■変わらない日常

第一部隊の隊長になり閲覧出来る情報が増えた。
そうして知ったのは、ソーマのファミリーネームと生い立ちだった。
ガンと音を立てて思わずターミナルを殴る。
これを閲覧したのが自室で良かったと思う。
己の内にあるのが怒りか悲しみか分からないが、やり切れない思いが渦巻いていた。

ソーマが入隊したのは12の時だ。
そのソーマを研究する事でゴッドイーターや神機が出来たのだとしたら、一体いくつの時から研究されて来たのか。
幼い頃から研究者に囲まれて過ごしていたのなら、ソーマのあの態度も分かる。
人との接し方を知らないんじゃないかと思ったのは間違いじゃなかったのだろう。
溜息を吐き出して、勢い良くターミナルの電源を落とす。
そうしてしばらく考えて、リンドウは自室を後にした。

ラボの前に立ち、息を吐き出す。
渦巻く感情をぶつけてもどうにもならない事は分かっている。
だがそれでも、足は勝手に此処へと向かってしまったのだ。
P53偏食因子を発見したのはサカキ博士だと言う。
それがもし、ソーマを研究した事による”成果”なのだとしたら、何か知っているだろう。
だが、一体自分は何を聞きたいのかが分からない。
何をしに此処まで来たのかも分からない。
出直すかと思い踵を返した途端、背後のドアが開く音がして、その部屋の主の声が響いた。


「やあ、リンドウくん。丁度良かった。君に話があったんだ」
「なんでしょうか」


言いながら振り返る。
部屋の中に入るように促されて、リンドウは仕方なくラボへと足を踏み入れた。


「話ってなんですか」
「リンドウくん。君はリーダーになったんだよね」
「ええ、まあ」
「ソーマに対する見方が、変わったかな」


普段と変わらない口調で平然と告げられて、内に渦巻く感情をぶつけてしまいたくなる。
煙草が吸いたいと思いながら、その感情をどうにか抑え込んで、リンドウは溜息を吐き出し告げた。


「ソーマはソーマでしょう。何も変っちゃいない」


それは本心だった。
ソーマのファミリーネームにも、彼の身体の事も、驚かないと言えば嘘になる。
だが、だからと言って何が変わる訳でもない。
ソーマはソーマだ。
ただそう、ソーマが自分自身を”化け物”と呼ぶ理由が分かっただけだ。
無理矢理そう言い聞かせている訳でもなく、本当に本心からリンドウはそう思っていた。
ただ、それらの実験やその後ソーマ自身を研究した事などに対する行き場のない憤りは渦巻く。
そのお陰で今の自分達があり、人類は多少なりともアラガミに対抗する術を得たと言うのも分かっている。
分かっているが――怒りの矛先を何処に向ければいいのか分からない。
行き場のない憤りが己の内で渦巻いていて、不快で仕方がなかった。

それなら、そうサカキ博士が呟くのが聞こえた気がする。
そうして目の前に差し出されたのは、一枚のディスクだった。
反射的にそれを受け取って、リンドウは言葉を紡ぐ。


「何ですか、これ」
「君に知っていて貰いたい事、だよ」
「……」
「見終わったら私の所まで持って来てくれるかな。内容はくれぐれも他言無用で頼むよ」


曖昧に返事をして、リンドウはラボを後にする。
そうしてそのまま自室へと戻って、ターミナルの電源を入れた。
ディスクを入れて、映し出された映像を見る。
シックザール支部長とサカキ博士、そして――内容から察するにソーマの母親なのだろう。
人体での実験が必要な段階で、自分達で、自分達の子供でというのは他人の子供に試すよりは良い。
だがそれでも。
今のソーマを見ている限り、良かったとは言えない。
諦めや絶望と言った感情の浮かぶ目は、とてもじゃないが10代前半の子供の持つモノじゃない。
あの年頃の子供なら許される我儘を言う事もない。
甘える事も頼る事も、知らない。
人とどう接すればいいのかも分からず、その生い立ち故か周りを拒絶することしか出来ない。
最初から手を伸ばす事さえ諦めているように見えるのだ。
せめて、ソーマが子供らしい子供だったなら、此処までやり切れない感情を抱く事もなかっただろう。


「どうしろって言うんだ」


思わず漏れたのはそんな呟き。
これをリンドウに見せて、サカキ博士は何をしたいのか。
リンドウにどうしろと言うのか。
ソーマに対して思うのは、今までと何も変わらない。
放ってはおけないのだ。
無謀とも言える戦い方を何度も目の当たりにして来た。
単独でアラガミ討伐に出て行く事も多々ある。
だから怪我が絶えない。
そんな姿を見ていると、生き急いでいるように見えて、どうしても放っておけないのだ。
溜息を吐き出して、リンドウはディスクを取り出す。
そうして、乱暴にターミナルの電源を落として、ターミナルが壊れそうだと思わず苦笑した。
ディスクを片手に自室を後にする。
さっさとこれを返して、第一部隊の隊員の予定を確認しなければと思う。
特に、放っておくと独りで行ってしまうソーマの任務予定だけは、何が何でも確認しなければと思いつつラボへと向かった。

ノックをして、返事を待って中へと入る。
無言でディスクを差し出せば、サカキ博士も何も言わずにそれを受け取った。
そのまま帰ろうとすれば、呼びとめられる。
仕方なく振り返り、こちらから問う前に紡がれた言葉に、溜息を吐き出したくなる。
それは、ソーマの驚異的な身体能力と治癒能力、そしてそれら故に研究員から掛けられた言葉の数々だった。


「それを俺に聞かせて、どうしろって言うんですか」
「さあ、どうするかは君次第だよ、リンドウくん」
「……」
「君なら悪いようにはしないと思ったからね。それに――」


ソーマを君に頼みたかったのかもしれない。今までとは違う声音で告げられた言葉に、それ以上何も言えなくなる。
サカキ博士も後悔しているのだろうか。
それを選んだのがソーマの両親だとしても、止められなかった事でソーマに背負わせてしまった事の重さに。
頼まれるまでもなく、リンドウは今まで通りにソーマと関わっていくつもりでいる。
旧連合軍の作戦で一緒になったあの時から、それは変わらない。
振り払われようが拒絶されようが、諦めるつもりもなかった。

部屋を後にする為に足を進めて、扉の手前で立ち止る。
振り返る事無く、リンドウは独り言のように告げた。


「頼まれなくても、放っておくつもりなんてない」


それだけ言って、リンドウはラボを後にした。
残されたサカキ博士は、閉められた扉を眺めて、微かに笑った。

急ぎエントランスへと下りて、受付のサクヤに声を掛ける。
第一部隊の隊員の任務予定を尋ねた途端、視界の端に青が映る。
思わず手を伸ばして、それを掴んだ。


「――っ、放せ!」


どうやら掴んだのはソーマのフードだったらしく。
フードが外れて銀糸が露わになる。
フードを掴まれて、軽く首が絞まったのかソーマの苦しげな呻くような声が聞こえて、次いで放せと叫ぶような声が届く。
そうして振り返り、リンドウを睨みつけた。
フードは掴んだまま、随分と下にある顔を見据えて、リンドウは告げる。


「駄目だ。任務なら一緒に行くぞ」
「独りで充分だ」
「サクヤ。ソーマの任務に俺の名前も追加しておいてくれ」
「勝手な事をするな!」


サクヤが答える前にソーマの苛立った声が響く。
困ったように笑って、追加したとサクヤが告げる。
それを聞いて、リンドウはソーマのフードを掴んだまま出撃ゲートに向かった。


「放せ!」
「放したらお前、逃げるだろ。ほら、行くぞ。リーダー命令だ」


フードを掴まれたまま、引きずられるようにしてソーマは出撃ゲートへと向かう。
その間もソーマは「放せ」「独りで充分だ」と言い続けている。
対するリンドウが、分かった分かったと適当にあしらうのもいつもの事だ。
二人が出撃ゲートを潜ると、エントランスはやっと静かになる。
受け付けのサクヤも、エントランスに居た他の仲間も、思わずほっと息を吐き出した。



「あの二人は相変わらずだなあ」
「そうね」


任務を受けに来たのか、リンドウとソーマが消えた出撃ゲートをちらりと見て、タツミが告げる。
その言葉を聞いてサクヤも一度だけ出撃ゲートへと視線を向けた。
きっとまた今日も、ソーマは怪我をして帰って来るだろう。
手当てをしようとしないソーマに、手当しろとリンドウが付き纏うのもいつもの事で。
兄弟みたいだと、思う。
ソーマは殆ど表情を変える事もないし、周りの人間と自分から距離を置いているように見える。
だがそれでも、リンドウに対しては、感情を露わにすることが多いように思えた。

任務を受注したタツミが、仲間と共に出撃ゲートを潜る。
それを見送って、いつの日かリンドウや彼らと共に出撃する日が来るのだろうかと思う。
新たに受け付けの前に立つ人影に、サクヤは受注任務へと意識を戻した。

変わらない日常がまた、始まる。



END



2011/05/06up