■何度も、願った

任務中に誰かが命を落とすなんて事は、こんな仕事をしていれば誰でも経験している事で。
ゴッドイーターになって5年になるリンドウも、それは例外ではなかった。
そして今日も――任務先で一人、命を落とした。
一緒に任務にあたっていた者達は皆、気落ちした様子で戻ってくる。
その中に、ソーマの姿があった。
だが、ソーマは普段と変わらない様子で――13の子供がそんな様子だから当然陰口を叩かれる。
何故気付かないのかと思う。
確かに、表面上ソーマは普段と変わらないように見える。
だが、神機を持っていない方の手が、強く強く握られて、微かに震えていた。
それに気付いたリンドウは、ソーマに近付く。
近付いて来たリンドウを無表情のまま見て、ソーマは立ち止る事もなく、リンドウの横をすり抜けた。
そのままエレベーターに乗り込む。
恐らくは自分の部屋へと行ったのだろうと思い、リンドウも追いかけるように歩き出す。
その背に、「放っておけ、あんな奴」という声が掛るが、聞こえない振りをした。

ソーマと出会ってから一年が過ぎていた。
周りを拒絶する雰囲気を纏い、子供らしくない言動をするソーマを構う者など、今では殆どいない。
ソーマよりも年上の者よりも戦績が良かったりするから尚更、やっかみもあって孤立する一方だった。
だが、リンドウだけはソーマを構い続けた。
無視されても声を掛け続け、無理矢理部屋に押し掛けたりもした。
嫌がるソーマを無理矢理食堂に連れて行き、一緒に食事をとったりもした。
そうしているうちに分かった事がある。
決してソーマは、周りの人間を拒絶している訳ではない。
単に、人との接し方を知らないだけなのだ。
特殊な環境で育ったらしいソーマは、例えば悲しい事があったとしても、それをどう表わせばいいのかを知らないのだ。
だから、任務中に仲間が命を落とすという現場に初めて居合わせた時でさえ、表情を変える事はなかった。
だからと言って何も感じていない訳じゃない。



「ソーマ。居るんだろ。開けろって」


ドンドンとソーマの部屋の扉を叩き、声を掛ける。
扉を開けるまで叩き続けるぞと思っていれば、伝わったのか、そっと扉が開かれる。
任務から帰って来た服のまま、普段よりも目深にフードを被ったソーマが、無言でそこに立っていた。


「入るぞ」


何も言わないソーマに一応声を掛けて、部屋の中へと入る。
部屋に入ったリンドウの背後で、扉が閉められる音が響いた。
部屋の中ほどで立ち尽くすリンドウの横を通り、ソーマはソファへと座る。
近付き、その隣に腰を下ろしても、ソーマが言葉を紡ぐ事はなかった。
そっと驚かさないように気を付けながら、フード越しにソーマの頭に触れる。
びくりとその身体が震えて、強張るのが分かった。
撫でるように動かせば、少しずつその強張りが解けて、身体から力が抜けて行くのが分かる。
それでも撫で続けていれば、やっとソーマは視線を上げて――リンドウを見つめる。
何か言いたげな視線っでじっとリンドウを見つめて、けれどやはりソーマが言葉を紡ぐ事はなかった。


「何も言わなくてもいい、分かってるから。だから今日はもう寝ちまえ」
「……リンドウ」
「分かってる。ここに居るから」


そう言って微かに笑えば、ソーマは無言で頷く。
表情が変わる事はなかったが、だがその瞳は確かに悲しみを宿していた。
泣けばいいのに、と思う。
まだ子供なんだから、泣く事だって許されるはずだ。
だがソーマは、泣かない。
この一年、ソーマの傍に一番居たのはリンドウだが、一度だって泣いたところを見た事がないのだ。
何があってもソーマが泣く事はない。
だからと言って他に、悲しみをやり過ごす方法を知っている訳でもないのだ。
ただただ独り、部屋に籠って耐え続ける。
そんなソーマが気になって部屋に押し掛けて、泣かないのならせめて眠ればいいと思いそう告げたのはいつだったか。
何度かそんな事があって、いつものように眠れと告げて帰ろうとしたリンドウを引き留めたのは、ソーマだった。
躊躇いがちに「ここに居て欲しい」と言われて驚いたのを覚えている。
眠れないのだと、そう言われて、それ以来こんな時リンドウはずっとソーマの傍に居るようになった。
放っておけなかったのだ。

座るリンドウに寄り掛かるように体重が掛けられる。
疲れていたのか、ソーマはリンドウに寄り掛かって眠っていた。
眠っているソーマを眺めて、リンドウは起こさないように小さな声で告げる。


「悲しいなら悲しいって言え。言っても何にもならないが、言えば楽になることだってあるんだぞ」


いくらだって聞いてやるから、だから頼むから独り抱えて耐えるような事をしないでくれと願う。
そっと起こさないように気を付けながら、眠るソーマの頭をフード越しに撫でて、いつの日か、彼が感情のままに泣く事も笑う事も出来る日が来るようにと、ただただそれだけを願っていた。

神なんて信じちゃいない。
自分達は神を喰らう者、なのだ。
そんな奴が祈ったって聞き届けられるとは思えない。
その代わり、願う。
何度も何度も、叶うまで願い続けるとそう思っていた。

いつの日か――その時までは傍に。
それは、祈りにも似た、願い。



END



2010/11/15up