■もう少しだけ

「下ろせ!」


響く声はソーマのモノで、その声でエントランスに居た皆は、声のした方を見なくともリンドウとソーマが任務から戻った事を知った。
騒ぎ暴れるソーマを、リンドウは荷物でも担ぐかのように小脇に抱えて歩いている。
ゴッドイーターと言っても、ソーマはまだ子供だ。
同年代の子供と比べて特に大きい訳でもないのだから、大人であるリンドウが抱えて歩くのはそれ程困難ではない。
それでも、こう暴れられては落としそうだとリンドウは思っていた。


「大人しくしろって、落ちるぞ」
「良いから下ろせ」
「歩ける状態じゃないだろ」


言えばその通りだからなのか、ソーマは黙り込む。
それと共に大人しくなって、また暴れられる前にとリンドウは急ぎエレベーターへと向かった。
受け付けの前を通る際サクヤを見れば、分かっているとばかりに頷かれる。
アナグラへと戻る前に一応連絡は入れておいたのだ。

ソーマを伴って任務へと向かい、現地へと着いた途端にソーマは独りアラガミへと向かって走り出す。
それもいつもの事で、急ぎリンドウもその後を追いかけた。
以前サカキ博士に聞いた事が事実だと実感するのはこんな時だ。
その聴力故かソーマは誰よりも早く正確にアラガミのいる場所を探り当てる。
走り出すソーマの後を着いて行けば必ずそこには目的のアラガミがいるのだ。
毎度の事で慣れてはいるが、それでも溜息を吐きたくなる。
この任務のリーダーはリンドウで、リーダーの指示を仰ぐ事無くアラガミに向かって行くソーマの行動は、規律違反だ。
二人だけで任務の時はまだいい。
だが、他に仲間がいる時は、ソーマの行動のせいで他の仲間の行動までもが乱れるのだ。
確かにソーマは大人以上の戦績を上げているし、その腕も確かなのは分かっている。
だが、どうしたって埋められないモノがあるのだ。
まだ身体が小さいソーマは、当然だが体重が軽い。
アラガミの攻撃を装甲で受けた際、体重が軽いが故に、堪え切れない事が多々あるのだ。
今日もそうだった。
しかも、装甲で受けた際、どうにか堪えようとしたせいか足を捻ったのだ。
直ぐに捻った個所を包帯の様なモノで靴の上から押さえるように固定すれば、歩けなくなるほど腫れる事もないのだが。
戦闘中ではどうにもならない。
アラガミを倒した後、大丈夫だと言い張り歩くソーマをどうにか掴まえて見れば、捻った足は腫れてしまっていた。
こうなっては靴の上から固定しても意味がない。
無理矢理その場にソーマを座らせて、持ち歩いている小型のナイフで脱げなくなってしまった靴を裂いた。
驚くソーマに靴も片方ないことだし歩けないだろと言えば、誰のせいだと怒鳴られて。
それを適当に流してリンドウは強引にソーマを抱えて歩き出した。
新たにアラガミが出ない事を祈りながら装甲車まで向かったのだ。
アナグラに着いて、装甲車から下りて歩き出そうとするソーマをリンドウは再び強引に抱える。
そうして、冒頭の状態に至った訳だ。
丁度良く来たエレベーターに乗り込めば、再びソーマが「下ろせ」と暴れ出した。
エレベーターの中、暴れるソーマを落とさないように気を付けながらリンドウは溜息を吐き出す。
横抱きにされるよりはマシかと思いこうやって抱えていたが、流石にこれだけ暴れられると落としそうでキツイ。
仕方ないと思い、リンドウは一度ソーマを下ろした。
下ろされてほっと息を吐き出した途端、再びソーマはリンドウに抱えあげられる。


「――っ、」
「これなら、暴れられても落とす心配はないな」


横抱きに抱えなおされて、ソーマが息を呑んだ事に気付いたが、気付かない振りをしてリンドウはそう告げる。
流石に恥ずかしいのか大人しくなったソーマに満足して、ベテラン区域に着き扉が開いたエレベーターから下りようとした。
途端に、エレベーターに乗ろうとしていたらしい人物と目が合う。


「あ、姉上」
「リンドウ。此処では姉と呼ぶなとあれ程……ん? ソーマか? どうかしたのか?」


リンドウが横抱きに抱えているソーマを見て、驚いたようにツバキは問う。
任務の後リンドウがソーマを無理矢理部屋へと連れて行くのはいつもの事だが、こんな風に抱えてつれて行くのを見た事はない。
ツバキの視線を辿るように抱えているソーマへと視線を落とせば、ソーマは不自然に視線を逸らしていて、思わず苦笑する。


「任務中にまた無茶しまして」
「なるほど。まあ、ほどほどにな」


それはどちらに対して告げられた言葉なのか、分からないまま、リンドウはエレベーターを下りる。
入れ違いにツバキがエレベーターに乗って、それを見届けてリンドウは自室へと向かった。
どうにか部屋の扉を開けて中に入って、鍵を掛ける。
寝台に近付いて、そこに腰かけるようにソーマを下ろした。
医務室へ行くのを嫌がるソーマの為に常備してある救急箱を取り出して、中味を確認する。
湿布と包帯はあるな、と思い蓋を閉じてそれを手に寝台へと近付けば、不機嫌そうな顔をしたソーマがリンドウを睨むように見上げて言葉を紡いだ。


「直ぐに治るっていつもいってるだろ」
「だからって、放っておいて良い訳がないだろ」


言いながら腫れている方の足を手に取り、気を付けながら微かに動かす。
途端にソーマが息を詰めるのに気付いて、リンドウは溜息を吐き出した。


「歩くのはしばらく無理そうだな。痛みが引くまで此処で休んで行け。あー、どうしても部屋に戻りたいって言うなら、抱えて行ってやってもいいが」
「……」


手当てが終わった後、ソーマがリンドウの部屋で眠る事を知っていながら、そう告げる。
微かに笑って告げられた言葉に、無言でソーマはリンドウを睨みつけた。
そんなソーマを見てリンドウは肩を竦めて、腫れているソーマの足に湿布を貼り包帯を巻いて行く。
いつもの事だが、この部屋に来るまでは抵抗するソーマも、部屋に入ってしまえば抵抗を止める。
抵抗するだけ無駄だとでも思っているのか、大人しくなったソーマを見て、リンドウは救急箱から必要なモノを取り出した。

もうどのくらい前になるか。
ソーマが怪我をしても放っておくと知って、任務の後無理矢理医務室へと連れて行った事があった。
だがソーマは、医務室の中をちらりと見ただけで、絶対に中に入るのは嫌だと抵抗していた。
その様子が普通じゃなくて、無理矢理に医務室の中へと連れて行くのは止めた方が良いと思ったのだ。
だから仕方なく、自室へと連れて行って、そこで待たせて、医務室へと消毒や薬と言った必要な物を取りに行った。
自室へと戻れば、医務室に入るのをあれ程抵抗していたのが嘘のように、大人しく寝台に腰かけたまま待っていたのだ。
それからだろう。
怪我をしたソーマの手当てをする為に、リンドウが自室に救急箱を常備するようになったのは。
その後何かの拍子にサカキ博士からソーマが医務室を嫌がる理由を聞いた。


「あそこは、研究室と似てるからね」


その呟きで大体の事は分かった。
ソーマが研究されていたという場所、そこに似ているのだろう。
ならば、あれ程嫌がるのも分かる。
だから無理矢理医務室へと連れて行く事はせず、リンドウは自室に救急場箱を常備するようになったのだ。

包帯を巻き終われば、ソーマはそのまま寝台へと横になる。
寝転がったソーマの額へと手を置いて、大丈夫かと安堵する。
怪我をしても直ぐ治るとは言うが、その過程で大概ソーマは熱を出す。
それ程酷くない怪我ならば、そう高い熱は出ないが、大怪我ならばかなりの高熱が出る。
苦しそうに、けれど声を上げる事もなく寝台の上で丸くなるソーマを見たのは、一度や二度じゃない。
とは言え、手当てが終わってしまえばリンドウがしてやれる事など傍にいてやる事くらいしかない。
横になって目を閉じたソーマに、毛布を掛けてやる。
今日の怪我はそれ程酷くはない。
多少熱い気がするが、この程度ならばソーマは苦しむ事もないだろう。
怪我を治す事で身体に負担が掛るのか、手当が終わった後こんな風にソーマがリンドウの部屋で眠るようになったのはいつ頃からだろうか。
最初の頃は辛そうにしながらも部屋へと戻っていた。
一度かなりの高熱で部屋へと戻る事が出来なかった事があったのだ。
それ以来だろう。
こんな風に手当てが終わった後、ソーマがリンドウの部屋の寝台で眠るようになったのは。
この程度の怪我ならば、明日までには完全に治るだろう。
そう思いながら、フードが外れて露わになった銀糸を撫でる。
既に眠りに落ちているソーマは、それでも嫌がるように緩く首を左右に振った。
起きていれば確実に振り払われるだろうその手が振り払われる事はない。
一年掛けてやっと此処まで来たのだ。
だが、まだ足りないとリンドウは思う。
もっと頼って欲しいと思うし、甘えて欲しいとも思う。
出来る事ならば、此処アナグラがソーマにとって優しい場所になってくれればと、願う。
フードとヘッドホンで外界を遮断しなくても済むように、と思いながら、眠っているソーマをしばらくの間眺めていた。

ソファへと座り、煙草に火をつける。
紫煙を吐き出して、寝台へと視線を投げた。
まだしばらくは、ソーマは目を覚まさないだろう。
今のところ、リンドウもソーマもこの後任務が入っていない。
このまま任務が入らなければ良いというリンドウの願いが叶った事はないが。
せめてソーマの目が覚めるまでは――そう思いながら紫煙を吐き出す。
今この時間くらいは、ゆっくりと休ませてやりたかった。
他のゴッドイーター達がソーマに向ける感情は、決して良いモノではない。
普通にソーマに接する者がリンドウ以外いない訳でもないが、殆どいないのが現状だ。
好んでソーマに近付こうとする者はいない。
ソーマ自身がそれでいいと思っているからこそ、尚更それは酷くなるばかりだ。
溜息を吐く代わりに紫煙を吐き出す。
もう少しだけこのままで――そのリンドウの願いは、珍しく叶えられた。



END



2011/05/08up