■聖夜の贈り物
自室の窓から外を眺める。
12月24日の今日、昼前から降り出した雪は、八十稲羽の町をすっかりと白く染め上げていた。
そろそろ夜と言っていい時間。
降り積もる雪のお陰で、今日はやけに静かだった。
僅かな物音さえも、空から落ちて来る雪に吸い取られてしまうのか、しんしんと降る雪の音が聞こえそうだ。
雪のお陰で明るく見える外を、ぼーっと眺める。
こんな日は、どうしたってあいつの事を思い出す。
まあ、忘れた事なんて一度もないのだが。
昨年この町で起きた事件。
陽介と仲間達はその事件を追い、解決した。
そんな彼等のリーダーであり、陽介の相棒の鳴上悠。
雪を見ると鳴上を思い出すのは、あの事件に菜々子ちゃんが巻き込まれ、色々あったあの時、雪が降っていたからだ。
生田目の話を聞き、菜々子ちゃんが助かったあの後。
それぞれが自宅へと帰るその時、雪が降っていたのだ。
後であいつから聞いた話だが、空から落ちて来る雪を眺め、あいつは独り、本当にこれで良かったのかと思っていたそうだ。
生田目をテレビへと落そうと言った陽介達を止めたことは、本当に正しかったのか、と。
事件の本当の犯人は生田目じゃなく別に居たけれど。
でも、菜々子ちゃんを危険な目に合せたのは、間違いなく生田目だ。
その事実は変わらない。
だから、本当は――俺もあいつをテレビに落したいと思った。
雪の降る日に、普段とは様子の違う鳴上が漏らした本音。
たった一度だけ聞いた、あいつの本心だった。
菜々子ちゃんのあの事件以来、雪の日のあいつは、普段と少しだけ様子が違う。
だからあれ以来、雪が降ると陽介はどうしても鳴上を思い出すのだ。
今こんな風に雪を眺めているのは、鳴上がいる場所も、今日は雪が降るかもしれないなんて言っていたせいだ。
事件を追っていたあの日々以来、天気を確認するのが日課になってしまっている。
そして、何故か鳴上が今居る場所の天気も確認してしまうのだ。
「大丈夫かな、鳴上」
降り積もる雪を眺めながら、思わず呟く。
途端に鳴り響く携帯の音に驚き、妙な声を上げてしまった。
携帯の画面に表示されている名前を見て、更に驚く。
鳴上悠。――そう、たった今思い出していた相棒からの電話だった。
「……陽介」
電話に出た途端聞こえてきた声は、やはりいつもの鳴上らしくない。
とは言え、僅かな変化でしかないから、気付く奴は殆ど居ないだろう。
いつだって冷静にしか見えないのだ。
そんなはずがないのに、あの時陽介でさえそう思ったくらいに、鳴上は感情を表に出さない。
特に負の感情を表に出すことはまずない。
ほんの僅かな変化を読み取るしかないのだ。
そんな状態で一年共に過ごしたからか、陽介は鳴上のそう言った感情の変化に気付く事が出来る。
だからこそ、出来る事ならば今すぐあいつの住む街へと行きたいと思っていた。
行ったからと言って何が出来る訳じゃないけれど、それでも、こんな状態の鳴上を独りにしておきたくはなかった。
まあ、今から行くのは無理なんだけど。
だからという訳でもないが、出来る限り明るく言葉を紡ぐ。
「お前今日クリスマスだってのに、女の子に誘われなかったのか?」
「……断った」
まあ、鳴上が誘われない訳がないとは思っていたけれど、そうはっきり言われると何とも言えない気分になる。
そう言うお前はどうなんだ。――いつもの鳴上なら言うだろう言葉がない事に、やはり様子がおかしいと思う。
天気予報通り向こうも雪なのかと思った途端続いた言葉に、陽介は驚く。
「今、八十稲羽に居る」
「――はあ?」
八十稲羽に、居る?
「正確には、夕方にはこっちに居た」
「いや、そんな事はどうでもいい。今どこに居る?」
「……商店街」
「そこに居ろよ。今から行くから」
陽介。と焦ったような声が聞こえてきたが、無視して電話を切る。
何してるんだと思いながら、陽介は上着を羽織急ぎ外へと出た。
鳴上の予想外の行動は、多分雪のせいだ。
しんしんと降る雪の中、独り空を見上げて立ち尽くす鳴上の姿が浮かぶ。
それは一年前のあの時の光景そのままで――早く、と思い陽介は商店街に向かう。
こんな雪の中、鳴上を独りにしておくのは嫌だった。
恐らくは、あの時の事を陽介自身が後悔しているからだろう。
あの時、一番辛かったのは間違いなく鳴上だ。
それなのに、俺は――。
何故あの時、鳴上の事を考えてやれなかったのか。
それは、何度も思ったこと。
けれど今更どうにもならない事だった。
過ぎてしまった時を戻すことは出来ない。
だからせめて、鳴上が陽介を必要としてくれるなら、傍に居たいと思う。
いや、必要とされなくても、傍に居たいと思っていた。
商店街へと辿り着けば、直ぐにその存在は見つかる。
思った通り、鳴上は空を見上げて立ち尽くしていた。
それはあまりにもあの日のままで――思わず陽介は立ち止まる。
頭と肩に薄らと雪が積もっているところを見ると、それなりの時間鳴上はああして立ち尽くしているんだろう。
何を思っているのか、なんて聞かなくても分かる。
あの日へと思いを馳せているのだろう。
菜々子ちゃんがあんな目にあったのは自分のせいだと、鳴上はそう言っていたから。
だからこそ、あいつは雪が苦手になり、こんな風におかしな行動を取るのだ。
しばらくその光景を眺めてから、陽介は近づく。
近づいてくる気配に気づいたのか、鳴上の視線が空から陽介へと向けられた。
こんな雪の日に鳴上を独りにしたくないと思ってここまで来たけれど。
それ以上に、会いたいとも思っていたのだ。
受験を控えている為、しばらくの間会っていない。
こんな風に会うのは本当に久しぶりだった。
この雪はもしかしたら、プレゼントなんじゃないかと思う。
だって今日はクリスマスだ。
聖夜に鳴上と会うというのもどうかと思うが、そう言えば去年もクリスマスは鳴上と完二と過ごしたなと思い出す。
何人かの女子生徒から誘われて困った鳴上が、陽介と完二を誘ったのだ。
それを口実に、女子生徒からのクリスマスの誘いを断ったらしい。
そんな事を思い出し笑えば、不機嫌そうな視線を向けられる。
「もしかして、機嫌悪い?」
「当たり前だ。電話を切る前に人の話を聞け」
お陰でこんな雪の中待つ羽目になっただろうと鳴上は言う。
そうじゃなくても、雪の中立ち尽くしていたくせにと思うが、それを口に出すことはしない。
まだお互いに過去に出来ていない事柄を、わざわざ持ち出す必要はないのだから。
「そんな事より、お前来るなら先に連絡しろよ」
「突然思い立って来たからな、仕方ないだろう」
そう言う鳴上は、普段と変わらないようにしか見えない。
だが、突然思い立って来ること自体も普通じゃないし、何よりも、稲羽に来て鳴上が堂島家へと顔を出さない事などあり得ないのだ。
鳴上が来るのを、菜々子ちゃんが待っているから。
だから、必ず連絡をしてから来るし、来たらまず堂島家へと顔を出す。
それが、鳴上が稲羽へと来る時のいつもの行動だった。
――まあ、まだ一年しか経ってないからな、と陽介は思う。
陽介だって、雪を見れば思い出すのだ。
あの時の事と、そして鳴上の事を。
それと共に、後悔の念も湧き上がる。
そんな陽介の感情に気付いたのか、鳴上は再び落ちて来る雪を眺めて、言葉を紡ぐ。
「こっちは、雪が凄いな」
「そっちも雪降ってたのか?」
「ああ、こんなに凄くはないけどな」
「ホワイトクリスマスって奴だな」
「……陽介は相変わらずだな」
「なんだよ」
「……俺は、雪かきが大変だなとしか思わなかった」
「……お前も相変わらずだな」
そう言って笑い合う。
一年程前までは当たり前だったはず事なのに、懐かしいと思っていた。
ずっと続けばいいと願っていた日常。
一年と言う期間限定だと分かっていても、願わずにはいられなかったほど、あの日々は楽しかった。
辛いことも確かに多かったけれど、それでも、楽しかったと言い切れる。
だが、取り敢えず今は、これからどうするか、だ。
「で? どうするんだ?」
そう問えば、鳴上は少し考えて言葉を紡ぐ。
「流石にこれから帰るのは無理、だな」
「電車ないからな。……うちに来るか?」
「いいのか?」
「当たり前だろ」
そう言えば、鳴上がほっとしたように小さく息を吐き出した。
菜々子ちゃんの事も、堂島家の事も話題に出さない。
それがどれだけ不自然なことかお互いに分かっていながら、それに気付かない振りをして。
過去の出来事にしてしまうにはまだ、時間が足りないから。
いつの日か笑って話せるようになる日が来るまで――。
それまでは、この雪も、こうして会えたことも何もかもが、聖夜の贈り物。
そう、思う事にしよう。
雪を見ると辛い事を思い出すが、それでも、会えた事は素直に嬉しいと思えるから。
しんしんと降る雪はやむ気配がない。
辺りを白く染め上げる雪の中、二人は陽介の家へと向かう。
他愛のない話をしながら――あの日々へと思いを馳せて。
END
2013/12/25up : 紅希