■聖夜

仕事が一段落し、伸びをして時間を確認する。
19時を少し回ったところで、もう職場内に残っている人はほとんど居なかった。
それもそうだろう。
今日は12月24日。クリスマスイブだ。
定時である17時少し前からそわそわと落ち着きない者達は何人も居た。
同じ仕事をしている同僚は、陽介に謝りながらも急ぎ帰って行った。
残っているのは陽介と、上司数人だけだ。

「花村くんは帰らなくていいの?」

殆ど人の居なくなった職場内にまだ残っていた女性の上司がそう問う。

「予定ないですから」
「彼女居るんじゃなかったっけ」
「あー、相手も仕事なんですよ」

彼女、ではないけれど。
そう心の中で付け加える。
数日前、鳴上にクリスマスの予定を聞いたところ、仕事だと返ってきたのだ。
まあ、陽介も仕事なので、お互い様なのだが。
そして恐らく、陽介より鳴上の方が帰りは遅いだろう。
学生だった間は、共通の友人と共にクリスマスを口実に皆で騒いだりもしたが、互いに仕事をするようになってから、クリスマスに特別何かをしたという記憶がない。
友人であった頃も含めると、共に在る時間が長すぎるのか、特別に何かしなくても、普段と変わらない日を過ごせればそれでいい。
共にさえ在れればそれで――そう思うのだ。

それでも、出来るだけ早く帰るようにと上司に言われ、19時30分過ぎに職場を出る。
せっかくいつもより早く帰れたのだから、少しだけ遠回りして少しいい酒でも買って帰ろうと歩き出す。
いつもと変わらない日常を、少しだけ特別なものにする為に。

共に暮らすアパートに着き、鍵を開け中に入る。

「おかえり」

途端に聞こえてきた声に、陽介は驚き固まった。
玄関の扉が開く音がしたにもかかわらず、一向に中に入ってこない事を怪訝に思ったのか鳴上が玄関へと来る。

「陽介、どうしたんだ?」
「え? あ、いや。お前、なんでこんな早いんだよ」

そう問えば、鳴上は何も答えずに微かに笑う。
そのまま中へと戻っていく鳴上を追って、陽介も中に入る。
いい匂いがすると思い食卓を見れば、いつもより少しだけ豪華な食事が並べられていた。

「手を洗って着替えてこい」

子供にでも言い聞かせるように言われ、けれど言い返す気にもなれずに、陽介は手に持っていた普段なら選ぶことのない赤ワインを鳴上に手渡す。
陽介が買ってくると思ったから酒は買わなかったと言う鳴上の声を聞きながら、陽介は自室へと向かった。

少しだけ豪華な食事と、普段は飲むことのない赤ワイン。
クリスマスツリーもイルミネーションもないけれど、こんなクリスマスもいいと陽介は思う。
学生の頃のように騒ぐでもなく、二人で普段は絶対に行かないような所で食事をする訳でもない。
二人だけで過ごす、少しだけ特別な夜――聖夜。
日常の延長のような、少しだけ特別な夜は。
変わらない当たり前の日常の大切さを知っている二人だからこそ、なのかもしれない。
穏やかに、少しだけ特別な夜が、過ぎていく。
思い出すのは、二人が出会った高校の頃のクリスマス。
鳴上に誘われて、陽介と完二とクマと共に過ごした日。
楽しかったけれど、一つだけ疑問に思っていたことがあった。

「なあ、鳴上」
「なんだ?」
「高校の時、完二やクマとクリスマスやっただろ?」
「ああ、そうだったな」
「お前、誰にも誘われなかったのか?」

ずっと疑問だったのだ。
当時、鳴上とクリスマスを過ごしたいと思っていた女子は、それなりに居たはずだ。
特捜隊の女子も、そうだろう。
それ以外にも、何人か思い当たる人物が居る。
それにも関わらず、鳴上は陽介達とクリスマスを過ごしたのだ。

「……」

無言で鳴上はグラスを煽る。
赤ワインが終わり、鳴上は立ち上がり冷蔵庫から缶ビールを何本か持ってくる。
それを開けて飲み、けれど何も言わない。

「気になってたんだよ、ずっと」
「なんで今更そんなこと聞くんだ」
「だから、気になってたって言っただろ。あの時は聞くタイミングがなかったからな」
「――誘われた」
「誰に!?」
「それはいいだろう」
「……まあ大体予想はつくけどな」
「……」
「で? 誘われたのになんで俺達とクリスマス過ごしたんだよ」

陽介の問いに、鳴上は少し考えて、ゆっくりと言葉を紡いだ。

「――最初は、誰とも深く関わるつもりはなかった」

一年しかいないって分かってたからな。
そう続けられた言葉に、陽介は何も言わない。
缶ビールを開けて飲んで、黙って先を促した。

事件に巻き込まれ陽介達と関わるようになって。
彼等との関係を、終わらせたくないと思った。
この地を去った後も、ずっと――そう、願ってしまったから。

そう、鳴上は言う。
変わらないものなどないと言う事を、鳴上は良く知っていた。
子供の頃から親の仕事の都合で転校を繰り返していて、ずっと友達でいようと、また会おうと何度も約束をした。
けれどその約束が守られることは、なかった。
仕方がないということは分かる。
けれど子供だったあの頃、そのことに少なからず傷ついたのだ。

そんな事を繰り返して、結果どこへ行っても鳴上は誰とも深く関わることはなくなったと言う。
それは、傷つかないために、自分を守るために必要な事だったんだろう。
けれど稲羽では、事件に巻き込まれたため、陽介達と関わらない訳にはいかなかった。
そうして手にした関係を、失くしたくなかったのだ。
もう一度だけ、信じてみたくなったのだと、鳴上は笑う。
陽介と鳴上の関係は変わったが、共に在ることは変わらなかった。
そしてきっとこれからも。

恐らく特捜隊の女子皆から誘われたのだろう。
誰かの誘いを受ければ、どうしたって今まで通りではいられない。
それに、陽介達と過ごしたかったのだと鳴上は言う。
あんな風にクリスマスを過ごしたのは、随分久しぶりで楽しかったと笑う。
楽しかったのなら良かったと、陽介は思っていた。
陽介も、楽しかったと思っていたから。
あの日々があったからこそ、今がある。

「鳴上、お前飲み過ぎ。明日も仕事だろ」

気づけば、鳴上の前には結構な量の空き缶があって、顔も赤くなっている。
酒に強い鳴上が酔ったのは、昔話をしたからだろうか。

「二日酔いにはならないから、心配するな」
「一度くらい、二日酔いを経験してみろ」

陽介の言葉に微かに笑って、鳴上はビールを飲み干し、新しい缶を開ける。
それを見て、負けじと、陽介も新しい缶を開けた。

少しだけ特別な夜が終わり、変わらない日常へと戻っていく。
これからも、変わらない日常を、ずっと共にと願う。
変わらないものなどないと、当たり前の日常の大切さを知っているからこその、願い。



END



2014/12/25up : 紅希