■赤く染まる(side:R)

アラガミを倒し、仲間の無事を確認する。
誰ひとり欠ける事無く、無事に任務を終えた。
ふと見れば、不気味なほどに赤い夕日が、辺りを赤く染めていた。
その光景はあの日に酷似していて――だからこそ、心配になる。
急ぎアナグラへと戻って確認すれば、やはりソーマの姿はなかった。
リンドウが居ない隙に独りで任務に出たらしい。
このところこういう事が多かった。
溜息を吐き出し、時間を確認する。
任務の内容を見る限り、もうアナグラに戻っていてもいい頃だ。
いつもならば、帰投時間をかなり過ぎない限り放っておくが、今日だけは放っておくことが出来ない。
リンドウでさえあの日を思い出す赤い夕日。
当事者であるソーマは、確実に思い出してるだろう。
あの日、赤く染まった大地に、赤く染まったソーマが立ち尽くしていた光景は、忘れる事が出来ない。
帰投時間が過ぎている事を確認して、リンドウはエントランスを見渡す。
ブレンダンと共に居るタツミを見つけて、近付いた。
この後の予定を確認すれば、ブレンダンと共に任務に行くと言う。
少し遠回りになるが、ソーマが居るはずの場所まで送って欲しいと頼むめば、あの日の事を知っているタツミはそれだけで察したのか、快諾する。
直ぐに出ると言うタツミに従って、リンドウは出撃ゲートを潜った。

目的の場所で装甲車を下り、タツミとブレンダンに礼を言う。
走り去る装甲車を眺めて、リンドウは神機を構えソーマを捜して歩き出した。
あの日の事は、ソーマが”死神”などと呼ばれるようになった原因とも言える出来事だろう。
当時を知っている者はそれ程多くはないが、リンドウとタツミ、そしてサクヤ以外にも居る。
まだ子供と言っていい年齢だったソーマは、子供らしくない子供で。
愛想も良くなく、一言二言話す程度だったから誤解される事が多かった。
その上、戦績も同時期に入隊した大人より良かったから、妬みもあったのだろう。
ソーマに話掛ける者は少なかった。
リンドウは一番最初の任務で一緒だった事もあって、その後も何かにつけて構っていた。
その他、リンドウとソーマが所属する第一部隊の隊長と、彼とほぼ同時期に入隊した二人が良くソーマに話し掛けていた者たちだろう。
あの日、第一部隊の隊長と、彼とほぼ同時期に入隊した二人が、ソーマを連れて任務に出て――戻らなかった。

あの日、リンドウが任務を終えてアナグラへと戻れば、エントランスは騒然としていて。
だが、賑やかなと言う感じではなく、どちらかと言えば重い空気が漂っていた。
何があったのか聞けば、第一部隊の隊長他三名が、帰投時間を過ぎているのに戻らない、と言う。
携帯端末に連絡を入れているらしいが、繋がらず、唯一ソーマの携帯端末には繋がったが、応答がないのだと続けられた。
ソーマという名前に、リンドウは端末を操作するツバキに近付く。
リンドウに気付いたツバキが、簡潔に説明して、他に二人程連れて現場に確認に行って欲しいと告げる。
言われるまでもなく行くつもりだったリンドウは、直ぐ傍に居たタツミと、救護班の者一人を連れて、出撃ゲートをくぐる。
そうして辿り着いた先で見た光景は、凄惨なものだった。

不気味なほどに赤い夕日が、血で赤く染まった大地を更に赤く染めていて、そこにただ独り立ち尽くすソーマも、血と夕日で赤く染まっていた。
他の三人が助からない事は見て直ぐに分かった。
夕日を見つめ立ちつくしたまぴくりとも動かないソーマに近付き名を呼ぶ。
だが、リンドウの声にソーマが反応を返す事はなかった。
腕を掴み引っ張っても動かないソーマを、半ば抱えるようにして装甲車に向かう。
タツミが、アナグラへと連絡を入れている声が、リンドウの耳に届いた。
三人の神機を回収しに誰かが後で来るだろう。
その時に彼らも、回収してくれるのか。
いずれにしろ、装甲車に三人分の遺体を積む事は、不可能だった。

アナグラに戻り、リンドウはソーマを自室へと連れて行く。
今の状態のソーマを独りにするのは心配だった。
大人でさえキツイあの光景。
ゴッドイーターと言えど、子供が見るには余りにも酷い光景だ。
半ば抱えるようにしてリンドウの自室まで連れて来られたソーマは、言葉を発する事も抵抗する事もない。
いつもならば、リンドウを睨みつけて暴れるのに、されるがままだ。
その事がソーマがどれ程のダメージを受けたかを表わしている気がして。
泣けばいいのに、何も変わらなくても少しは楽になるのに、そんな方法さえ知らないのか――いやそうじゃない。
出会ってからソーマを構い続けていたのは伊達じゃない。
知っているのだ、ソーマは。
泣いても何も変わらないと言う事を、助けなんか来ないって事を。
だから、ソーマは泣かない。
何も変わらないし、助けも来ないかもしれないが、それでも楽にはなれるかもしれない方法を、取る事はない。
それがどうしようもなく、悲しかった。
なんで泣く事さえ出来ない子供に、こんな仕打ちをするのかと、怒りが湧き上がる。
どこにそれをぶつければいいのか分からなくて、リンドウはその感情を吐き出すように溜息を吐いた。
取り敢えず、ソーマを風呂に入れるかと思い、浴室へと連れて行く。
どうするかな、と呟いて、リンドウはソーマを見た。
血で赤く染まった服は、捨てるしかないだろう。
此処まで汚れると洗っても無駄だ。
顔にも、そしてフードから覗いている銀糸にも血が飛んでいて――そう言えば、ソーマは怪我をしていないんだろうかと今更ながら思う。
思った以上に動揺している自分に気付いて、リンドウは苦笑した。
あれ程酷い光景を見たのは、リンドウも始めてだ。
何があったのかは詳しく分からない。
想像することしか出来ないが、もし自分があの場に居たなら――恐らくはソーマだけは何が何でも逃がそうと思うだろう。
だからきっと、そうなんだろうと思っていた。
まだ13の子供と自分、どちらを助けるかなんてそんなの決まっている。
だが、守られて生き残った者は、どんな思いをするのだろうか。
元々無口な方ではあるが、言葉を発する事も反応を返す事もしないソーマを見ていると、考えてしまう。
だがそれでも、この先もしそんな選択を迫られる時が来ても決断は変わらないだろう。
溜息を吐き出して、取り敢えず声を掛けてみるかと思う。
リンドウは別にソーマを風呂に入れて洗ってやるのは問題ないが、後で正気に戻ったソーマに殴られそうだと思う。
苦笑して、リンドウはソーマに声を掛けた。


「ソーマ、風呂に入れ。お前怪我はしてないんだよな?」


それまで反応のなかったソーマは、リンドウへと視線を向けて、こくんと頷く。
そのまま服を脱ぎ始めるのを見て、リンドウは脱衣所を後にした。
ソーマの着替えはどうするかと考えて、一着位昔着ていた服がないか探してみる。
2、3年前のモノだと思われるものはあったが、どう考えてもソーマには大きすぎるだろう。
とは言え、仕方ない。
袖と裾を折ればまあ、問題ないか寝るだけだしなと思い、リンドウはそれを脱衣所へと持って行く。
その際に、ソーマが脱いだソーマの服を回収し、それを捨てた。

風呂から上がったソーマが着たリンドウの服はやはり大きくて、袖と裾を折ってやる。
ぽたぽたと頭から水を滴らせて歩くソーマを見て、リンドウは溜息を吐き出して告げた。


「頭くらいちゃんと拭けって」


言いながらソーマを寝台の端に座らせる。
タオルを持ってきて、濡れたままの頭を拭いてやった。
嫌がるようにソーマが頭を振るが、構う事無く拭く。
拭き終わり寝るように促せば、素直にソーマは寝台に横になった。
疲れていたのか、直ぐに静かに寝息を立て始める。
それを確認して、リンドウは浴室へと姿を消した。
風呂からあがって、そのままリンドウはソーマの隣へと潜り込む。
寝台が一つしかないので、一緒に寝るしかないのだ。
幸いソーマはまだ子供で小さいから、一つの寝台で寝るのに問題はない。
今日見た光景、ソーマの様子。
色々な事が浮かんでは消えて行くが、次第にそれも曖昧になっていく。
体力的にというよりは精神的に疲れていたのだろう。
リンドウも直ぐに眠りへと落ちて行った。
そして翌日。
まだソーマが寝ている時に、携帯端末へとメールが届く。
内容は、ソーマとリンドウの二人が本日休日になったと言うモノだった。
昨日の事に配慮して、なのだろう。
ゴッドイーターならば、仲間の死に直面した事のない者など、殆どいないだろう。
だが流石に昨日のあれは、酷い。
あれ程酷い光景は、ベテランと言われるゴッドイーター達でさえ見た事がないだろう。
だからこその、休日。
せっかくだからゆっくりさせて貰うかと、リンドウは再び目を閉じる。
それから少ししてソーマが目を覚ます気配がして、休日だと告げて再び寝台に引っ張りこむ。
互いに再び、眠りへと落ちて行った。

この日以降、何度かソーマが同行した任務で、ゴッドイーターが死亡するという事が続く。
丁度このころから、新種のアラガミが発見されたり、堕天種が発見されたりと言う事が続いたのが原因だろう。
新種のアラガミが発見されると、それに対応していないアラガミ装甲が破られる事になる。
防衛班は一般人を守る為に外部居住区に詰める事が多くなる。
守る為には人員も必要な為、どうしてもアラガミ討伐は最低限の人数で行わなければならなくなる。
だがこちらも、新種のアラガミや新たに発見された堕天種などには直ぐに対応できずに、結果死者を出す事が多くなる。
本当に偶然が重なっただけなのだが――あの日の出来事が切っ掛けとなり、ソーマは完全にアナグラで孤立する事になる。
あれからもう、二年経ったのかとリンドウは思っていた。

ソーマを捜して歩いていたはずが、つい立ち止りあの日の出来事を思い出してしまっていた。
鮮明のあの日を思い出す程に、辺りを赤く染める夕日は、あの日に酷似していた。
再び歩き出し、ソーマの姿を捜す。
少し先に、立ち尽くすソーマを見つけた。
恐らくはリンドウが近付いている事に気付いているだろうに、ソーマがこちらを向く事はない。
仕方なく隣に立って、リンドウは言葉を紡いだ。


「ソーマ。帰投時間とっくに過ぎてるぞ」
「分かってる」
「ほら、帰投準備しろって」
「……ああ」


返事はするものの、ソーマはその場から動こうとはしない。
赤く大地を染め上げる夕日を眺めたまま、立ち尽くしていた。
地面はあの時程赤くはないし、ソーマもあの時程子供じゃない。
それなのに、目の前の光景があの日と重なる。
思わず手を伸ばして、ソーマの頭を引き寄せていた。
肩の辺りに、温もりを感じる。
珍しく抵抗しないソーマが、やはりあの日と重なった。
これ以上こうしていたら、この温もりを離せなくなりそうだと思い苦笑する。
こっちが縋ってしまいそうになりながら、リンドウはソーマの背を宥めるように軽く叩いた。
そうしてソーマを解放する。
時間を確認して溜息を吐き出す。
此処に来てから随分と時間が経っていた。


「ああもうこんな時間だ。俺まで怒られるだろう。早く帰るぞ」


それだけ言ってリンドウは歩き出す。
ソーマが後を着いて来ているのは、見なくても分かった。

何も言えなかった。
あの日も今も、リンドウに出来る事は傍にいてやることくらいだ。
あの日以降、ソーマは仲間をあからさまに遠ざけるようになる。
完全に仲間から距離を置くようになってしまった。
それは、リンドウに対しても当てはまる。
構うリンドウに対して、「鬱陶しい」とか「近付くな」と言った言葉を掛ける事は、それ以前にもあった。
だが、「俺に関わるな」と言われたのは、あの出来事があった以降だ。
独りで任務に行く事が多くなったのも、あの日以降だった。
そして、独り任務に出たソーマをリンドウが迎えに行くようになったのも、あの日以降だ。
開いてしまった距離を、縮めるのは難しい。
リンドウにそのつもりがあってもソーマにそのつもりがないから尚更だ。
だがそれでも、放っておく事は出来ない。
元々ソーマは仲間を周りを拒絶するような態度はとっていた。
だがそれは、人との接し方を知らなかったのと、その生い立ち故だろうと言う事は、隊長になって閲覧出来るようになった情報から分かった。
ソーマの周りに居た、研究者と言う名の大人達は、普通の大人が子供に向けるモノとは違うモノを向けていたのだろう。
ずっとそんな環境に居れば、簡単に人に心を開く事など出来なくなって当然だ。
だがそれでも、あの出来事の前までは、当時の第一部隊の隊長や彼と同期の者達など、ソーマを気に掛ける者達が居た。
そう言った者達に対しては、ソーマも少しずつではあるが、他の仲間達とは違う態度で接するようになって来ていたのだ。
このまま行けばいつか――そんな事を思った矢先のあの出来事だ。

溜息を吐き出して、リンドウは装甲車の助手席へと乗り込む。
それを見たソーマが、無言で運転席へと乗り込んだ。
言葉を交わす事がないまま、装甲車はアナグラへと向かって走り出す。
それでも、他の仲間よりは、リンドウはソーマの近くに居ると自負している。
ソーマに何を言われようと、どんな態度を取られようと、解放してやる気はない。
彼らの為にも、放っておく事など出来る筈がなかった。

結局、迎えに行ったのに直ぐに戻って来ないリンドウも、ソーマと共に怒られる事になる。
二人が解放された時には、辺りを赤く染めていた夕日は沈み、闇に包まれていた。

辺りを赤く染める夕日からソーマが解放されるのは、いつになるのだろうか。
その日が出来るだけ早く来る事を、願っていた。

互いに言葉を交わさないまま、それぞれ自室へと戻る。
戦いに明け暮れる変わらない日常が、また始まる。



END



2011/05/13up