■煩い
自室のソファに沈み込むように座り、ヘッドホンをして音量を上げて音楽を聴く。
けれど、実際にその場に居て紡がれている言葉ではないそれは、消える事はなかった。
「ソーマ」
此処に居ない男が己の名を呼ぶその声。
それが、直接頭に響くように聞こえて来て、消えない。
煩い、と、黙れと言ってみても、ソーマの名を呼ぶ声は響き続けて、直ぐ目の前にその存在があると錯覚しそうになる。
神機と腕輪が見つかった今、生存は絶望的で。
だからもう、二度と直接あの男がソーマの名を呼ぶのを聞く事など出来ないと言うのに。
それなのに、何故消えないのか。
「煩い」
言葉に出して言ってみても、「ソーマ」と呼ぶ声は無くならない。
何故呼ぶのかと、もう此処に居ないのなら、頼むから解放してくれと、これ以上振り回さないでくれと、そう思っても無くならない声。
どんなに求めてももうその存在は何処を捜したってないのに。
どんなに求めてももう二度と、リンドウがソーマを呼ぶその声を聞く事など出来ないのに。
それなのに、未だその存在はソーマを縛り付ける。
いっそのこと全て忘れてしまえたらと思う。
そうしたらこんな風に、煩いと思えるほどに己の名を呼ぶ声も無くなるだろうに。
けれど、忘れられるはずがない事もまた、ソーマ自身が誰よりも分かっていた。
ヘッドホンをしたままフードを目深にかぶり、目を閉じる。
何かが溢れだしそうになるのを耐えて、叫びたくなるのを耐えて――頭の中響き続ける声を振り払うように、流れてくる音楽に耳を傾けた。
いつの日か、解放される日が来るのだろうか。
それとも、ずっと囚われ続けるのだろうか。
煩い程に名を呼ぶその声は――いつか聞こえなくなる日が来るのだろうか。
その日がきたら、楽になれるのだろうか。
そう思いながら、相変わらず頭の中に響き続ける声にもう一度「煩い」と告げた。
END
2010/11/15up