■変わりゆく日々の中で

リンドウがアナグラへと戻って来て数ヶ月。
以前、リンドウが行方不明になる前には見られなかった光景が、目の前で展開されていた。
エレベーターから下りてきたソーマに近付こうとした足を踏み出した瞬間。
そのリンドウとソーマの間に割り入った影。
それは、リンドウが行方不明になる前にはソーマに話掛ける事などなかった人物で、けれどこんな光景はリンドウがアナグラに戻って来てから良く見掛けるモノだ。
任務が入ってなければ一緒に行って欲しいと言われて、ソーマは任務の内容を確認する。
二人で行くには不適切な任務だと判断したのだろう。
少し考えてから携帯端末を取り出して、どこかへと掛け始める。
ソーマの話し方から言って、相手はコウタだろう。


「良いからさっさと下りて来い」


色々聞かれて面倒になったのか、それだけ言ってソーマは携帯端末を切る。
恐らく直ぐに、「何で切るんだ」と言いながらコウタがこの場に来るだろう。
コウタのそんな態度は、以前から変ってなくて。
ただソーマだけが、リンドウが行方不明になる前と変わっていた。
他の皆から頼られるようになって、皆と行動を共にするようになって。
それは良い事のはずなのに、望んでいたはずなのに、何となく面白くない。
目の前で展開される光景は、此処に戻って来てから既に何度も見たモノで、けれど中々慣れる事が出来ないモノ。
癖でと言う訳でもないが、何となくソーマが一人で任務に行きそうな気がして、誘おうと思っていたのだ。
そんな事はもうないと分かっているのに、この程度の事で築き上げてきたモノがなくなる訳でもない事も分かっているのに。
今でもソーマに一番近い位置に居る自信くらいはある。
それなのに――目の前で展開される光景をただ呆然と眺めているだけで、この場から立ち去る事も、声を掛ける事も出来ない。
そうして先程の予想通りに、「何で切るんだよ」と言いながら、コウタがソーマの元へとやってくる。
それを適当にあしらって、ソーマは任務に誘った人物にコウタも連れて行くと説明していた。

今日は新人の訓練もなく、リンドウも普通に任務を受けて、ソーマと共に行こうと思っていたのだ。
だがまあ、先を越されたって訳だ。
そう、声に出さずに思う。
ふぅ、と息を吐きだしその場から立ち去ろうとした瞬間。


「リンドウ」


そう、声がして、見ればいつの間に目の前に居たのかソーマがそこに立っていた。


「なんだ」
「暇なんだろ?」
「……任務受けるつもりだから暇って訳でもないけどな」
「まだ受けてないんだろう。なら、一緒に行くぞ」
「――は?」
「結構厄介な任務なんだよ。もう一人くらい遠距離が居た方が安定するからな」


ふいっと視線を逸らして、ソーマは言い訳でもするかのようにそう言う。
それが口実である事くらいは分かる。
多分ソーマは、リンドウがソーマを誘って任務に行こうとしていたのに気付いたんだろう。
そんなに分かり易かったかと、内心で自嘲する。
いや、以前のソーマならば恐らく気付かなかっただろう。
こんな風に違いを見せつけられる度に、胸がざわつくのは何故だろうか。
誘われて、行く気ではあるけれど、それでも簡単に分かられた事が癪に障ってあまり乗り気ではないような言葉を紡ぐ。


「……俺に遠距離攻撃を期待してもな」
「お前最近近接で戦わないだろ」
「まあ、確かに」
「……誤射はするなよ」
「約束は出来ないけどな」


そう言い合って互いに視線を合わせる。
どちらからともなく微かに笑って、リンドウは「了解」と言ってソーマの頭を軽く叩いて歩き出す。
それを見て、ソーマも他の仲間二人を促して、後を追いかけた。


任務を終えて、四人は先程までアラガミと戦っていた愚者の空母でそれぞれに休憩をしている。
海を赤く染める夕日は、綺麗だと言えなくはないだろう。
だが、海から視線を移せば、荒れ果てた場所が見える。
以前は海を渡っていたこの空母も、もう二度と海を渡る事は出来ないだろう。
こんな船をもう一度作る事が出来るような時代が来るかどうかさえ分からない。
そんな事を思いながら赤く染まる海を見ていると、視界の端に動くモノが映る。
そちらへと視線を向ければ、リンドウから少し離れた場所に居るソーマの元に、この任務へとソーマを誘った人物が近付いて行くのが見えた。
無意識に、リンドウも二人へと近付く。
どうやらソーマを自分の部隊の部隊長にしたいらしく、説得している声が届いた。


「リンドウさんだって、そう思いますよね」


突然話を振られて、リンドウは苦笑する。
実力、判断力共に申し分ない。
その点から言えば、ソーマはリーダーに向いていると言えるだろう。
だがそれでも、リンドウはソーマがリーダーになる事には反対だった。
たった一つ、だが一番大事な事がソーマには出来ないだろうと思うからだ。


「どうだろうな。俺は、ソーマは部隊長には向かないと思うぞ」
「……何故だ」


部隊長にと請われて、それを拒否していたはずのソーマから疑問が投げかけられる。
部隊長になりたいと思っている訳じゃないのは分かる。
ただソーマは、リンドウの評価が気になるのだろう。
ずっと共に在ったのだから、そのくらいは分かる。
じっとソーマを見据えて、リンドウは言葉を紡いだ。


「お前、仲間を切り捨てられないだろ」
「……」
「自分を犠牲にして仲間を守るのが悪いとは言わない。それで全員が無事に帰れるのならば、俺もそうするからな。けどな、どうしようもない時ってのがあるんだよ。自分を盾にしても守れない事が、ある。誰か一人を切り捨てたら、他の仲間を守れる事もあるからな。そう言う時お前ならどうする」


恐らくは、そんな時でもソーマは、己を盾にするだろう。
そうして仲間を守ろうとする。
だが、どんなに頑張っても、全員を守る事が出来ない事もあるのだ。
リンドウだってそんな経験をしている。
仕方がなかったとは言え、切り捨てた仲間の事を思えば、遣り切れなくて。
浴びるほどに酒を飲んでも、酔う事も眠る事も出来ない。
他の事を忘れても、その事だけはいつまで経っても忘れる事など出来ないのだ。
今でも思い出せば、胸が痛む。
それでもリンドウは、同じ状況になったら仲間を切り捨てるだろう。
そうしなければ、他の仲間を守れないのならば、そうする。
全員を守れる可能性が少しでもあるのならば足掻くが、その可能性がないのならば迷わず切り捨てる事を選ぶ。
その結果、後悔することになっても、後で苦しむと分かって居ても、それでも選ぶ事が出来る。
いやそうしなければならないのだ。
小隊とは言え率いているのならば。
だがソーマは、恐らく仲間を切り捨てる事は出来ないだろう。
そう思いながら仲間を見渡せば、コウタは納得したような表情をしている。
同じ部隊員として共に戦ってきたからこそ、分かるのだろう。
だが、ソーマを部隊長にと言った彼は、やはり納得出来ない表情をしていた。
ふと視線を感じてそちらを見れば、ソーマがリンドウに鋭い視線を向けている。
その視線が揺れて、ソーマはリンドウから視線を外して言葉を紡いだ。


「……あの時お前は、自分は無事に帰るつもり、なかっただろう。それなのに――」


あの時というのがいつを示しているのかは、直ぐに分かった。
どうやらコウタも分かったらしく、あからさまに動揺しているのが分かる。
確かにあの時は、帰れないだろうとは思っていた。
だが、だからと言って帰るつもりがなかった訳ではないのだ。
それに、あの時はリンドウ自身を切り捨てる以外に、仲間を守る術はなかった。
一人を切り捨てれば他の仲間を守れるのならば、そうするしかない。
己を含め全員を守る事が出来ない事も、あるのだから。


「いや、一応帰るつもりはあったぞ。まあ、無理かもしれないとは思ったけどな。だが、あの時はあれ以外に方法がなかった。俺自身を切り捨てなければ、誰一人無事に帰る事は出来なかったからな」
「……」
「いつだって全員を守れる訳じゃない。誰か一人を切り捨てなければ、誰一人守れない事もある。あの時はその切り捨てる一人が、たまたま俺だったってだけだ」


お前に、その覚悟があるのかとリンドウは問う。
仲間を見捨てる覚悟。
非情にならなければならない事もあるのだ。
戦場とはそういうモノだ。
一瞬の判断の遅れが命取りになる。
一人でも多くの仲間を助けたいのならば、躊躇う事無く仲間を切り捨てる覚悟も必要なのだから。
とは言え、どんなに覚悟をしても、それしか方法がないと分かっていても、遣り切れない感情を抱える。
だからこそ出来る事ならば、ソーマにはそんな思いをして欲しくないと言う思いもリンドウにはあるのだ。
仲間を切り捨てる覚悟なんて、しなくていいならしない方がいい。
あんな思いは、しなくて済むならしない方がいいのだから。


「俺は――」


どのくらい経ったのか、ソーマはそれだけを紡ぐ。
だがそれ以上に言葉が紡がれる事はなかった。
無言で帰還準備を始めるソーマを見て、他の二人も帰還準備を始める。
苦笑して、リンドウもそれに従った。

無言のままに、アナグラへと戻って来る。
そのまま何も言わずに自室へと戻るソーマを見て、リンドウは溜息を吐きだした。
さてどうするかと思う。
ソーマを追い掛けて、部屋へと行くかそれとも。
あの時の事をリンドウは後悔した事はない。
むしろ、あの時は切り捨てる対象が自分であった事に安堵したくらいだ。


「あんな事言ったけどな……」


ぽつりと呟いて苦笑する。
そう、あんな事を言ったけれど。
切り捨てなければならない対象がソーマだった場合――あの時のように決断出来るかどうか分からない。
あの時は、決断に迷う事もなかった。
仲間の誰かを切り捨てなければならない時よりは、ずっと気分的にも楽だった。
だが反対の立場だったなら――どうしただろうか。
そこまで考えて苦笑する。
考えても仕方のないことだ。
ただ分かるのは、あの時程迷いなく決断は出来ないだろうと言う事。
そして多分、どうにかしようと足掻いてしまうだろうと言う事くらいだろうか。
どちらにしろ、もう己がそういう決断をする事はない。
リーダーという立場からはもう、退いたのだから。
肩を竦めて、下りてきたエレベーターに乗り込む。
ソーマの部屋の前に立ちノックすれば、誰何される事なく扉が開いた。
扉を開けたソーマが口を開く前に、部屋の中へと入る。
諦めたのか、ソーマは何も言う事はなかった。
ただ無言で睨むように見上げるソーマに手を伸ばす。
その手を音を立てて払って、ソーマはソファへと向かって歩いて行った。
それを見送って、リンドウは微かに笑う。
そうして、ソファに座っているソーマの元へと向かう。

ずっと変わらないのだと思っていた。
この世界も、己も、そしてソーマも。
だが、変わっているのだ確実に、少しずつではあるが。
変わりゆく日々の中で、それでも変わらない想いをずっと、そう願う。
これからも変わらずに共に在れる事を願って――。



END



2011/10/27up