■君のいない明日

3月20日。
少し離れた場所から、仲間の運転する車に乗り込む来栖を眺める。
前日に、渋谷経由で帰ると来栖から、仲間達からは車で彼を送ると連絡をもらっていた。
一緒に車で彼を送ろう、とも。
鳴上は免許を持っているから、運転手をしてやるべきだったのかもしれない。
けれど、自分が混ざるべきではないと思ったのだ。
鳴上は彼らをサポートしてはいたが、怪盗団の一員になったわけではないのだから。

遠ざかっていく車を眺めて、もうあれから何年たったのだろうかと思う。
高校の時に稲羽で起こった出来事。
あの時の今日、3月20日は鳴上が帰る日で、そして最後の戦いを仲間達とした日でもある。
今回もそんなことがあるかもしれないと思い、一応この場所へと来てみたけれど何事もないようで、ならば鳴上は彼らの前に姿を現さずに帰ろうと、そう思っていた。
明日以降、この街で彼と会うことはもうない。
そう思えば、中々その場から立ち去ることが出来ずにいた。
今回の戦いにおいて鳴上は、基本的に口出しをすることはなかった。
彼らから意見を求められた時だけ、意見を言う。
それ以外は、彼らの判断に従い行動をしてきた。
彼らが完全に道を違えたと思われる時のみ、正しいと思われる道を示すつもりでいた。
経験上、彼らに見えないことが鳴上に見えることもあるから。
だが、彼らに正しい道を示す必要は、なかったのだ。
悩みながらも仲間達と共に模索し進んでいく姿に、過去の自分を重ねて見ていた。
楽しい思い出も、苦い思い出も、皆仲間達と共にある。
彼らもきっとそうなるだろうと思いながら、見守っていた。

あの時は見送られる側だったから、こうして見送るのは初めてだな、と思う。
車が完全に見えなくなるまで見送って、その場から立ち去ろうとした瞬間、軽く背中を叩かれる感触。
そして聞こえてきた声に、鳴上は驚く。

「こんなところで何してるんだ?」

何をしているのか――いや、鳴上が何も言わずに何をしていたのか、陽介は全部分かっていたのだとその言い方で分かる。
そう言えば、彼らをサポートし始めてから、陽介に殆ど会っていなかったなと今更ながら思っていた。
殆ど会わなかったにも関わらず、「怪盗団」に鳴上が関わっていると分かってしまう辺りは、流石相棒と言うべきなのか。
さて、どうするか、と鳴上は思う。
恐らくは、そう簡単には解放しては貰えないだろう。
長い付き合いだ、そのくらいは分かる。
鳴上が陽介に何も言わずに危ない事をしていたのが、気に入らないのだろう。
「何で何も言わないんだよ!」
そう、あの頃何度も言われたななんて思い出す。
声のした方へと視線を向ければ、不機嫌そうな陽介がそこに立っていた。
やはり、と思い内心で溜息を吐き出す。
取り敢えずこんなところで話す内容でもないだろうと言う事で、二人は移動する。
ファミレスの一角に座り、鳴上は言葉を紡いだ。

「いつから知っていた?」
「夏にお前に会った時、だな」

陽介から連絡が来て飲んだあの時か、と思う。
彼らのサポートを始めてすぐの頃だ。
ならば、あの時の陽介の連絡は、鳴上に会って確認するためのものだったのだろう。
確かにあの時、陽介の様子がおかしいとは思っていた。
だがまさか、バレているとは思っていなかった。

「お前の事だから、巻き込みたくないとか思ってるんだろうと思ったからな、終わるまで黙ってた」
「……」
「何で何も言わないんだよ、お前は。本当にそういうところは変わらないよな」
「俺達の戦いじゃないから、巻き込みたくなかった」
「それならそう言えばいいんだ」
「言ったら、関わるだろう、陽介は」
「……」

やはり、と思う。
だからこそ、言わなかったのだ。
これが自分達の戦いならば、陽介を巻き込んでもいい。
だがそうじゃないのだ。
これは彼らの戦い。
鳴上はただ、サポートしただけだ。
それに、戦い続ける運命は、鳴上が背負っているものであって、他の誰かに背負わせていいものだとは思えない。
それは、何度となく彼らと共に戦う度に思っていた事だった。
それでも、自分達の戦いならば、いい。
いや、本当は良くはないが、それでも自分達の戦いならば、まだいい。
けれど、仲間達を全く関係ない戦いに、巻き込みたくはなかった。
陽介に言わせれば、鳴上が関わっている時点で全く関係ないはずはない、という事なのだろう。
鳴上が陽介の立場ならば、同じことを思う。
だが、反対に陽介が鳴上の立場なら――恐らく今回の鳴上と同じ決断をするに違いない。
はあ、と陽介が溜息を吐き出す。

「言っても無駄だってのも分かってるんだけどな。けど、俺は、怪盗団の話題を耳にする度に、いつかお前が捕まるんじゃないかって気が気じゃなかった」
「……悪かった」
「そう思うなら、もうこういうのはやめてくれ、頼むから」
「……」
「俺はもう、二度とお前に会えないかもしれない、なんて思いたくないからな!」
「……」

それは、俺も同じだと思う。
だからこそ、何も言わなかったのだから。
とは言え、陽介のその思いも分かるから、何も言えない。
それは陽介も同じらしく――どちらもが言葉を紡げずに、重苦しい沈黙に支配される。
どのくらいの時間が経っただろうか、空気を読んだであろう陽介が、先程までと違いおどけた様子で言葉を紡いだ。

「巻き込まれたとしても、俺がそう簡単にやられるわけ、ないだろ」
「それは、どうかな」
「どういう意味だよ」
「陽介の運の悪さは、あの頃から変わってないからな」

一瞬で空気を変えた陽介に便乗する。
あの頃もこうして何度も陽介に助けられたな、と思っていた。
そんなことないと言えない様子の陽介を見て、微かに笑う。

――全部終わったんだと、力が抜ける。
仲間が傍にいない状態での戦いを、鳴上は今回初めて経験した。
自分で思っていた以上に、気を張っていたのだと改めて知る。
仲間達の、陽介の存在がどれ程鳴上にとって大きいか、実感していた。
だからこそ、やはり巻き込まなくて良かったと思う。
当たり前の日常を守れて良かったと、思っていた。

「本当に無事で良かったよ」

心底そう思っているであろう陽介の言葉に、どれ程心配かけたかを改めて知る。
それでも、また今回のようなことがあった場合、鳴上は同じ選択をするだろう。
仲間達が、陽介がいない明日なんて、想像出来ないししたくもない。
それは仲間達も陽介も同じだと分かっていて、それでも鳴上は同じ選択をする。
それ程までに、鳴上にとって仲間の存在は大きいのだから。
それはきっと、今回共に戦った彼らも同じだろうと、思いを馳せる。
今頃どの辺りだろうか。
そろそろ彼が元居た街についただろうか。
学生の彼らに、鳴上が会うことは、きっともうないだろう。

本当に全部終わったのだ。
目の前で「本当にお前は――」等と言いながらコーヒーを飲む陽介を見る。
これからも続いていくだろう当たり前の日常。
何に代えても失くしたくないモノ。
今回の戦いで彼らも手にしただろうそれが、これからもずっと当たり前に傍にあることを信じて。

コーヒーを飲み終わった陽介を見て、伝票を持ち立ち上がる。
つられて立ち上がった陽介に、微かに笑って鳴上は告げた。

「心配かけたみたいだから、奢るよ」
「は? 奢るってお前、コーヒー一杯で済ませる気か?」

言いながら鳴上の後をついてくる陽介を見て、鳴上は笑う。
失くしたくない日常を、守れて良かったと改めて思いながら。



END



2017/04/23up : 紅希