■ありがとう

2月14日。
バレンタイン当日。
朝からそわそわする、特捜隊の女子達。
彼女たちの目的は明らかに鳴上だ。
当の本人は気付いているのかいないのか、普段と何も変わらないが。

そんなこんなで、どことなく様子の可笑しい特捜隊女子達が行動を起こすことなく放課後を迎える。
帰り支度をする鳴上の元へと一番最初に現れたのは、完二だった。

「先輩、今日時間ありますか」
「悪い。今日はあまりゆっくりしてられないんだ。菜々子と夕食を作る約束してるからな。買い物にも一緒に行かないといけないし」
「そういう事なら仕方ないっすね」
「何お前、今日菜々子ちゃんと夕食作るの?」

二人の会話を聞いていた陽介が、そう問う。

「ああ。何か欲しいものあるか聞いたら、一緒に夕食を作りたいって言ったからな」

そう言った鳴上は嬉しそうで。
そりゃあなあ、可愛い菜々子ちゃんにそんな事言われたら、嬉しいのは分かる。
分かるが、今日がバレンタインだと忘れてないか、こいつ。
そわそわしている女子達に全く気付いてないのか、気付いていて普段通りなのか、分からない。
特捜隊の女子だけじゃないのだ。
クラスメイトやら、他のクラスの女子やら、後輩やら。
やたらと鳴上の様子を伺う女子が、今日は朝から多い。
元々注目を集める奴だが、今日はいつも以上だ。
まあでも、相手が菜々子ちゃんじゃあ、分が悪いよな、と陽介は思う。
同じように思ったらしい完二と目が合い、こっそりと溜息を吐き出した。

「チョコレート配ってる?」

途端に聞こえてきた、聞きなれた声に、陽介と完二はとうとう来たかと思う。
やはり一番最初に仕掛けてきたのは、りせだった。
千枝や雪子、陽介に完二にチョコを配って、待ってるから! と鳴上に告げて帰って行く。
その後直斗が現れて、連絡すると告げて去って行った。
その後は、雪子、千枝と続き、特捜隊の女子四人が立て続けに鳴上に待ってるから、と告げて去っていき、嵐が去ったようだと陽介は思っていた。

「なあ、鳴上。お前どうすんの?」
「どうするって、何が」
「……何がって、なあ」
「俺に振らないで下さいよ」

思わず完二に助けを求めれば、そんなことを言われてしまう。
だって、なあ。
誰を選ぶのか、なんて流石に聞けないし、かと言って気になるのだ。
まあだが、特捜隊女子の面々の料理の腕前は壊滅的で、大丈夫そうなのは直斗だけだ。
手作りのチョコレートなんてものを持って来ていたら……それはそれで大変な事になる。

「……お前、大変だな」

そう言えば、苦笑が返ってくる。
大変だとは思うが、羨ましいとも思う。

「ま、俺も貰うアテあるからいいけど」

思わずそう言えば、とんでもない言葉が鳴上から発せられた。

「持ってきてないぞ」
「アテにしてねーよ!」

何故、鳴上から今日チョコレートをもらえる期待をしなければならないのか。
それはそれで、ちょっと悲しい。
いや、もらえるなら貰うけど……。

反射的にそう返せば、何故か鳴上は可笑しそうに笑う。
そんな風に笑う姿を、特捜隊の面々でもあまり見たことがないのだから、他の奴らにとっては相当珍しいんだろう。
珍しいものを見たと言わんばかりの視線が鳴上に注がれる。
鳴上自身は全く気付いてないが。

「ほら、完二」

唐突に何かを取り出した鳴上が、完二に手渡す。

「なんすか、これ」
「甘いもの好きなんだろ?……完二にはいつも助けて貰ってるからな。ありがとう、感謝してる」
「へ? は? い、いやその、助けて貰ってるのは俺の方っすよ!」
「本当に感謝してるんだ。俺一人では、戦えなかったからな」

TVの中の世界での話だろう。
いくつものペルソナを扱える鳴上なら、一人でも戦える気はするが。
だが、鳴上の言葉が本心からのモノだというのもまた、分かった。
それは完二にも伝わったのだろう。
鳴上に心酔していると言っていい完二は、手渡されたモノを、ただじっと見つめていた。

「もしかして先輩。これ、手作りっすか?」
「ああ、そうだけど」
「……何で俺に?」
「だから、感謝してるって言っただろ」
「……」

無言で頭を下げる完二。
嬉しいんだろうな……ってか俺には?

「さて、待ってると言われたばかりだし、渡しに行ってくるよ」
「ちょっと待てって。鳴上さん、俺には?」
「要らないんだろ?」

笑いながらそんなことを言われる。

「持ってきてないって言ったからだって!」
「分かってるよ。……陽介、ありがとう。お前が居るから、俺は無茶出来る」
「自覚あったのか……」

渡されたチョコレートだと思われるものを受け取りながらそんなことを思う。
無茶してる自覚はないのだと思っていた。

「いや、ないな。陽介や完二がいつも言うから、そうなんだろうと思っただけだ」
「あー、やっぱり」
「ですよね……」

はあ、と思わず完二と顔を見合わせて互いに溜息を吐き出す。
いつだって無茶をするこいつに、何度言ってきただろうか。
完二も度々言っていたらしいが、結局最後まで直らなかった。
自分を顧みないというか、自分の事は後回しと言うか。
そんなところがこいつはある。
鳴上の隣で戦いながら、はらはらした事は何度もあった。
非日常的な出来事を、思い出す。
苦い思い出もたくさんあるが、それでも鳴上に、仲間に会えたのだから、良かったと思う。
かけがえのないものを、手にしたのだから。

「さて、それじゃあ渡しに行ってくる。ああそうだ、陽介」
「ん? なんだ」
「クマは今日ジュネスにいるよな」
「ああ、忙しいからな、今日は」
「後で買い物に行った時、ちょっとクマと話したいんだが、いいか」
「お前、クマにも渡すのか」
「ああ」
「少しくらいなら問題ないだろ」
「分かった。それじゃあ」

そう言って、軽く手を挙げて、鳴上は去っていく。
それを見送って、もう一度溜息を吐き出した。

「なあ、完二。どうなると思う」
「知りませんよ。ってか、俺も先輩に渡せば良かった」
「お前な……ホワイトデーにお返しすればいいだろ」
「そうか、その手があったか」

何にしようかと考え始める完二を見て、陽介は溜息を吐き出した。
鳴上に本命のチョコレートを渡すつもりの特捜隊女子達は、まさか逆に鳴上から渡されるとは思ってないだろう。
鳴上のあれは、感謝の気持ちのものらしいが……一体どうなることやら。
あいつの本命は誰なんだろうな。
特捜隊の女子以外にも、部活の女子とも噂がある。
その他に、海老原あいとも噂がある。
だから、あいつの本命が特捜隊女子の中に居るとは限らないのだ。
付き合ってるらしいという噂だけでも結構な数がある。
その他に、一緒に居たところを見た、なんてのを合わせたらもう、凄い数になるのだ。
あいつの本命は誰か、なんて考えると、もやもやとした気分になるのは何故なんだろうか。
そんなことを思っていると、陽介を呼ぶ声が響いた。

「陽介!」

教室の入り口辺りから呼ぶ声が聞こえ、驚く。
ちょうど鳴上の事をあれこれ考えていた時だったから、尚更だ。
鳴上が僅かに息を切らしながら近づいてくる。
走って来たらしいが、忘れものか?

「どうしたんだ?」
「一か月後、期待してる」

微かに笑って、そんなことを告げて去っていく。
一か月後――ホワイトデーか! と思い当たるまでに、結構な時間が掛かった。

「……三倍返しってやつか、もしかして」
「そうなんじゃないっすか」
「お前、他人事だな」
「俺は、ちゃんとお返しするつもりだったんで。……一か月後。もう直ぐ先輩、帰っちゃうのか」
「そうだな」
「だから、感謝の気持ちを込めて渡したかったんすよ、本当は。ありがとう、なんて俺の方が言いたいのに」
「一か月後に言えばいいだろ、期待してるらしいからな」
「だからそれは、花村先輩だけでしょ」
「お前には言わなくても大丈夫だと思ったんだろ」
「当たり前っすよ!」

元気良くそう言って、帰って行く完二を見送って、陽介も教室を後にした。

一か月後はホワイトデーだが、……三月だ。
三月、鳴上が都会に帰る月。
忘れていたわけじゃない。
さっき完二も言っていたし、覚えているというより忘れられるはずがない。
ただ、意図的に意識の端へと追いやっていただけだ。
鮫川の河川敷から、川を眺める。
辺りは薄らと白くなっていて、寒いせいもあって、ここには陽介以外の誰も居ない。
あと、一か月程しかないのだ。
鳴上と過ごせるのは。
ホワイトデーは恐らく、鳴上と過ごす最後のイベントとなるだろう。
その時が来なければいいと思う。
このまま時が止まってしまえば、と。
鳴上がこの町から居なくなる日なんて、考えたくない。
ずっとここに居てほしい、そう思う。
そんな事無理なのは分かっているが。

ならば――あいつが驚くようなものを返してやろうと思う。
ありがとう、という感謝の言葉と共に。

さてと、帰るか、と思い歩き出せば途端に携帯が鳴る。
親からの着信で――出れば、忙しいんだから早く帰ってきて手伝え、との事。
分かってるよ、と思い、ジュネスへと向かって歩き出した。

ジュネスへとついてアルバイトをするために店へと出れば、ちょうど鳴上が菜々子ちゃんと共に買い物に来たところらしく。
クマと話をしているのが見えた。
近づけば、途端にクマの「センセイ」という声が聞こえて来て、クマが鳴上に飛びつくのが見える。
クマも鳴上から貰ったのだろうと分かった。
飛びついてきたクマを平然と受け止めて、鳴上はクマの頭なんで撫でてやっている。
あいつにとってクマは、菜々子ちゃんと同じようなものなんだろう。
確かにクマの精神年齢は、菜々子ちゃんと同じくらいか幼いくらいだ。
とは言え、菜々子ちゃん程可愛くないけどな、と陽介は思う。
鳴上にとっても菜々子ちゃんは別格だろうが。

「あ、陽介お兄ちゃん」

陽介に気付いた菜々子が、そう言う。
その声で、鳴上と鳴上に抱きついたままのクマが、陽介へと視線を向けた。

「陽介。これからバイトか?」
「ああ。……悪いな、鳴上。クマ、いい加減離れろ。仕事しろ」
「いや、構わない」
「センセイはお優しいクマね」
「調子に乗るな。仕事中だろ」

そう言って、陽介は鳴上からクマを引きはがす。
騒ぐクマを何とか黙らせて、仕事に戻らせた。
はあ、と溜息が出る。

「お疲れ」
「本当にな。俺も、仕事に戻るわ、じゃあな、鳴上」
「ああ、また明日」
「ばいばい」

そういって手を振り去っていく菜々子ちゃんを見送る。
手をつなぎ、時折顔を見合わせて楽しそうに話す鳴上と菜々子ちゃんを、しばらくの間見送っていた。
仲の良い兄妹の姿を見られるのも、あと少し。

一か月後には今度は俺から「ありがとう」と言おう。
あいつに出会えた事を、本当に感謝しているのだから。
そう思いながら。



END



2013/01/26up