4月14日(木)天気:雨
家に戻り、そのまま自室へと入って、陽介は溜息を吐き出す。
着替えてベッドに座り、そのまま後ろへと倒れた。
天井を見上げて、もう一度溜息を吐き出す。
テレビの中にあんな場所があるなんて、思ってもみなかった
それ以前にテレビの中に入れるなんて、思ってもみなかった。
学校で鳴上にテレビの中に手が入ったと言う話を聞いた時は、夢でも見たんだろうと本気で思っていた。
テレビが小さくて中には入れなかった等と真顔で言うもんだから、大きなテレビで試してみようと言う話になったが、本当に入れるなんて思ってなかったのだ。
放課後、ジュネスの家電売り場に里中と鳴上と共に行って、テレビに鳴上の手が刺さってるのを見た時には本当に驚いた。
実際にテレビの中に入るという体験をしてしまった今、嘘だとも夢だとも思わない。
誰に言っても信じないだろうけれど。
そう言えば鳴上は何故自分達にテレビの中に手が入った等と言ったのか。
信じるはずがないと思わなかったのか。
それとも、出会ったばかりだというのに、それ程までに自分達を信じているのか。
流石にそれはないだろうと、陽介は思う。
ならばどうして、と思うが、それに対する答えは出そうになかった。

半身を起して、じっとテレビを見つめる。
立ち上がり近付いて、そっと画面に触れてみた。
けれど、陽介の手がテレビの中に入る事はない。
だが、それでも確かに陽介はテレビの中に入ったのだ。
テレビの中の世界は霧が掛っていて、その上、クマとかいう妙な生きモノにもあった。
鳴上はいつの間にか眼鏡を掛けていて、どうやらそれはクマから貰ったらしく、眼鏡を掛けると霧が晴れて見えるそうだ。
しかもテレビの中で鳴上は、ペルソナという力を手に入れていた。
あれはテレビの中に入れる力を持つ鳴上だからこそ、得られた力なのか。
分からないが、鳴上のあの力がなかったら今頃自分達はどうなっていたのだろうか。
得たばかりの力を、ペルソナを自在に操り、そのお陰で陽介達は助かった。
テレビの中の世界の事を知ってそうなクマを見つけて、どうにかこっちの世界に戻って来たのだ。
それにしても、ペルソナとは一体何なのか、何故テレビの中に入れたのか。
テレビの中に広がっていた、霧が掛るあの場所は一体何なのか。
分からないが、テレビの中に入る等と言う経験はもうする事はないだろう――そう、思っていたのだ、この時は。

午前0時になったと同時に、消えていたはずのテレビに映像が映る。
それを見て陽介は驚いたように目を見開いた。

「小西先輩……」

見間違えるはずなんてない。
映っていたのは間違いなく、小西早紀だった。
雨の日の午前0時に消えているテレビを見ていると映る、マヨナカテレビ。
そこに映った相手が、運命の相手。
それが本当ならば、こんなに嬉しい事はない。
八十稲羽に引っ越してきて、ずっと他人と一定の距離を置いて接してきた。
元々そういう性質だった。
だが、八十稲羽に来て、ジュネスの店長の息子と言うだけで、向けられる視線や陰口にうんざりし、余計に人と一定の距離を置くようになった。
最初は、向けられる視線や蔭口に、傷付いてもいたけれど、それも月日が経てば気にしないで居られるようにもなった。
全く気にならない訳じゃないけれど、それでも見ない振り、聞かない振りは出来るようになった。
そんな中、陽介に普通に接してくれたのが、小西早紀だった。
商店街にある小西酒店の娘であるにも関わらず、だ。
商店街の人達には特に良く思われてない。
ジュネスが出来たお陰で商店街が寂れたからだ。
それ以外にも、店長の息子と言うだけで近付いてくる者もいる。
そんな中に居れば、簡単に人を信じる事が出来なくなっても仕方がないだろう。

既に消えてしまったテレビを、陽介はじっと眺める。
マヨナカテレビに映ったのは、間違いなく小西先輩だった。
里中に話を聞いた時には、馬鹿馬鹿しいと思ったが、今は信じたい気分だった。

ごろりと再びベッドに横になる。
マヨナカテレビに映った相手が運命の相手だって、今だけは信じたい気分だった。
そう言えば、あいつって落ち着いてるというか妙な度胸があるというか――そんな風に思い出したのは、転校してきたばかりの鳴上悠。
陽介がテレビの中の世界なんてものを知る羽目になった元凶だ。
ジュネスの家電売り場で、テレビの中に手を入れて「もっと中に入れるかも」なんて平然と言って、探るような仕草をしていたのを思い出す。
不思議な奴だな、というのが陽介の、鳴上悠に対する第一印象だった。
転校してきたばかりだからなのかもしれないが、無口で表情も殆ど変らない。
何を考えているのか良く分からないが、何となく悪い奴ではないんだろうなとは思っていた。

雨の音を聞きながら、目を閉じる。
本当に色々あったなと思いながら、陽介は眠りへと落ちていった。



END



2012/02/12up