■04. どうして俺が追ってはいけないのか

タツミ達の撤退補助の為に向かった先で、黒いハンニバルと対峙して。
そして、ユウトはその攻撃を装甲で受けた。
途端に見えたモノを、見なかった事にしてしまいたいと思った。

攻撃を装甲で止めらた黒いハンニバルは、戦意喪失したかのように腕を下ろして、そのまま逃げて行った。
何かが動いた気がして、そちらへと視線を向ければ、ソーマが逃げた黒いハンニバルを追い掛けようと走り出した。
慌ててユウトはソーマの腕を掴み引き留める。


「追うな!」


叫んで、強く腕を掴んだ。
先程何かが動いた気がして視線を向けた先で、驚いたように目を見開き、黒いハンニバルが去った方を見たままのソーマの唇が「リンドウ」と動いたのを見てしまったのだ。
その直後走り出し、慌てて腕を掴み引き留めた。
引き留められて、ソーマはユウトを睨むように見据える。
その目が「何故、どうして」と「何故追ってはいけないのか」と問うていた。
分かっているはずなのだ、ソーマはあれがリンドウなのだと。
なのに視線でそう問うと言う事は、拒否したのだろう、その事実を。
ならば尚更追わせるわけにはいかなかった。


「ハンニバル種はコアを取り出しても再生すると知ってるだろう」
「分かっている。だが、あれは……!」


そう言って、ソーマは黙り込む。
葛藤しているのが手に取るように分かった。
気付いている事実を拒否している為、何故追わなければならないと思ったのかも分からないのだろう。
それなのに、追わなければならないと言う思いに捕われている。
手を放せば、今からでも追いそうなソーマの腕を、しっかりと掴み直した。


「帰投する!」


叫ぶように言ったユウトの言葉に、皆帰投準備を始める。
それでもまだ、あのアラガミを追いたそうなソーマに、タツミが声を掛けた。


「ソーマ、どうしたんだ? 何か気になる事でもあるのか」
「分からねえ。だが、あれは……、」


そう言って考え込むソーマを見て、タツミはソーマの腕を掴んだままのユウトへと視線を向ける。


「俺が一緒に行けば、いいか?」
「……駄目です。俺達の任務は、タツミさん達の撤退補助で、あのアラガミを倒すことじゃない」
「分かってるんだけどな」


こんなに気にしてるんだし。とタツミはソーマを見て告げる。
ソーマはと言えば、ユウトとタツミのやり取りさえ耳に入っていない様子だった。
それでも、許可する訳にはいかなかった。


「ヒバリさんも心配してますよ。早く帰らなくていいんですか?」
「あー、それを言うのはずるいだろ」
「出来るだけ早くタツミさん達の所へ行って上げて下さい。って頼まれましたから」
「……悪いな、ソーマ。一緒に行ってやれそうにない」
「あ? ああ。いや、いい」


聞いているのかいないのか、ソーマはそんな曖昧な返事をした。
らしくない様子に、他の仲間達も一体どうしたのかと思っているのが分かる。
誰に何を言われようと、ソーマに黒いハンニバルを追わせる訳にはいかなかった。
ソーマの腕をしっかりと掴んだまま放す様子のないユウトを見て、タツミが告げる。


「帰るぞー」


そのタツミの言葉で皆が歩き出した。
ユウトに腕を掴まれたままソーマも歩き出す。
何度も何度も振り返りながら、ユウトに引っ張られるようにして、歩いていた。
それを見てユウトは決意する。
以前レンに問われていた。
もし、アラガミ化したリンドウと会ってしまったらどうするか、と。
あの時は答える事が出来なかった。だが、今なら――。
リンドウが苦しんでいる事は分かっている。
苦しみながらも仲間であるタツミに攻撃していた。
恐らくは、戦いは避けられないだろう。
どうにか助けるつもりでいる。
アナグラにリンドウを連れ戻すつもりではいる。
だが、絶対に連れ戻せる保障など、ないのだ。
どうしようもない場合は、この手に掛ける覚悟も、しなければならないと思っていた。
だからこそ、独りで行こうと、誰にも告げずに行こうと、そう思っていた。

アナグラに戻り、自室で考え事をしていたソーマは、リーダーが居なくなったというコウタの言葉に慌ててエントランスに下りる。
そしてそこで、事実を知った。
黒いハンニバルと対峙したあの時、感じた良く知った気配。
あれは、リンドウのモノだったのだと、納得した。
そしてその事実に、あの時気付いていた事も分かった。
だからこそ、追いたかったのだ、あの黒いハンニバルを。
何故あれ程気になったのかも、何故あれ程ユウトが追うことを止めたのかも、やっと分かった。
恐らくユウトは、ソーマが事実に気付いていて、拒否しているのに気付いたのだろう。
そう、拒否したのだ。
あのアラガミがリンドウであると、気付いたのに、拒否した。
だがどんなに拒否しようとも、現実は変わらない。
現実が残酷なモノだなんて事、ソーマは嫌って程知っていた。
それなのにこれか、と自嘲する。

今すぐ此処で覚悟しろというツバキの声に、ソーマの思考は中断された。
リンドウに武器を突き立てる覚悟など――出来るはずがなかった。
だがそれでも、覚悟しなければならない。
ユウトを追うのならば、そこにはアラガミ化したリンドウが居るのだから。

覚悟なんて恐らく出来ていない。
だがそれでも、ここでただ待っている事も出来なかった。
だから今度は、追い掛ける。
来るなと言われようと、行ってやると思いながら、仲間と共にエイジスへと向かった。



END



2010/11/30up