■さよならなんかは言わせない

3月20日。
イザナミを倒し、テレビの中の霧も晴れ、特別捜査隊の面々はテレビの外へと戻る。
外は既に、陽が落ち、暗くなっていた。
帰っていく仲間を見送って、けれど陽介は帰る気にはなれなくて。
仲間の姿が完全に見えなくなっても、店の入り口付近に立ち尽くしたままだった。
鳴上が堂島家で過ごす最後の夜。
陽介も早くこの場から立ち去り、出来るだけ早く鳴上を家に帰さなければとは思うが、最後だからこそ、中々その場を動く気になれない。
明日以降、自分の隣にこうして鳴上が立つことは、なくなる。
もう二度と会えない訳じゃないけれど、今までのように毎日顔を合わせることはなくなる。
明日皆で鳴上を見送る予定で、だから明日また会える。
けれど、それが最後なのだと思えば、動くことが出来なくて、それが分かっているのか、鳴上は何も言わずに陽介の隣に立っていた。
とは言え、店の入り口付近にいつまでもいる訳にはいかず、陽介は何も言わずにフードコートへと足を向ける。
鳴上が着いて来なくても仕方がないと思っていた。
堂島家で過ごす最後の夜。
菜々子も鳴上の帰りを待っているだろう。
それが分かっているからこそ、もう少しなんて言葉に出来ない。
何も言わずフードコートへと向かった陽介に、当たり前のように鳴上は着いて行く。
それが嬉しい反面、家で待っているであろう菜々子の事を思えば罪悪感もあって。
複雑な思いを抱えたまま、フードコートへと着いた。

陽介の隣でフードコートを見渡す鳴上の表情は、ここしばらく見慣れたもので、今日までの出来事を思い出しているかのような、これから先ここであった様々な事を忘れないようにしているかのような、そんな何とも言えない複雑な表情。
その鳴上の表情を見るたびに、別れが近づく気がしていた。

「帰りたく、ないな」

ぽつりと、小さな声で呟かれた言葉に、陽介は驚く。
どこに、なんて聞かなくても分かった。
両親が待っているであろう、本来鳴上が居るべき場所。
明日帰る、場所。
そこに、帰りたくないと言うその言葉が本心なのだと、分かった。
そういった事を、鳴上はあまり口にすることはない。
いつだって前だけを見て、揺らぐことなく進んでいた。
あの時以外は。
あの時――菜々子がテレビの中に入れられたあの時。
唯一鳴上が揺らいだあの時でさえ、鳴上は弱音を吐くことはなかった。
何を思っているのかも、口にしなかった。
街の人たちや学校の友人に心配されても、大丈夫だと言い続けていた。
菜々子を助け出し、陽介が問い詰めてやっと、自分の気持ちを吐露したのだ。
その鳴上が、こんな風に自分の感情を言葉にするのは珍しく、だからこそ余計に、最後なのだと実感させる。
それでも、陽介が帰したくないと思っているのと同じように、帰りたくないと鳴上が思っていると分かり、寂しさはなくならなくても、気持ちは随分と落ち着く。
「じゃあ、帰るなよ」という言葉を飲み込み、陽介は言葉を紡いだ。

「お前が帰るの、待ってる人がいるんだろ?」
「そうだな」
「そんなこと言われなくても分かってるか」
「……ああ」

分かっている――分かっていた。
鳴上が稲羽に居るのは一年だけだと、最初から分かっていた。
分からなかったのは、こんなにも離れがたく思うような関係になると言う事。
お互いに、思いもしなかったのだ。
この地に引っ越してきた二人は、知っていたから。
また必ず会おうと、そんな約束は果たされることがないのだと。
仲の良い友達と言う関係は、傍に居る間のみで、離れてしまえばなくなってしまうと言う事を。
だから、誰とも深い付き合いをするつもりはなかったのだ。
けれど殺人事件という非日常を体験し、解決していく中で、手にしたもの。
離れても変わらないと信じられる関係。
それでも、離れるのが寂しいという思いだけは、変わらなかった。

「夏休みには、戻ってくる」
「……お前、受験生だって分かってる?」
「ああ、分かっている」
「学年首位だもんな、お前」
「まあ、頑張れ」
「応援される程酷くないからな!」
「分かってる」

そう言って笑う鳴上は、変わらなくて。
この先ずっと、変わらないのだろうと思う。
離れても、何も変わらない。
ただ少し、距離が開くだけだ。

「夏休み、か」
「ああ、それまでの間、さ――」
「ストップ!」

言い掛けた鳴上の言葉を、遮る。
珍しく驚いた表情で、鳴上は陽介を見た。

「お前今、”さ”で始まって”ら”で終わる言葉を言おうとしただろ!」
「ああ」
「言うな。絶対に言うな!」
「どうしたんだ、一体」
「二度と会えない訳じゃないんだからな。また、会うんだろ」
「ああ、そうだな」
「なら――」
『またな』

そう、二人は声を揃える。
互いに顔を見合わせて、笑い合って、そして、別れた。

「さよなら」なんて言わないし、言わせない。
二度と会えない訳じゃない。
必ずまた、会うのだから。
だから「また」会うと、そう約束する。
その約束は、必ず果たされる。この先ずっと。

また会おうと、そう言葉を交わして別れる。
それが二人の、変わらない別れの挨拶。



END



2015/03/27up : 紅希