■花言葉
何度か訪れた事のある墓の前に立ち、久しぶりだな、と思う。
稲羽に居た頃は、先輩が発見された日にお参りに来ていた。
けれど、稲羽を離れてからはそうもいかず、稲羽へと戻ってきた時にお参りに来るようにしていた。
そして今日、仕事が休みの土日にお参りに来る目的で稲羽へと戻ってきていた。
本当は独りで来るつもりだったが、鳴上も一緒に来るということで、二人で稲羽へと戻ってきている。
昨日土曜日に、稲羽へと来て、陽介も鳴上もそれぞれの家族と過ごした。
今日は日曜日。
仲間と会う約束も、鳴上と会う約束もしていない。
仲間には、こちらに戻ってきたことさえ告げていなかった。
今回稲羽へと戻ってきたのは、先輩のお墓にお参りする為だったから。
どうしても先輩のお墓にお参りする必要があった。
だから、ここに独りで来たのだ。
けれど、先程から鳴上の気配が少し離れた場所に在ることに気づいていた。
完全に行動を読まれていたのか、本当にいいタイミングだった。
持ってきたスイートピーの花を墓前に供えて手を合わせる。
花言葉というものがあることは知っていたが、興味はなかった。あの一件があるまでは。
陽介と鳴上が共に暮らすようになって直ぐの頃。
仕事から帰ってきた鳴上が、何故か四葉のクローバーを一つ持っていたのだ。
「どうしたんだ、それ」
「貰ったんだ。職場の人に」
困惑した表情でそう答えた鳴上は、溜息を一つ吐き出すと言葉を続ける。
「花言葉を調べろって言われて調べた。……断ったんだが、これは貰ってくれって言われて、仕方なく」
そう言ってまた一つ溜息を吐き出す。
じっと手に持った四葉のクローバーを見て、僅かに逡巡したのち、鳴上はそれをゴミ箱へと捨てた。
その行動に陽介は驚く。
「捨てなくてもいいんじゃないのか」
「応えられないのに持っていても仕方ないだろう」
応えられない。――その言葉で大体は察したがそれでも、とその時は思っていたのだ。
後で四葉のクローバーの花言葉を調べて、陽介は驚愕する。
「私のものになって」という花言葉に、鳴上が四葉のクローバーを捨てた理由が分かった気がした。
陽介でも同じ行動を取るだろう。
そんな意味を持つものを、置いておく事は出来ない。
応えることなど出来るはずもないのだから。
回り道をしてやっと共に在るようになったのだ。
誤解することはなくてもそれでも、傍に置いておく事は出来ないだろう。
だから、それ以上何も言う事はなかったのだ。
小西先輩への想いに、ちゃんとけじめをつけようと思ったのは、あれが切っ掛けだったと思う。
互いに互いを想い、けれど認められず回り道をし、やっと共に在るようになった存在。
もう二度と離れる気がないからこそ、けじめをつけるべきだと思ったのだ。
自分の中ではとっくにけじめはついているし、恐らく鳴上も分かっているだろう。
それでも、これから先何があるか分からない。
共に歩んでいく道程は、前途多難だろうと予想も出来る。
だから、けじめをつけようと思った。
自分自身の為にも、目に見える形で。
覚悟を形にする為に。
スイートピーの花言葉は、別離を意味する。
ただその中に、「門出」というものがあって、小西先輩への想いに対するけじめと、これから先二人で歩いていく為の「旅立ち」にちょうどいいと思ったのだ。
あの一件がなければ、花言葉なんて興味もなかったから、こんな事思いつきもしなかったし、きちんとけじめをつけようと思う事もなかっただろう。
色々と考える切っ掛けになったのだ。
互いに互いが必要で、けれど続く道は決して楽なものではない。
そんな事分かっているし、分かっていてこの道を選んだ。
でもだからこそ、この始まりの町で、始まりの出来事にけじめをつけたかった。
選んだ道を、進んでいく為に。
後悔することもあるだろう。
それでも、ここでの出来事をなかったことにしたくはないし、言い訳にもしたくないから。
手を合わせながらそんなことを思う。
「先輩、ありがとう」最後にそう思い、陽介は目を開けた。
直ぐ隣にある存在に驚く。
さっきまで、陽介から少し離れた場所に居たはずの鳴上が、直ぐ隣に立っていた。
「終わったのか?」
「ああ、終わった」
「そうか。なら、行くか」
「……お前、何も聞かないんだな」
「聞かなくても、大体分かる」
「そうだろうと思った。お前、稲羽に帰って来る予定なんてなかったはずなのに、ついてくるって言うんだもんな」
そう言って陽介は笑う。
稲羽へと行くと言った陽介に、一緒に行くと言った鳴上は、そう簡単にひくような様子はなかった。
これは何が何でもついてくるつもりだろうと思った陽介は、反対はしなかった。
しても無駄だろうと思ったからだ。
それなりの年月を共に過ごしているのだ。
互いに互いの性格は、分かっている。
だから、こうしてここに居る鳴上が何を思っているかなんてのもまた、分かっているのだ。
「大丈夫だとは思ったが、陽介はなんだかんだ思いつめるからな」
「心配だった、と」
「……」
「そこは肯定しろよ」
そう言えば鳴上は微かに笑うだけで、結局肯定することはなかった。
何も言わずに歩き出す鳴上に、陽介はついて行く。
辿りついたのは、高台だった。
ここからは稲羽の町が一望出来る。
陽介も鳴上もこの町に居た期間はそれ程長くない。
それなのに、本当に色々とあったのだ。
それらの様々な出来事を含めて、この町は二人にとって始まり。
この町に来なければ、連続殺人事件がなければ、二人は出会わなかっただろう。
だからこそ、けじめをつけたかった。
進んでいく覚悟を、この地で形にしたかったのだ。
ここからまた、始めよう。
決して平たんな道ではないだろうが、それでも共に歩いて行く。
どうしたって互いに互いが必要なのだから。
共に過ごした始まりの町を眺める。
この町で起きた様々な出来事もいつか、思い出となるだろう。
二人にとっての出会いの大切な思い出に。
それがいつかは分からない。
少しずつ少しずつ、痛みは薄れていくのだろうから。
忘れることは出来なくても。
「そろそろ、帰らないとな」
「ああ、そうだな」
高台を後にして、二人は日常へと戻っていく。
始まりの町からまた新たに始める為に。
END
2016/03/23up : 紅希