■花火

休日は当然だが任務はない。
緊急に任務が入る事もあるが、休日とは言えアナグラに残っている者も居る為対応出来ないと言う事はまずない。
コウタのように外部居住区に実家がある者は、休日には大概家に帰る。
それ以外にも、何処に行くのかは分からないが出掛けて行く者も居る。
休日の今日、アナグラには普段の半分くらいのゴッドイーターしかいなかった。
いつもは賑やかなエントランスも、休日は静かだ。

今日は今のところまだ緊急の任務は入っていないらしい。
緊急の任務が入れば、休日は大概部屋で独り過ごしているソーマに連絡が来るから。
今日は任務はなさそうだと思った瞬間、ドアをノックする音が響く。
次いで聞こえてきた声に、ソーマは溜息を一つ零した。


「おーい、ソーマ。居るんだろ」


ドアをノックしながらソーマの名を呼ぶリンドウの声に、緊急の任務でも入ったのかと思い、ソーマは静かにドアを開けた。


「なんだ」
「お前、暇だろ?」
「……だったらどうした」


俺の部屋に来いと言って、リンドウは強引にソーマを引っ張るようにしてリンドウの部屋へと連れて行く。
休日に部屋でゆっくりして居たのに強引に連れ出されてかなり不機嫌なソーマは、それでも仕方なさそうに引っ張られるままリンドウの部屋へと向かう。
逆らっても諦めらめない事くらい、嫌って程知っているから。
付き合いはそれなりに長いのだ。

部屋へとつけば、ソファに座るように言われる。
出来るだけ早く解放される事を願いながら、ソーマは言われるままにソファへと座った。
途端に照明が落とされて、驚く。
どの部屋もそうだが、窓というモノがないため外から明かりが入る事はない。
だから、照明を点けていないと昼間でも暗いのだ。

不満気に言葉を紡ごうとしたソーマを、リンドウが遮る。
モニターを見ていろと言われて、仕方なくソーマはモニターへと視線を移す。
しばらくしてそこに映し出されたモノに、驚く。


「一応夏だからな、今は。俺も実際に見た事はないが、映像でこれなら、凄いんだろうな」
「――ああ」


モニターへと視線を向けたまま、ソーマは簡潔に言葉を返す。
証明が落とされた室内で、モニターに映し出される花火。
それはまるで、夜空に上がる花火を、部屋の窓から眺めているように見えて、目が離せなかった。
濃紺の空に上がる花火も、ドンという低い音も。
直接この目で見ているような錯覚を覚える。
身じろぎさえせずに、花火の映像を見ていたソーマの耳に、リンドウの声が届いた。


「いつか――」


それだけ言ってリンドウは何故か口を噤む。
いつか――その言葉に含まれていたのは悲しみか寂しさか。
どちらにしろ、いつかという言葉に普通に含まれるモノではなかった。
モニターに映し出される花火から視線を外して、隣に座って居るリンドウを見る。
真っ暗ではないが、証明を落とした室内ではリンドウの表情ははっきりとは見えない。
けれど、ドンという音と共に薄暗い室内が一瞬明るくなって、見えた表情に驚く。
モニターに映し出される花火を見つめるリンドウの横顔をしばらくじっと眺めて、ソーマはそっとリンドウへと寄り添った。
自分でした行動に自分で驚きながら、それでも今更離れる訳にもいかず。
こいつの様子が可笑しいからいけないんだと、自分で自分に言い訳をしていた。

リンドウが誰にも何も言わずに密かに何かをしているらしい事は分かっている。
遠まわしに聞いてみた事はあったが、答えを得られた事はない。
それに関係しているのかどうか分からないが、一瞬だけはっきりと見えた表情は、何らかの感情を押し込めたようなモノで。
普段のリンドウからはかけ離れたモノだった。
俯いて、小さな声で問う。


「いつか、……なんだ」


右側に温もりと重みを感じて、リンドウはモニターから視線を外す。
重みを感じた場所へと視線を落とせば、俯いたソーマが寄り添っていた。
恐らくは、言い掛けたリンドウの言葉の中から何かを感じ取ったのだろう。
苦笑を浮かべて、リンドウはソーマの肩へと腕を回す。
そのまま身体を捩って、回した腕に力を込めて、寄り添っていた温もりを抱き寄せた。


「おい、リンドウ」


驚いたのか、腕の中からソーマが声を上げて、身じろぐ。
逃がさないとばかりに力を込めて、リンドウは言葉を紡ぐ。


「なあ、ソーマ」
「……なんだ」
「いつか、花火見る事が出来たら良いな。一緒に」
「そうだな」


それしか答える事が出来なかった。
背にしっかりと回されたリンドウの腕は緩む事はなくて。
痛いくらいに力が込められた腕からも、そして先程の言葉からも。
伝わってくるのは、いつかなんて言う希望が込められたものではなかった。
だから、その腕の中から抜け出す事が出来ない。
相変わらずドンという低い音が響くのを聞きながら、ソーマはそっとリンドウの背へと腕を回した。


「どさくさにまぎれて何しやがる!」


途端に視界が回って――服の裾から差し入れられた手の感触に我に返り、ソーマはその手を止めるように掴んで言い放つ。


「何って、なあ」
「退け」
「そんな事言うなって」


逃れようと暴れるのをどうにか抑え込んでリンドウは告げる。
けれど、本気で抵抗するソーマをいつまでも抑え込んでおく事など出来るはずもなくて。
仕方なさそうにリンドウはソーマを解放する。
いつもならば何だかんだと言いくるめるリンドウがあっさり退いた事に、ソーマは驚く。
起き上がりじっとリンドウを見据えて、言葉を紡いだ。


「やっぱりお前、可笑しいぞ」
「可笑しいって何だ、可笑しいって。――続けて良かったのか?」
「誰もそんな事言ってねえ」
「そりゃあ、残念」


軽い口調でそう答えたリンドウへとソーマは視線を投げる。
じっとモニターを見つめたまま、リンドウは煙草をふかしていた。
どことなくぼんやりとしたその様子に、やはり様子が可笑しいと思う。
何か思う事があるのは確かだろうが、それを恐らくはソーマに告げる事はない。
それでも、耐えきれずに漏れるモノが、リンドウにあんな行動を取らせているのだろう。
あっさりと退いた先程の行動は、恐らくはそれを誤魔化す為のモノ。
放っておけばいいと思いつつも、気にならない訳はなくて。
はあ、と溜息を零して、ソーマはモニターへと視線を投げて告げた。


「――誤魔化されてやる。仕方ないからな」
「お前がそんな事言うなんて、珍しいな」
「嫌なら――」
「誰も嫌だなんて言ってないだろ」


その言葉を最後に、それ以上どちらも言葉を紡ぐ事はなかった。
誰も見ていないモニターに相変わらず映し出される花火。
いつのまにかベッドへと移動した二人は、ドンという低い音が響く中で、互いに互いを求める。



「ありがとう、な」


眠るソーマを眺めて、そうリンドウは声を掛ける。
偶然手に入れた映像を、見せてやろうと思った。
本当にただそれだけだったのだ。
アラガミに喰い荒された世界は、季節なんてモノを感じられなくなっていたけれど。
それでも今は、夏と言われる季節なのだ。
こんな風に、アラガミに喰い荒される前は夏の風物詩だと言われていたらしい花火の映像を入手して。
珍しかったから、一緒に見ようと思っただけなのだ。

見ていたら、実際に夜空に浮かぶそれを見る事が出来たら良いと――それが叶うはずがない事を知っていながら、思った。
それと共に湧きあがった感情はなんだったのか。
不安か、恐怖か。
どちらともつかない感情に支配されそうになって、無理矢理飲みこむように押し込んだ。
それを気付かせないためにとった行動を看破されるとは思わなかった。
その上、誤魔化されてやると言われるとは。
ベッドの端に腰を下ろして、持って来た煙草に火を点ける。
煙を吐き出しながら、既に音が聞こえなくなっているモニターへと視線を移した。
映像が終わったのだろう、そこには何も映し出されてはいなかった。
いつの間に終わったのか、それさえも分からなかった。

灰皿へと煙草を押しつけて、ちらりと背後を振り返る。
掛けてやった布団から覗く普段はフードに隠されている髪を、そっと撫でた。
いつまでこうして共に在れるのか。
いつまで――そう思い苦笑する。
覚悟をして自ら選んだ道のはずだ。
それでも時折どうしようもない感情に捕われる。
出来る事ならばずっと共にと願う存在があるからこそ、尚更。
だが、そんな事分かっていて、選んだ道だ。
だから、その時までは共に。
そう、願う。

いつか――それは叶わないだろうけれど、それでも願う。
いつの日か映像ではなく実際に、夜空に開く花火を共に見る事が出来たら、と。



END



2010/07/10up