■激情
エレベーターが開いて、丁度上から下りて来てエレベーターから降りようとしていたリンドウと、上に上がる為にエレベーターに乗ろうとしていたソーマの視線が合う。
しばし無言で見つめ合って、ソーマが僅かに横に避けた。
それとほぼ同時にエレベーターの中からリンドウの手が伸びて、ソーマの腕を掴む。
そのままソーマはエレベーターの中に引きずり込まれた。
驚き、リンドウを見るソーマが何か言おうとして、けれどリンドウの手がそれより早くソーマの口を塞ぐ。
片腕はしっかりとソーマを逃がさないように拘束して、もう片方はソーマの口を塞いでいて――その状態で器用にエレベーターのボタンを押す。
何事もなかったかのようにエレベーターの扉は閉まり、エレベーターは上へとあがって行った。
偶然その一部始終を見てしまった第一部隊のリーダー、ユウトは、「ソーマがリンドウさんに拉致られた」と思っていたが、見なかった事にした。
此処しばらくソーマが非常に忙しく、あの二人がまともに会話さえ交わしていない事を知っていたから。
邪魔したらリンドウに何を言われるか分からない。
そんな事を思っていると、タツミがユウトに声を掛けた。
「なあ、ソーマ居ないか?」
「……ここには居ませんけど、ソーマに用事ですか?」
「あいてたら同行頼もうかと思ったんだけどな」
「……俺丁度あいてますけど。俺で良ければ同行しますが」
「それじゃあ頼むわ」
助かったと言うタツミを見てユウトは溜息を吐きだす。
此処しばらくソーマが忙しい原因は、以前とは違い同行を頼まれる事が多くなったからだ。
部隊長にと望まれる程に、彼の仲間を統率する力は高い。
元々の実力もあって、とにかくソーマは全くあきがないと言っていい程任務が立て続けに入っていた。
そして今日も、先程まで任務で、やっとこの後予定があいた。
そこに丁度リンドウが来て、ソーマを連れ去ったと言うわけだ。
偶然だったのか、それともそのつもりだったのかは分からないが。
今日はもう、リンドウもソーマも姿を見せる事はない――というか、リンドウが離さないだろう。
はあ、と溜息を零して、タツミに同行するために歩き出した。
エレベーターへとソーマを引きずりこんで、しっかりと拘束したまま扉を閉める。
エレベーターが動きだすと、ソーマは我に返ったのかリンドウの拘束から逃れようと身を捩る。
口を塞いでいた手を放せばソーマがリンドウを睨むように見て、何か言葉を紡ごうとするのを遮るように、エレベーターの壁にソーマの身体を押し付ける。
衝撃にソーマの抵抗が緩んだ一瞬をついて、リンドウは今度はソーマの口を自身のそれで塞いだ。
驚いたのかソーマの目が見開かれる。
そのお陰で抵抗されないのを良い事に、僅かに開いた唇の間から舌を差し入れる。
ソーマの舌にリンドウの舌が触れて、びくりとソーマの身体が揺れる。
途端に逃れようと抵抗し始めるソーマを押さえ付けて――以前に比べて簡単に抵抗を封じる事が出来る事に、僅かに満たされるモノ。
限界だった、もういい加減に。
此処しばらくソーマに触れてないどころか、まともに会話さえ交わしていなかった。
ソーマが忙しい事は分かっている。
だが、リンドウがソーマに会えないで居ると言うのに、他の者達はソーマと共に任務に行ったりしているようで。
以前とは違う噂が、嫌でもリンドウの耳に入って来る。
一緒に任務に行って庇って貰っただの、怖い人かと思ってたら意外に優しかっただの。
好意的な噂ばかりで、それは望んでいたはずの事なのに、湧きあがる感情はそれとは全く正反対のモノだった。
ソーマが仲間に受け入れられる事を、望んでいたし今も望んでいる。
それは本心で、けれどそれと同じくらいに別の感情がある事に、気付いた。
以前にも感じたが、あの時は此処に戻ったばかりだからだと思っていた。
だが、あれからそれなりの時間が経っても、奥底に渦巻く感情はなくならない。
ソーマの本質を知っているのは、自分だけで良いと言う我儘で自分勝手な思い。
仲間に受け入れられる事を願っているのも本心なのに、それとは正反対の思いが奥底に渦巻いているのもまた、事実だった。
奥底に燻っている感情が今にも破裂しそうに膨れ上がって――丁度良いタイミングでソーマに会ったのだ。
エレベーターが目的の階に着いて、扉が開く直前ソーマを解放する。
すっかり息の上がったソーマは、荒い呼吸を繰り返しながら、リンドウへと凭れかかる。
それでも、そんな状態でもやはりソーマはソーマで。
強い視線でリンドウを睨むように見上げる。
だが、息苦しかったの目には僅かに涙が滲み、頬は上気していて、そんな状態で睨まれても煽られるだけで逆効果だ。
リンドウに凭れかかったまま睨みつけるソーマを抱き上げれば、抱きあげられた状態のままソーマは抗議の声を上げた。
「下ろせ。行き成りなんなんだ」
「……大人しくしてないと落ちるぞ」
「リンドウ、いい加減に――」
そこまで言って唐突にソーマは口を噤む。
じっと探るようにリンドウを見つめたまま、視線を逸らす事はなかった。
言葉に態度に、僅かに滲ませたモノに気付いたのだろうと、リンドウは思う。
ソーマが気付いた”モノ”をリンドウは隠すつもりもなかったし、それをわざとらしくならないように見せる事で、ソーマを大人しくさせる事が出来るのも分かっていた。
だから、効果的に使った。
それで黙ってしまうから、優しすぎると言うのだ。
リンドウが抱えるモノに気付いたとしても、理不尽だと思うなら、抵抗すればいい。
リンドウの言いなりになる理由なんて、ソーマにはないのだから。
どちらにしろもう、止まらないし止められない。
もう本当に限界で、解放してやる事は出来ない。
この後ソーマに任務がない事は、リンドウも分かっていたから。
自室へと着いて、ソーマを抱えなおして、扉を開ける。
中に入って、中から鍵を掛けて、そうしてベッドへとソーマの身体を下ろした。
素早くベッドへと乗り上げて、ソーマを組み敷く。
探るような視線を向けてくるソーマを見下ろして、リンドウは口付けを落とした。
口付けながら、リンドウの手はソーマのネクタイへと掛る。
慣れた手付きで、それを外して、中途半端に止められたボタンをはずして行く。
いつも思うが、この中途半端なボタンの止め方はどうにかならないのか、と。
いっそ止めない方がいいんじゃないかとも思うが、それはそれで困るとも思う。
口付けからソーマを解放して、手早くコートと共にワイシャツを取り去る。
荒い呼吸を吐きだしながら、ソーマは抵抗する事もなく、その光景をぼんやりと見つめていた。
二人分の服がベッドの下で絡まって重なっている。
舌で指で、身体の熱を上げられたソーマは、荒い呼吸を繰り返していた。
吐き出される息は熱く、そこに時折堪え切れずに漏れる声が混じる。
閉ざされた場所へと触れれば、ソーマの身体が一瞬強張るのが分かった。
「は、……ッぁ……」
息を吐きだしソーマが身体から力を抜く。
それを見計らって、閉ざされたその場所を押し開き、指を沈み込ませる。
「ッ、あ……やめっ……」
声を上げ、その手がシーツをぎゅっと掴む。
己の身体の下で乱れるソーマを見て、リンドウは満たされるのを感じていた。
分かっていた。
渦巻く激情とも言えるそれが何なのかなんて。
自分だけが見られる姿、自分だけが聞く事が出来る声。
それらで満たされていくモノ。
「リン、ドウ……ッ」
懇願するように己の名を呼ぶその声に、耐えきれなくなる。
指を引き抜き、自身を押し当てればぶるりとソーマが身体を震わせて、閉じられていた目が開いた。
リンドウを見上げるその目には薄らと涙が滲み潤んでいて。
それを見た瞬間浮かんだのは、激情とも呼べる感情とは違って――ただただ、愛しいという思いだけだった。
「……ソーマ」
名を呼びながら、行為を進める。
押し入る感覚に開かれていた目は再び閉じられて、シーツを握り締めていた手が縋るようにリンドウへと伸ばされた。
「ッく、……は、……」
何度身体を重ねても、この瞬間ソーマは苦しげな息を吐きだす。
痛みはないらしいが、圧迫感にどうしても慣れる事が出来ないらしい。
だがそれも、僅かな間の事で、慣れて来たのを見計らってその身体を揺さぶる。
何度も抱いた身体は、どこをどうすればいいかなんて、知り尽くしていた。
その場所を責め立てれば、びくりとソーマの肢体が跳ねて、先程の苦しげなモノとは違う、甘さを含んだ声が上がる。
「あ、ぁ……ッん」
部屋にはベッドが軋む音と、二人の荒い息使い、そしてソーマの甘さを含む嬌声が響いていた。
その声に、互いの身体の熱に、煽られて溺れて行く。
思考が曖昧になって、何も考えられなくなって、そして――。
気付けばソーマはぐったりとベッドへと沈み込んでいた。
ベッドへと半身を起して、片手に灰皿を持って、火を付けた煙草をふかす。
リンドウの隣では、ソーマが眠っていた。
眠っているソーマを眺めながら、煙草の煙を吐き出す。
奥底に燻っていたモノは、すっかりと落ち着いていた。
厄介なもんだと思うのと同時に、良くあの時手放す覚悟が出来たものだと改めて思う。
自分の中に、激情とも呼べる感情があった事にも驚いていた。
独占欲だろう、恐らくは。
自分だけが知っていたはずのソーマを皆が知ることになって。
しかも自分が居ない間に、だ。
それだけでも思う事があるのに、会えない日が続いて――そうしてもう、どうにもならないくらいに膨れ上がってしまった。
本当に厄介だと思い、煙草の煙を吐き出す。
灰皿にそれを押し付けて消して、傍ら眠る存在へと手を伸ばした。
髪をそっと撫でて、小さな声で告げる。
「悪かったな」
「謝るくらいなら、最初からするな」
眠っているとばかり思っていた存在から答えが返って来て、驚き髪を撫でていた手が止まる。
閉じられていた目が開いて、じっとリンドウを見つめた。
しばらくじっとリンドウを見つめて、ふいっと視線が逸らされる。
「ソーマ?」
「これからは、休み取るようにする」
聞こえないくらい小さな声で紡がれた言葉に、リンドウは微かに笑った。
笑われて機嫌を損ねたのか、寝るとだけ告げて、ソーマはリンドウへと背を向ける。
疲れていたのだろう、直ぐに寝息が聞こえ始めた。
焦がれていたのは、求めていたのは自分だけではなかったのだと。
小さな声で紡がれた言葉で、実感していた。
横になり、背を向けて眠るソーマを抱き寄せる。
そうしてリンドウも、眠りへと落ちていった。
翌日。
すれ違った第一部隊のリーダーに「リンドウさん、一つ貸しですよ」とにっこり笑って告げられ、リンドウは深い溜息を零していた。
END
2010/11/21up
2010/11/23 加筆
2010/11/23 加筆