■七夕の夜に

支部長が密かに進めていたアーク計画はなくなり。
支部長も、そしてシオも居なくなって一ヵ月程が過ぎた。
ようやく、極東支部も少しずつ日常を取り戻しつつあった。
とは言え、まだまだやらなければならない事はあるのだけれど。
混乱が完全に収まるまでには、それなりの時間が必要だろう。

アーク計画がなくなったとは言え、この星は何も変わらない。
相変わらずアラガミが闊歩し、荒廃した景色が広がっている。
そんな中、第一部隊の面々もようやく一息ついていた。

誰が言い出したのか、それとも誰が言いだした訳でもなくこんなことになったのか分からないが。
食堂の一角を占拠して、第一部隊の面々は、アーク計画を阻止した事を祝っていた。
その中にソーマの姿もあった。
以前のソーマからは考えられない光景。
賑やかに騒ぐ仲間達から僅かに距離を取って、積極的に話しに加わる事もなく、展開される光景を見ていた。

盛り上がっている仲間達をちらりと見て、ソーマは立ちあがる。
仲間達に気付かれないように気を付けながら、外へと出て行った。
それに気付いたのは、現在の第一部隊のリーダー、ユウトのみ。
少ししてから様子を見に行こうかと思い、ユウトは手に持ったグラスの中身を飲み干した。

出撃ゲートから外へと出たソーマは、アナグラの壁に背を預けて立ち、空を見上げる。
濃紺の空には、銀色の星が瞬いていた。
月の光が弱いため、今日は星が良く見える。
アラガミによって浸食されたこの星は、どこもかしこも荒廃しているが、空だけは変わらずにそこにあった。

アーク計画を阻止出来た事は、良かったと思う。
けれど、どうしても埋める事の出来ないモノが、ソーマの内にはあった。
アーク計画の阻止を祝って楽しむ仲間達を見ながら思ったのは、何故此処にあいつが居ないのか、と言う事。
居る筈がない事くらい、分かってはいる。
生存の可能性など、信じている訳じゃない。
帰って来ると思っている訳じゃない。
ただ、当たり前に傍らにあった存在がない事に慣れないだけだ。

言い訳じみた事を思いながら、ソーマは星空を眺める。
こんな風に独りで居ると、捜して追い掛けて来るのはいつだってリンドウだった。
何も言わずに隣に立って、煙草をふかす姿を見たのは一度や二度じゃない。
けれどもう、そんな姿を見る事は、二度とないのだ。

逢いたいなんて、思ってやるかと思う。
居なくならないという約束も守れない奴の事で色々思うのも、いい加減腹が立つのだ。
睨むように星空を見つめて――奥底にある思いに蓋をする。
そうしてアナグラの中に戻ろうと思った瞬間、隣に人の気配を感じてソーマはそちらへと視線を向けた。


「ソーマに星を眺める趣味があるとは知らなかった」
「……外に出たかっただけだ」


いつだって捜しに来たリンドウがそうしていたように、ソーマの隣に立っているのは、現在の第一部隊のリーダー、ユウトだった。
アナグラの中へと戻るタイミングを失って、ソーマは再び壁に背を預ける。
そうして再び、睨むように空を見上げた。


「そんなに睨んでたら、願い叶わないと思うけどな」
「……」
「あれ? もしかして今日が七夕だって知らないで星空眺めてた、とか」
「……お前、そんなもの信じてるのか」
「俺は信じてないよ。でも、ソーマは信じた方がいいんじゃないかと思って」


星空を眺めたまま言うユウトの横顔を、睨むように見据える。
視線を感じているはずなのに、ユウトの視線はソーマに向けられる事はなかった。


「俺は、リンドウさんが生きて戻って来るって信じてるから、七夕だからって願う必要なんかない」


星空を眺めたまま、きっぱりと言い切るユウトをしばらくの間見据えて、ソーマはユウトから視線を外す。
目を閉じて溜息を吐きだして、静かな声で告げる。


「あいつは、戻って来ねえよ。いい加減認めろ」
「その言葉、そのままソーマに返すよ」
「どういう意味だ」
「リンドウさんが戻って来ないって受け入れられないくせに、帰って来るのを信じる事も出来ない。――いつまで立ち止ってるつもりだ?」
「お前には関係ねえ」
「戻って来ないって認められないなら、帰って来ると信じれば良い。それも出来ないなら、願うくらいしかないだろ。……逢いたいなら、逢いたいって言えよ。言葉にしなくてもいいから、認めろよいい加減」
「……黙れ」


静かに押し殺した声で、けれども確かな怒りを乗せて、ソーマは吐きだすように告げる。
ちらりと一度だけソーマへと視線を向けて、ユウトは再び星空へと視線を向けて、告げた。


「今日は、河の向こうとこっちに別れてしまった二人が、一年に一度逢える日だ。逢いたいと願えば、逢えそうな気がしないか?」
「くだらねえ。……神を喰らう俺達の願いを叶えてくれる存在なんか、あるはずがねえだろ」
「あー、それは確かにそうかもなあ。俺達、神喰らってるんだもんなあ」
「……」
「それでもさ、願うくらいはいいんじゃないか」


叶う叶わないは関係なく。
そんなものに縋ったって良いんだとユウトは続ける。
それにソーマが答える事はなかった。
沈黙が辺りを支配する。
夏とは言え、季節ごとの気温の変化など今は殆どない。
荒廃した景色は年中変わる事はなく、けれど星だけは季節を告げていた。
空には、天の川に隔てられるようにして、一際輝く星が二つ見える。
七夕伝説の元となったそれは、夏にだけ見る事が出来るもの。
一年に一度逢えると言われているそれに願いを掛けたなら――叶うのだろうか。

ユウトの言う通り、あの日から立ち止ったままだと言う事に、ソーマも気付いてはいた。
もうその存在はこの世の何処にもないのだと、受け入れる事も出来ずに。
かと言って、生存を信じる事も出来ない。
中途半端な状態で立ち止ったままで、どちらに向かって歩けばいいのかも分からなくなっていた。
逢いたいのだと認めてしまえば、楽になるのか。
それとも、もう二度と逢えないのだと、戻って来る事はないと受け入れてしまえば楽になるのか。
せめて願う事が出来たなら、少しは楽になるのだろうか。
どちらにしろ、いつまでもこのままではいられない事くらいは、ソーマ自身分かっていた。
どのくらいそうしていただろうか。
沈黙を破ったのは、ユウトだった。


「そう言う事だから。風邪ひかないうちに戻って来いよ〜」


お前に抜けられると任務に支障が出る。
そう言ってひらひらと手を振って、ユウトはアナグラの中へと戻って行った。
その背を見送って、ソーマは再び空へと視線を向ける。
願って叶うと思っている訳じゃない。
それでも、願ってみてもいいかと思っていた。

生存を信じる事は出来ない。
一生外す事が出来ない腕輪が見つかった時点で、生存が絶望的だと言う事は、ゴッドイーターならば分かっている。
それでも――逢いたいと願っていた。

認めてしまえば、ほんの少しではあるが楽になったように思う。
内にある埋められないモノが埋まる事はないけれど、それでも進むしかないのだ。

闇色の空に輝く銀色の星をしばらく眺めて、ソーマはアナグラの中へと戻って行く。
食堂の一角では、相変わらず第一部隊の面々が、騒いでいた。

戻って来たソーマをちらりと見て、ユウトは出て行く時よりはマシかと思う。
此処に居ない人を思い浮かべて、早く戻って来いと告げる。
その日が必ず来ると、そう信じて。



END



2010/08/03up