■プレゼント

12月24日がそろそろ終わろうとしている時間。
ソーマの部屋の扉をドンドンとノックする音が響く。
ソファーでうとうとしていたソーマは、その音で目を覚ました。


「おーい、ソーマ開けろって」


ドンドンと扉をノックし続けながら、リンドウは中に居るはずのソーマに声を掛ける。
明日25日は、ソーマは休みだ。
第一部隊のリーダーに確認したのだから確かだ。
いい加減開けてくれないかなとリンドウは思う。
荷物がそれなりにあるので、重くなって来たのだ。
仕方ないもう一回声を掛けるかと思った瞬間、扉が静かに開く。
明らかに酒だと分かる瓶を何本か抱えて居るリンドウの姿を見て、一瞬ソーマは驚いたような顔をして、直ぐに理由を察したようだ。


「メリークリスマス!」
「……毎年、飽きないな、お前」
「ソーマ専属のサンタだからな」
「頼んでねえ」
「約束しただろ」
「忘れた」


逡巡する事もなく返された言葉に、覚えている事を確信する。
何だかんだ言いながらもソーマがリンドウを部屋へと入れてくれるのもいつもの事だ。
一番最初にソーマとクリスマスを過ごしたのはいつだったか。
アラガミに侵食された今、クリスマスに何かをする者は殆どいない。
とは言え、こんな時代でも、子供にとっては楽しみな日の一つだ。
親は子供の為に、出来る限りの事をする。
こんな時代だからこそなのかもしれないが、たとえ一日だけでもいいから楽しい日を、という大人達の願いが反映される日。
常に物資が不足していて、不自由な思いをさせているから……たとえそれが自分のせいじゃなくとも、せめてこんな日くらい。そう親ならば誰でも思う。
リンドウも子供の頃はそんな大人たちに囲まれて、質素ではあったが楽しいクリスマスを過ごした思い出くらいはあった。
だが、ソーマにはそんな思い出さえもなかったのだ。
クリスマスがどんなものなのかくらいは知っていたが、それだけだったのだ。
だから、それを知って以来リンドウはソーマと共にクリスマスを過ごすようにしている。
最初の何年かは本当に嫌がられたが、めげずに押し掛けているうちに諦めたのかこんな風に部屋へと入れてくれるようにもなった。
テーブルの上に抱えてきた酒の瓶を置くと、ソーマはそれを嫌そうに見る。


「そんな顔するなよ。良い酒持ってきてやったんだぞ」
「だから、頼んでねえ。……どうせお前が一人で飲むんだろう」
「なんだ、ソーマ飲まないのか」
「……お前、知ってて言ってるだろ」
「ソーマが酒に弱い事なら知ってるけどな。明日休みなんだからいいだろ」
「休み?」
「そう。リーダー直々の命令だ。明日は休め、だとさ」
「……」


プレゼントと言っていいのかどうか分からないが、ソーマの明日の休みをリーダーに打診したのはリンドウだ。
だが、そんな事をリンドウが言うまでもなく、リーダーはリーダーで最近全く休みの取れていないソーマを休ませるつもりだったらしいが。


「おせっかいな奴」


ぽつりと小さな声でソーマが呟いたのが聞こえた。
それは、リーダーに対する言葉なのかそれともリンドウに対する言葉なのか。
――恐らくは両方に対してなんだろう。


「お前も明日、休みなんだろ?」
「良く知ってるな」


そのリンドウの言葉にソーマは答えない。
ソーマがグラスを二つテーブルに置くのを見て、リンドウもソファに腰を下ろした。

透明なグラスに琥珀いろの液体を注ぐ。
ケーキも御馳走もなく、クリスマスという雰囲気ではないが――いつからか、こんな風にただ二人で過ごすのがクリスマスの過ごし方になっていた。
ソーマが子供だった頃はクリスマスツリーらしきものを飾ったり、プレゼントなんかも用意したりもした。
ケーキは用意出来なくても、それに代わる甘い菓子を用意していた。
最初はただソーマに、クリスマスを楽しく過ごして欲しかっただけだった。
それが変わったのはいつだったか。
恐らくは、ソーマとリンドウの関係が変わった辺りからだろう。
ただこうして二人で過ごすだけで良くなったのは。
ソーマの為にではなく、リンドウもソーマと共に過ごしたいと思うようになったのは。
静かで穏かな時間が流れる。
その沈黙を破ったのは珍しい事に、ソーマだった。


「専属のサンタだって言うからにはプレゼントくらい用意してあるんだろうな」


ソーマのその言葉に、当然、とリンドウは返す。
怪訝そうな顔を向けるソーマに向かって、言葉を続けた。


「俺と一緒に過ごす時間が、お前へのクリスマスプレゼントだ」
「……要らねえ」


言いながら少しだけグラスの酒を飲む。
どうやら付き合ってくれる気らしいと思い、リンドウは微かに笑ってグラスの酒を飲み干す。
それを何とも言えない表情で見るソーマを見て、リンドウは楽しげに笑った。


「こんなもの、どこが美味いんだ」


嫌そうに、ソーマはグラスの中の琥珀色の液体を見る。
殆ど減っていないそれを見て、リンドウは空になったグラスに液体を注いだ。
過去の任務の報酬で貰ったもの。
かなり高価なモノだと言う事は知っていたが、飲んでみて成程と思う。
嫌そうにグラスの中の液体を眺めて、少しずつ飲んでいるソーマには、どうやら分からないらしい。


「お前もそのうち分かる、って思ってたが……この調子だとお前は酒飲めるようにならないみたいだな」
「……」


無言でしばらくリンドウを睨むように眺めて、その視線が全然減っていないグラスへと注がれる。
しばらくグラスの中の液体を眺めて、ソーマは小さく溜息を零した。


「まあ、酒を飲む機会なんて殆どないからな。飲めなくても問題ないんじゃないか?」
「お前が飲ませるんだろう」
「まあいいだろ。ソーマに酒を飲まそうなんて奴は俺くらいしかいないんだから」


そう言えば、「それもそうだな」と珍しくソーマが肯定の返事を返す。
どうやら”プレゼント”はそれ程外れてはいなかったらしい。
まあ、共に過ごす時間は、リンドウにとってもプレゼントになるのだが。

少し酒を飲んで、嫌そうにそれを眺めるソーマを見て微かに笑う。
ソーマが殆ど酒を飲めないと知っているのは、恐らくリンドウくらいなモノだろう。
だから誰もわざわざ酒を飲まそうなんて思わないのだ。
見ため飲めそうに見えるからなあとリンドウは思う。
ぐいっと再びグラスの中の液体を飲み干せば、それを見たソーマが全然減っていない自分のグラスを見て、先程より多めに飲む。
嫌そうな顔をしつつそれを繰り返して――。


「おいおい、そんなに飲むと潰れるぞ」
「……明日、休みなんだろ? なら、別に構わない」


どうせそのつもりだったんだろ、とソーマは続ける。
まあ確かにそのつもりだったが、とリンドウは思う。
そうして飲み続けて、結局酔い潰れて、リンドウに凭れ掛って眠るソーマの姿があった。
肩に心地よい熱と重みを感じながら、リンドウは一人酒を飲む。

ソーマへのクリスマスプレゼントのつもりだったが、どちらかと言えばこれはリンドウに対するクリスマスプレゼントと言って良いのかもしれないと思う。
以前と比べたら随分と仲間とも馴染んでは居るがそれでも、こんな無防備なソーマの姿を見られるのは、リンドウだけなんだろう。
グラスを傾けて酒を飲み、さらりと銀糸を撫でる。
僅かに身じろぎはしても、ソーマが目を覚ます気配はなかった。

クリスマスの夜は、まだ終わりそうにない。
だから、もう少しだけこのままで――。
そう思いながら、リンドウはグラスの中の酒を飲みほした。



END



2011/12/24up