■There is not the end

打ち上げが終わって、皆が帰るのを見送る悠を見る。
久保美津雄との戦いから三日が過ぎていた。
その間に何度か顔を合わせているが、特に変わった様子はないように見える。
この三日、陽介はずっと考えていた事があった。


「ん? 陽介。どうしたんだ?」


皆が帰ってもその場に残っている陽介を不思議に思ったのか、悠が声を掛ける。
クマには先に帰るように言った。
残ると言い張ったがそう言う訳にはいかないので、適当に理由をつけて帰らせたのだ。


「……話がある。時間、いいか?」
「ああ。……俺の部屋でいいか」
「ああ」


歩き出す悠の後を、陽介がついて行く。
三日前の出来事を思い出しながら。

久保美津雄が居る場所へと辿り着いた時にはもう既に、シャドウは暴走を始めていた。
陽介達にも何が起こったのか分からなかった。
何か攻撃を受けたようには見えなかったのに、突然悠がその場に膝をついたのだ。
そしてどうしたのかと問う前に、その姿が消えた。
混乱しながらもペルソナを呼び出し、どうにか戦う。
冷静さを欠いた状態だからと言うのもあって苦戦していた。
苦戦していたのは冷静さを欠いていたからだけじゃない。
悠の姿が消えてしまったからだ。
これが他の誰かだったとしても、混乱はしただろうが、ここまでではなかっただろう。
ペルソナが沢山使えるからというだけじゃなく、悠は仲間達の精神的な意味で中心だったから。
その存在がなければ、どうしても不安定になる。
だが、そんな場合ではない。
そう思い陽介は仲間を叱咤し、指示をする。
やっと居場所を特定し、仲間に後を頼み、助ける為にその場に向かったのだ。

あれは、悠が恐怖状態になっていたのだと、りせが言っていた。
白い霧のようなモノで覆われていて何も見えなかったあの空間。
それでも、ここに居る事だけは確かだと手を伸ばして――途端に見えたモノ、聞こえた声に驚いて一度陽介は手を引いてしまったのだ。
静止画が流れて行くように見えて、そして切れ切れに聞こえる自分を含めた仲間の声。
それらはどちらも断片的なもので、けれど内容を理解するのに、それ程時間は掛らなかった。
確かに自分や仲間の声なのに、聞こえてくる内容は自分や仲間の口から発せられたモノとは思えないモノだった。
恐怖状態なのだとしたらあれは、悠が不安に思っている事なのだろう。
それが具現化した空間があの場所だったのだとしたら、手を伸ばした事であいつの不安そのものに触れてしまったと言う事なのだろう。
だからこそ断片的とはいえ見えて、聞こえた。
それは、陽介にも覚えのある感情だったから、直ぐに分かった。
もう一度手を伸ばして「鳴上」と何度も名を呼んだ。
白い霧のようなモノで覆われて何も見えない空間から何も返って来る事はなくて。
見えるモノ、聞こえるモノは断片的とは言え出来れば見たくも聞きたくもないもので。
仲間を、友人を、大切な相棒を、失ってしまう恐怖に囚われた。
焦って「悠」とあいつの名を呼んだのは、意識しての事じゃなかった。
だがその瞬間、白い霧のようなモノが僅かに揺らいだように見えて、だから「悠」と名を呼び続けた。
手を伸ばせと何度も叫んだ。
白い霧のようなモノの向こうに僅かに手が見えた時には、必死にそれを掴んで引っ張り上げた。
掴んだ瞬間、その手の冷たさにぞっとしたが、だからと言ってやっと掴んだ手を離す事もなかった。


「ありがとう。陽介」


そう返されて、ああ助けられたんだと安堵したのだ。
けれど、断片的とはいえ見え、聞こえたモノを忘れる事など出来なくて。
黙っていようかとも思ったのだ。
触れてほしい事じゃない事くらい分かってるから。
だがそれでも、知っていて黙っているのはフェアじゃないし、それに一言どうしても言ってやらなきゃ気が済まない事もある。
だから、この機会を逃す訳にはいかなかった。

部屋に案内されて、飲みモノを取りに行っていた悠が戻って来る。
目の前のテーブルに湯気の出ているマグカップが置かれて、隣に座る気配がした。


「陽介、話って――」
「なあ、悠」
「ん?」
「久保との戦いの時の事、覚えてるよな」
「――ああ」
「お前、あの時自分がどういう状態だったのかはもう、分かってるんだよな」
「……分かってる」
「……見えたし、聞こえた。断片的なモノで、それだけじゃ良く分からない程度のモノだったけど、それでも、見えた」
「……そう、か」


深い溜息を吐きだし、悠はそれだけを言う。
断片的に見えて聞こえたモノから、陽介がほぼ正確に悠が抱えていた不安を理解している事が分かったのだろう。
だから、敢えてそれを言葉にする事はない。


「陽介」
「なくなったりしねぇよ。事件だけの繋がりじゃないって分かるだろ」
「ああ。……俺は、分かってなかったんだ」
「だから――」
「そうじゃなくて。始めてだったんだ。手放したくない、なんて思ったのは」


遠くを見るような目をして言う悠を、陽介は何も言わずにただじっと見つめる。


「学校に行けば普通に話す程度の友人は確かに居た。だけど、転校することになっても、何も思わなかった。こっちに来て誰からも連絡が来なくても、何も思う事はなかったんだ」
「……お前」
「だから、分からなかった。久保との戦いの前、天城が事件が終わったらもう集まる事もなくなるって言って。嫌だって思った。けど、何が嫌なのかも分からなくて。――事件が終わらなければいい、なんて思ってしまった」
「分からなかったって。お前なあ」


思わず呆れたような声が出る。
良く見なければ分からない程度にしか表情は変わらないが、陽介のその言葉に悠が困ったような顔をしたのが見えた。


「本当に、分からなかったんだ。久保との戦いで見せられたモノは幻だったのか、それとも実際に体験した事なのか分からないけど。陽介に助けられて、やっと、分かったんだ。俺は、事件が終わったら皆との関係も終わりになるんじゃないかって思ってて、それを恐れていたんだって――ー」
「終わらねぇよ。事件が終わっても、終わったりしない」


それ以上聞いていられなくて、悠の言葉を遮るように陽介は言う。
真っ直ぐに見て告げた言葉は正しく伝わったようで、悠が微笑んで頷くのが見えた。


「ああ、分かってる」
「お前さ、自分がどれだけ俺達の支えになってるか、分かってないのかよ」
「俺がか?」


不思議そうに、全く分かって居ない様子で言う悠を見て、陽介は溜息を吐く。
ああそうだ、こういう奴だったと思い言葉を紡いだ。


「……ああ、いい。良く分かった。お前そう言う奴だよな」
「?」
「とにかく。不安に思う事があったら言えって。そんな事ねぇって否定してやるからさ」


陽介のその言葉に何故か悠は驚いたような顔をする。
そうして、嬉しそうに笑って、頷いた。
それを見た陽介は、何となく、恥ずかしいような気持ちになって、頭を抱える。
分かってる。こいつが意図してやってる訳じゃない事くらいは嫌って程に。
だが、知り合ってからそろそろ四か月ほどになるが、こんな風に笑ったところは殆ど見た事がないのだ。
なまじ整った顔をした奴なだけに、破壊力が半端ない。
耐性がないのだ。


「陽介? どうしたんだ?」


頭を抱えてしまった陽介に、不思議そうな声が掛る。
言いたい事はある。あるが、きっと言っても無駄だろう。
伊達に相棒はやってない。


「なんでもねぇよ!」
「そっか」
「あー、何か帰るの面倒になってきた」
「泊まって行くか?」
「クマが煩いからな。帰るわ」
「ああ」
「じゃ、またな」


ああ、と答えて、陽介は立ち上がり手を振り部屋を出て行く。
その後を、悠が追いかけるようについて来た。

外まで送ってくれた悠を一度振り返って、陽介は自宅へと向かって歩き出す。
外は多少涼しいとは言え、夏の夜は暑い。
だけど、気分は清々しかった。
以前に少しだけ話を聞いたが、どうやら悠は親の仕事の都合でこれまでも何度も転校を繰り返して来たらしい。
今回だってあいつが此処に居るのは一年だけだ。
仲良くなっても直ぐに別れなければならない。
そんな事を繰り返していれば、どうしたって浅い付き合いしかしなくなるだろう。
悠程じゃないにしろ転校の経験のある陽介にも、それは良く分かる。
転校しても最初のうちは元の学校の友人から連絡はある。
でもそれも最初のうちだけなのだ。
距離が離れれば、友人関係も終わる。
そんな経験は陽介にもある。
ならば最初から、浅い付き合いにとどめておけばいい。そう思うのも仕方がない事だ。
でも、今の仲間達は――相棒とはきっと距離が離れても友人で居られると確信出来るから。

そんな事を考えながら歩いていれば、いつの間にか家へとついていた。
部屋に入れば途端にクマが「遅いクマ!」と言い、何をしていたのか等など聞いてくる。
煩いと思いつつ適当にあしらって、けれどこのクマだってもう、なくてはならない大切な存在だ。
ここへ引っ越してきて良かったと陽介は思う。
恐らくこんな事を思ったのは引っ越してきて始めてかもしれなかった。
だからあいつも、そう思ってくれたらいいと思う。
自分を含め、此処に居るクマや、他の仲間達との関係も、この先続いて行くのだから。
終わる事はないと、それだけは確信出来るから。
終わらないのだと、陽介も改めて実感していた。



END



2012/01/12up