4月15日(木)天気:雨
花村と別れて、悠は一人堂島家へと向かって歩いていた。
少し前まで降っていた雨もすっかり止み、傘を閉じ空を見上げて思わず立ち止まる。
振り返れば、既に花村の姿はそこにはない。
自分以外の誰もいない静かな場所。
つい最近まで居た場所とは全然違うこの町に戸惑う。
戸惑いの理由は恐らくそれだけじゃないだろうけれど。
どうせここ、稲羽には一年しかいないのに、何をやっているのかと思う。
誰とも深く関わるつもりなんてない。
ずっとそうして来たじゃないかと思う。
なのに何故自ら関わるような事をしているのか。
離れてしまえば、ここで得たものなんて、全部なくなってしまうのに。
そんな事嫌って程分かっているはずなのに。
それなのに何故放っておけなかったのか。
何故関わってしまったのか。
自分でも良く分からなかった。
子供の頃から両親の仕事の関係で転校の繰り返しで。
長くて三年、短い時は今回のように一年で転校する事が当たり前だった。
せっかく出来た友人と別れるのが寂しくて悲しくて。
「連絡するから」「また会おう」そんな約束を交わして――けれど、それが守られた事など一度だってなかった。
最初のうちは来ていたメールも電話も、月日が経つにつれて減って行き、そしてなくなる。
そんな事を何度か繰り返せば嫌でも分かる。
友達だなんて言ってても、離れてしまえば終わりなのだと。
それならば、最初から深く関わらない方がいいと気付くまでにそれ程の時間は掛らなかったように思う。
その方が痛みは少ないのだ。
そして――誰とも深く関わらないように、一定の距離を置いて付き合うようになっていた。
手にしてから無くすくらいなら、最初から手にしない方がいい。
独りに慣れるまでにはそれ程時間は掛らなかった。
学校で誰かに話掛けられれば普通に答えるが、悠から話掛ける事はまずない。
いつからかそんな日々を送って来て、今回もここ、稲羽で過ごす一年は今までと変わらない日々を送る予定だった。
それなのに。
テレビの中に入るという花村に対し、何故「一緒に行く」などと言ったのか。
自分でも良く分からない。
その上テレビの中で会ったクマと「テレビの中に人を入れている犯人を捜す」と約束までしてしまった。
可哀相だと思ったのは本当だ。
テレビの中の世界、ペルソナ、シャドウ。
自分で経験した事じゃなかったら、到底信じられない様な出来事。
驚きはしたが、それだけだった。
驚いたと言えば、花村のシャドウだろうか。
シャドウの言葉が花村の本音だとしても、それに関して悠が何かを思う事はない。
何故ならば、花村陽介という人間がどういう奴なのかさえも、まだ良く分からないから。
ただ、花村の小西先輩への想いが本物だと言う事くらいは、付き合いの浅い悠にも分かった。
だからあの時ああ言っただけで――「お前と一緒なら」そう言われるような事をした覚えも言った覚えもない。
それでも、差し出された手を拒む事など出来なかった。
嫌だと思った訳ではない。困るとは思ったけれど。
とにかく、色々あった一日だった。
今日の出来事を思い出し溜息を零して、悠は堂島家へと向かって歩き出す。
花村と共にテレビの中に人を入れている犯人を捜す事になってしまった以上は、やるしかないだろう。
約束した以上、やるつもりではいる。
犯人を捜す――そんな目的があるからこその仲間。
犯人捜しをしている間だけの、関係。
決して深入りしないようにそう自分に言い聞かせながら、茜色に染まった景色の中を歩く。
家に帰れば恐らくは従妹の菜々子が居るだろう。
それにまだ慣れない。
どう接すればいいのかも良く分からない。
「おかえり」「ただいま」というやり取りにも、慣れなかった。
ただそれでも、菜々子の事は放っておけない。
菜々子の寂しさも、どれ程我慢しているのかも良く分かる。
悠と菜々子は境遇が似ているのだ。
だから、放っておけない。
またきっと、今日も二人で夕飯なんだろう。
誰かと一緒に夕食を摂るなんて事は本当に久しぶりで……慣れない。
何を話せばいいだろうかと考えながら、堂島家へ向かって歩く。
見慣れない景色、慣れない日常。
まだ、全ては始まったばかり。
END
2012/04/12up