■NEW YEAR

あけましておめでとう。今年もよろしく。

一月一日朝、そんな風に挨拶を交わすのが当たり前になってどのくらい経っただろう。
そうして、鳴上が作った朝食を食べて今、鳴上はソファに座り年賀状を見て、なんとも嬉しそうにしている。
この光景はクリスマスにも見たなと思いながら陽介は小さく溜息を吐きだした。

「陽介にもよろしく、だって」
「菜々子ちゃん?」
「ああ」

ちらりともこちらを見る事なく告げられた言葉に、分かってはいるが一応確認する。
ああ、やっぱりと陽介は思っていた。
年賀状一枚見るのにそんなに時間は掛からないだろうに、鳴上は未だに菜々子ちゃんからの年賀状を見ている。
嬉しそうに。
クリスマスにも、菜々子ちゃんから送られてきたクリスマスカードをこんな表情でずっと眺めていた。
鳴上が菜々子ちゃんに抱いている感情が妹に対するそれだと分かってはいるが、どうしても何も思わずには居られない。
菜々子ちゃんの鳴上への想いを知っているからなのか。
大体なんで鳴上は自分に向けられる好意には、こうも疎いのか。
それ以外の事には誰よりも気づくくせに。
今更そんなことを思っても仕方がない。
鳴上が菜々子ちゃんに対して過保護だと思える行動を取るのは、高校の時からなのだから。
分かっている、分かってはいるが――口を開くと余計な事を言いそうで、だからただ只管黙っている。
この時間が終わるのをただじっと。

はあ、ともう一度溜息を吐き出して、陽介は自分宛てに来ている年賀状を見ることにした。
特捜隊の面々からは、陽介と鳴上に別々に年賀状が送られてくる。
二人が同居していることを知っていて、それでも別に送って来るのだ。
まあ彼らは二人がルームシェアしていると思っているが。
間違っては居ないがそれだけじゃない。
鳴上と陽介の関係を、特捜隊の仲間達に告げる事は出来ていない。
鳴上は、告げても大丈夫だと言うが、どうしても陽介は踏み切れない。
大切な仲間を疑う訳ではないが、彼らに拒絶されたらどうすればいいのか分からない。
他の誰にどう思われようと構わないが、彼らにだけは拒絶されたくない。
そんな陽介の思いが分かっているのだろう鳴上は、無理に彼らに告げる事をしなかった。
本当にそういう事には聡い、と陽介は思う。
仲間達からの年賀状を見終わった陽介が鳴上へと視線を向けると、鳴上は年賀状を手に持ったままじっと窓の外を見ていた。
つられる用に陽介も窓の外へと視線を向ける。

「稲羽は雪積もっているらしい」

窓の外を眺めたままそう言った鳴上の表情を見て、同じ事を思っているのだろうと思う。
あの頃の記憶も感情も薄れてはいるがそれでも、忘れられない出来事。
稲羽と切り離すことの出来ない記憶。
鳴上や特捜隊の面々と知り合う、切っ掛け。

そうか、菜々子ちゃんあの時の俺たちと同じ年になったのか。
ふと、そんな事を思った陽介の耳に、鳴上の声が届く。

「菜々子が17になったんだ」
「……そうか」

それ以上何も言えなかった。
お互いに考えている事は一緒だろう。
感慨深いというのとは少し違う、なんとも言えない感情。
あの時菜々子ちゃんを助ける事が出来たからこそ、彼女は今も元気で居る。
けれどあの時一度、彼女の心臓は止まっているから。
あの時の事だけは、忘れられない。
抱いた感情も、後悔も。

あの事件がなかったら。
そう思った事は一度や二度じゃない。
けれどあの事件がなかったら、鳴上とも特捜隊の仲間とも、今のような関係になっていなかっただろう。
だからあの事件を全て否定する事がどうしても出来ない。
あの事件がなかったら陽介は今でも、周りの人間と適度に距離を置いて過ごしていたかもしれない。
誰も自分の内に入れることなく、ずっと。
でもそれは、鳴上も同じだ。
陽介以上に鳴上は周りの人間と距離を置いていたように思う。
諦めていた、と言ったほうがいいだろうか。
陽介も鳴上もあの事件を経験して、変わった。
失ったものもあったが、得たものはかなり大きい。
だから、あの事件を全否定する事が出来ない。
事件の内容を思えば、そんな風に思う事をいいとは思えなくて、いつも複雑な思いを抱く。
陽介にとっては何よりも、鳴上と出会えたことが大きい。
あの事件がなくとも、鳴上と出会うことは出来た。
だがあの事件がなかったら、今のような関係にはなっていない。
それどころか、友達にすらなっていなかっただろう。
互いに、知りすぎていたから。
離れてしまえば、何もかも無くなるのだということを、嫌って程知っていたから。
でもそれは、それ程の関係になっていなかっただけなのだと、稲羽で得た仲間達のお蔭で知った。
だからこそ、今がある。

小さく首を振って、思考を中断する。
新年早々何を考えているのか。
今考えなくても、ほんの僅かな切っ掛けでいつだって考えられる事なのだから。
あれから随分年月が経っているが、今までだって何度も何度も思い出し考えたことだ。
あの頃分からなかった事が分かり、あの頃は抱くことのなかった複雑な感情も得た。
それでも、否定出来ない過去。
本当に厄介だと陽介は思っていた。
どうしても抜け出せない思考を断ち切るかのように、鳴上の声が届く。

「初詣にでも行くか」
「……寒いから嫌だ」

陽介が何を思っているのか悟ったのだろう鳴上の提案に、陽介が否定の言葉を紡ぐ。
陽介の思考を断ち切るための提案はありがたいが、外は寒いし神社は初詣客で混雑しているだろう。
決して長いとは言えない休暇、出来る事ならばのんびりとしたいのだ。

「稲羽に比べたら寒くないだろう」
「そうだけど寒いんだよ」
「いいから行くぞ」
「だから、嫌だって!」

行きたがらない陽介を、鳴上が無理やり立たせる。
そのまま引きずるように陽介を部屋へと連れて行った。

どのくらい時間が経ったのか、しばらくすると着替えを終えた二人が部屋から出てくる。
ものすごく不機嫌そうな陽介と、妙に上機嫌な鳴上の姿が、そこにあった。

寒いと言いながら歩いて、空を見上げる。
あけましておめでとう。
今ここにいない仲間にそう告げて、陽介は少し先で立ち止まり待っている鳴上の元へと急ぐ。
これから先ずっと、こうして二人で歩いて行くのだろう。
立ち止まる事も、ある。
陽介の事だから、そんなことはきっと多いだろう。
そんな時はきっと、鳴上が待っていてくれる。
今のように少し先で立ち止まって、陽介が追いつくのを待っていてくれるだろうから。

追いついた陽介の手を掴み、引っ張るようにして鳴上が歩き出す。
伝わる温もりに、大丈夫だと思う。
これから先、忘れられない記憶と、そこに付随するようになった複雑な感情を抱いて進んで行く。
けれど、一人ではないから。
すぐ隣を歩く存在が、何度だってこうして引き上げてくれる。
それはお互い様で、陽介が引き上げることだってあるのだ。
互いに互いの存在が必要だと、改めて思う。
ずっと共に――そう思いながら、二人は初詣へと向かった。



END



2016/01/12up : 紅希