンドウには分かった。
浮かぶ憤りは予想出来なかった自分へ向けられたもの。
背後の子供に対する怒りは、不思議となかった。
神機使いは羨望とそして畏怖、両方の感情を向けられる。
憧れる者、怖がる者、どちらも居るのだ。
それもそうだろう。
対抗する手段さえない相手に、武器を手に向かって行くのだ。
自分達とは違う人間だと思われても無理はないだろう。
小さく背後の二人に聞こえないように溜息を吐き出して、リンドウは振り返る。
途端に、お礼を述べられて、自分達だけで帰れるからと、送る事をやんわりと断られた。
去っていく二つの背を眺めて、リンドウは少し離れた場所に立っている仲間の元へと向かう。
ユウト達の所へとリンドウが辿り着いた途端に、アネットが謝罪の言葉と共に頭を下げた。
何も出来なかったばかりか、守られた事に対する後悔だろう。
アラガミの血で赤く染まったソーマを見て、再び頭を下げる。
それに気付いたらしいソーマが歩き出して、通り過ぎ様に立ち止り、小声で何事かアネットに告げる。
「任せて下さい!」と元気良く言ったアネットを見て、一瞬だけ良く見なければ分からない程度に微かに笑みを浮かべて、ソーマはそのまま装甲車に向かって足を進めた。
ソーマの姿が見えなくなって、ユウト達も急ぎ装甲車に向かって歩き出す。


「なあ、アネット。さっきソーマ、なんて言ったんだ?」
「帰りは任せた。だそうですよ」


歩きながらのリンドウの問いに答えたのは、問われたアネットではなく、アネットの直ぐ傍に居たユウトだった。
そのユウトの言葉にアネットは頷き、装甲車の鍵をリンドウに見せる。
此処に来る時には確かソーマが装甲車を運転して来たのだ。
だから鍵はソーマが持っていたはず。
小声で何事か告げたあの時に、渡したのだろう。
何も出来なかったと悔いるアネットに、帰りを任せたらしい。
慰めの言葉を掛けないところがソーマらしいとリンドウは思う。
まあ実際、疲れていて運転するのも億劫だと言うのもあるのだろうが。
だが、役割を与えられたアネットは、先程よりは元気になっている。
ならば、心配はないだろう。
それよりも心配なのは、ソーマだ。
戻ったら部屋を訪ねるか、とリンドウは思いながら、装甲車に乗り込んだ。

アナグラに戻り、リーダーに報告を任せて、他の者達はそれぞれ自室に戻っていく。
疲れ切った様子っでエレベーターに乗り込むソーマの後を追いかけて、リンドウもエレベーターに乗り込んだ。
ベテラン区域で下りるソーマに続き、リンドウも下りる。
部屋に入ったソーマに続いて、リンドウも部屋に入った。
そうして鍵を掛けて、ぐったりとソファに沈み込むように座っているソーマに近付く。
目を閉じてそのまま寝そうなソーマに、慌ててリンドウは声を掛けた。


「ソーマ、そのまま寝るな」
「……」


目を開けてちらりとリンドウを見たソーマは、何も言わずに再び目を閉じる。
手を伸ばしてフードを外して、現れた銀髪にも飛び散っている赤を見て、溜息が洩れる。
「仕方ねえな」と呟いて、その呟きにソーマが何かを感じ取ったのか目を開けた時にはリンドウはソーマを抱え上げていた。


「っ、下ろせ」
「風呂に入る気力もないみたいだからな、洗ってやるよ」
「要らねえ。良いから下ろせ」
「お前、そのまま寝るだろ」
「風呂に入る。だから下ろせ」
「風呂の中で寝そうだしな」


睨まれて、仕方なくリンドウはソーマを下ろす。
浴室へと向かうソーマの背に向かって、リンドウは声を掛ける。


「ソーマ。今日は此処に泊めて貰うから、よろしくな」
「……勝手にしろ」


それだけ言って浴室へと消えて行く背を眺めて、リンドウは溜息を吐き出した。
ソファに座り、先程の任務を思い出す。
一番最初にリンドウの背後で子供が悲鳴を上げたのは、凄惨な光景に対してじゃなかったのだろう。
追いかけられ逃げることしか出来なかったアラガミに攻撃するゴッドイーターに対しての畏怖。
それが、遠距離で攻撃していたリンドウやユウトではなく、近接で攻撃するソーマに向けられたのだろう。
巨大な武器を振り下ろし、自分達よりも大きなアラガミを斬りつける光景に恐怖を感じても可笑しくはない。
ゴッドイーター以外、アラガミに対抗する術を持たないのだから。
その事にもう少し早く気付いていれば、対処出来ただろうに。
何故気付かなかったのかと思う。
近付いてくるソーマに向けられた怯えた表情、恐怖による悲鳴。
それに気付いたソーマの表情が一瞬だけ曇った事に気付いたのは、恐らくリンドウだけだろう。
拒絶される事に慣れ過ぎているソーマは、そう言った感情に敏い。
恐怖故の拒絶だったとしても、あの時子供がソーマに向けた感情は確かに拒絶だったのだから。


「風呂の中で寝てるんじゃないだろうな」


中々風呂からあがって来る気配のないソーマに、段々と心配になってくる。
正直言って、リンドウがこの部屋に居たからと言って、何が出来る訳じゃない。
ただ今日だけは、ソーマを独りにしたくはなかった。
様子見に行くかと思い、リンドウはソファから立ち上がる。
浴室の扉の前に立って、声を掛けた。


「ソーマ、起きてるかあ」
「……ああ」


僅かな間の後に答えが返る。
答えが返るまでの微妙な間に、リンドウはやっぱりと思っていた。


「寝てただろ」
「寝てねえ」


返る言葉に苦笑する。
もう一度風呂の中で寝るなと念を押して、リンドウはソファへと戻った。
それから程なくして、ソーマが風呂からあがって来る。
無言で、リンドウの隣へと腰を下ろした。
手を伸ばしてまだ濡れているソーマの髪に触れた。
すっかり普段通りの色を取り戻したそれを、撫でる。
いつもならば振り払われる筈の手が振り払われる事はない。
大人しくされるがままになっているソーマを見て、リンドウは思わずその身体を抱き寄せた。
強く強く抱き締めれば、苦しいのか呻くような声が上がる。
だがそれでも、僅かな抵抗さえなかった。

己の内に渦巻く感情は、怒りか悲しみか。
どちらともつかない感情が渦巻いて、腕を緩める事も出来ない。
しばらくそうしていれば、腕の中のソーマの身体から力が抜けて、リンドウの身体に体重が掛る。
見れば、ソーマはリンドウの服を掴んで、眠りに落ちていた。
しっかりとリンドウの服を掴んでいるその手が、今のソーマの心情を露わしている気がして。
だがそれでも、眠っているソーマの表情は穏やかで、安堵する。
渦巻いていた怒りとも悲しみともつかない感情は、その表情を見てやっと落ち着く。
未だ濡れたままの髪を撫でれば、鬱陶しいのか緩く頭を振る。
それでも、リンドウの服を掴んでいる手は、そのままだった。
甘える事も頼る事も苦手なソーマの精一杯であろうそれを見れば、思わず笑みが浮かぶ。
愛しさと嬉しさに、満たされていた。

穏かな表情で眠るソーマを眺める。
守りたいと思う。全てのモノから。
そんな事を言えば、そんなに弱くないと答えが返るのが分かっているから言わないが。
任務の時、子供がソーマに向けた視線のようなモノからも、守りたいと思っていた。
何よりも守りたいモノ、なのだから。
ベッドへとソーマを運ぼうかと一瞬思ったが、リンドウも疲れている。


「このままでいいか」


そう呟いて、ソファの背に身体を預ける。
相変わらずソーマの手にはしっかりとリンドウの服が握られたままで。
それを見れば思わず笑みが浮かぶ。
穏かなこの時間がずっと――叶わない事を思いながら、過ぎて行く時間に身を任せた。



END



2011/05/02up