■おやすみ
本日休みの為、自室でゆっくりしていたリンドウがエントランスに下りると、出撃ゲートの前に人だかりが出来ていて、何やら騒がしい。
人だかりが出来ていて、此処からでは何があったのか確認出来なかった。
「だから、そんな状態で任務に行ったって良い事ないだろ?」
呆れたような怒ったような、そんなタツミの声が聞こえてくる。
タツミも、リンドウが第一部隊の隊長になったと同じ時に、第二部隊の隊長になっていた。
ソーマだけが生き残ったあの事故で命を落とした中に、第二部隊の隊長もいたのだ。
あの事故から一ヵ月程の時間が過ぎていた。
部隊員に何か言っているのかとも思ったが、どうも様子が可笑しい。
受け付けの前を通り過ぎる時にサクヤを見れば、早く行った方が良いとばかりに頷かれる。
一体何なんだと思いながら、人だかりに向かって足を進めた。
「行きたいって言うんだから良いんじゃないですか? そいつが居ない方が俺達が生き延びる確率も上がるし」
「そうそう。放っておけって」
聞こえてきた二つの声は、ソーマよりも一年後に入隊した者達のモノ。
彼らがそう言う相手に、覚えがあった。
「俺はソーマに話してるんだ」
珍しく苛立ったようなタツミの声で、やはりそこに居るのがソーマなのだと分かる。
だが、肝心のソーマの声は聞こえて来ない。
まあ、反論するような奴じゃない事くらいは分かっているが。
「何やってんだ、こんなところで」
わざとらしく足音を響かせて近付けば、タツミはあからさまにほっとした様子で、放っておけと言っていた二人は慌てたようにその場から立ち去る。
リンドウの姿を見た途端に逃げるように立ち去るくらいなら言わなければ良いのにと思ったが、口には出さない。
遠巻きにその様子を見ていた者達も、いつの間にか居なくなっていた。
「リンドウさん、良い所に」
そのタツミの声と共に、リンドウの方へと何かが倒れこんでくる。
「――っ、」
「おっと」
受け止めて見下ろせば、それはソーマだった。
どうやらタツミがソーマを軽く押したらしいと分かったが、こんな程度でソーマが倒れ込んで来る事が可笑しい。
リンドウに凭れかかるような状態のままのソーマの肩を掴み身体を離して覗き込む。
片手で肩を掴んだまま、もう片方の手でソーマのフードを外し前髪をかきあげた。
露わになった額に自分のそれを重ねて、その熱さに驚く。
「お前、熱あるじゃねえか」
「やっぱり。なのにこいつ、任務に行くって聞かないんですよ」
「大した事ない」
タツミの言葉に反論するようにソーマが言って、覚束ない足取りで出撃ゲートに向かおうとする。
「大した事無いわけないだろ」
言いながらリンドウはソーマの腕を掴んで引き留めた。
引き留められて、ソーマは立ち止り逃れようとしながらリンドウを睨む。
だが、その抵抗は弱々しいモノで、片手で掴んでいるだけなのに、振り解けない。
忌々しげに舌打ちをして、ソーマはリンドウを睨んで告げる。
「放せ」
「駄目だ。部屋に戻るぞ」
「俺は――」
「歩けないって言うなら抱えて行ってやってもいいぞ」
「誰がそんな事言った!」
「なら、戻るぞ」
言いながらソーマの腕を掴んだまま歩き出す。
舌打ちして、渋々ながらもソーマもリンドウに従い歩き出した。
途端にタツミの声が響いて、リンドウは足を止めて振り返った。
「ソーマが受けた任務は俺が代わりに行きます」
「大丈夫なのか?」
「防衛班も俺だけじゃないですから」
「悪いな。ああ、そうだ。任務受注し直した方がいいぞ。ソーマの事だ、独りで行くつもりだったんだろう」
了解、というタツミの言葉を聞いて、リンドウはソーマを引っ張ってその場を後にする。
リンドウに引っ張られている状態でもソーマは時折ふらついて、こんな状態で良く任務に行こうと思ったもんだと思う。
それにしても珍しいと、エレベーターに乗り込みながら思う。
二年こうして共にあるが、ソーマが体調を崩した所を見た事がなかった。
もしかしたら、一ヵ月程前のあの事故が原因だろうか。
あの時ソーマも多少は怪我をしていたが、大した事はなかった。
だからあの時の怪我が原因でと言う事はないだろう。
そうだとしたらもっと早くに何らかの症状が出ているはずだ。
それ以上原因が思い当らなくて、リンドウは考えを中断する。
エレベーターが新人区域に着いたのだ。
新人区域でエレベーターを下りる。
規律違反の多いソーマは、未だに階級が上がらず新人区域に部屋があるのだ。
鍵が開くのをまって、部屋の中へと入る。
ベッドの上に神機が乗っているのを見て、リンドウは溜息を吐き出した。
「ちょっとそこに座って待ってろ」
「此処で寝るからいい」
「駄目だ。良いから言う事聞け」
言えば不満そうにリンドウを睨んで、けれど逆らう気力もないのか大人しくソファへと腰を下ろす。
それを見てリンドウはベッドの上にある神機を下ろし始めた。
いくらなんでもソファで寝るのは狭いだろう。
二年前ならまだしも、この二年で背も伸び体格も良くなった。
とは言えまだリンドウより身長は20cm程低いが、まあ14ならばそんなもんだろうと思う。
ベッドの上の神機を全て下ろして、ソファの前に立ち手を差し伸べる。
訝しげに差し伸べられた手を見て、ソーマはその手を取らずに立ち上がった。
そのままベッドへと歩いてく姿を見て、溜息を吐き出す。
体調が悪い時くらい素直に甘えればいいのにと思う。
ずっと傍に居て、他の仲間よりはソーマに近い距離にいたはずだった。
だが、一ヵ月前の事故以降、ソーマはリンドウとも距離を置くようになっている。
もう一度溜息を吐き出して、リンドウはベッドへと近付いた。
「ソーマ、お前そのままで寝苦しくないのか」
「……ああ」
ベッドに横になっているソーマは、フードは外しているものの、任務に出る時のままの格好で。
寝苦しいだろうとは思っても、余りにも体調が悪そうで起こして着替えさせるのも気が引ける。
ベッドに横になったソーマの額に手を当てれば、やはりかなり熱くて。
医務室から薬貰って来た方が良いかと思う。
「ソーマ、ちょっと待ってろ。医務室で薬貰ってくる」
「要らねえ」
「要らねえってお前、そのままって訳にいかないだろ」
「……寝れば、治る」
どう言う事だと思って見れば、眠いのかソーマはうとうととし始めていて。
もしかして、と思い当る。
取り敢えず様子を見てみるかと思い、リンドウはソーマが眠りに落ちるのを待って、ソファへと腰を下ろした。
一時間程経った頃だろうか、寝がえりを打つ音が聞こえ始めて――中々止まないその音を訝しく思う。
立ち上がりベッドへと近付こうとした瞬間、音がしそうな勢いでソーマがベッドの上に半身を起こす。
急ぎ近付けば、髪は汗で濡れ、ソーマは肩で息をしていた。
「くそっ」とソーマが呟くのが聞こえる。
「ソーマ」
名を呼べば、ゆっくりとソーマの視線がベッド脇に立つリンドウへと向けられる。
「お前、この一ヵ月程ずっとそんな状態なんじゃないだろうな」
「……」
「やっぱりそうか。いくらお前でも、一ヵ月も寝不足なら体調崩すのも当然だ」
言いながら、ベッドの端に腰掛ける。
汗で湿った髪を撫でて、リンドウは溜息を吐き出した。
一ヵ月前の出来事を、夢にでも見るのだろうか。
リンドウでさえ、あの日からしばらくは、あの光景を夢に見た事があったくらいだ。
当事者で、しかも自分のせいだと思っているソーマが夢に見るのも、分かる。
「何で言わないんだ」
「言ってどうにかなるもんでもないだろ」
そう言ってだるそうに溜息を吐き出すソーマの身体を引き寄せる。
驚いたのか、ソーマはリンドウの腕の中硬直していた。
だが直ぐに我に返ったのか、逃れようと暴れ始める。
とは言え、熱があるせいで抵抗も弱々しいものだったが。
「悪かった」
抱き締めた状態ままそう告げれば、ぴたりとソーマの抵抗が止む。
「何でお前が謝るんだ」
「気付いてやれなくて、悪かった」
「……」
宥めるように背を軽く叩いてやれば、腕の中のソーマの身体から力が抜ける。
二年ずっと傍に居て、随分とソーマの事を分かったつもりでいたがまだまだだな、とリンドウは思う。
一ヵ月前の出来事だって、ソーマが悪い訳じゃない。
誰が悪いわけでもないのだ、あれは。
周りが勝手にソーマのせいにしているだけで、それに憤ったって良いはずなのに、ソーマ自身も自分のせいだとそれを受け入れてしまっている。
それが分かっていたのに、気付けなかった自分に腹が立った。
別にお前が謝る事じゃねえ、と腕の中から小声で聞こえて来て、リンドウは苦笑する。
そうしてソーマを解放した。
だるそうに息を吐き出すソーマを見て、リンドウは言葉を紡ぐ。
「何かして欲しい事ないか?」
「……任務はいいのか」
「今日休みなんだよ」
「そうか、なら――」
此処に居ろ、と聞こえないくらい小さな声で言って、ソーマは布団に潜り込む。
布団から僅かに覗く銀糸を撫でて、リンドウは了解と告げた。
恐らくは、気付いてやれなかった事をリンドウが気にしているだろうと思って言ったのだろう。
一ヵ月前の事故以来、ソーマはリンドウとあからさまに距離を置いていたのだから。
だがそれでも、それが本当にして欲しい事なんだろうと言う事もまた分かったから。
ソーマが潜った布団を少し持ち上げて、リンドウもその中に入る。
驚いたのかびくりとソーマの身体が揺れて、布団に潜り込んで来たリンドウを見て告げる。
「何するんだ」
「添い寝してやろうかと思ってな」
「っ、誰もそんな事して欲しいなんて言ってねえ」
「まあまあ、良く寝れると思うぞ」
「狭い」
「大丈夫だって、ほら、な」
「――っ、」
しっかりと腕の中に抱き込めば、ソーマが息を呑む。
腕の中から伝わる体温は少し熱くて、けれど決して不快なモノではなかった。
放せ、と言いながら身を捩るソーマをしっかりと抱き締める。
高熱で体力が落ちているせいもあり、抵抗は直ぐに止んで、寝息が聞こえ始める。
今度こそ夢を見て起きる事がないようにと願いながら、抱き締めたままそっと髪を撫でる。
ソーマの手が縋るようにリンドウの服を掴んでいるのが見えて――出来る事なら、起きている時も甘えたり頼ったりして欲しいと思う。
今日が休みで本当に良かったと思いながら、「おやすみ」と小さな声で呟いて、リンドウも目を閉じた。
END
2011/05/18up