■変わらない想い(社会人パラレル)

帰省ラッシュという言葉を沢山聞いたからなのか、無性に稲羽に帰りたくなる。
帰る場所、と言うならば、今鳴上がいるこの場所がそうなのだが、故郷と言われるとやはり、稲羽だろう。
高校の時一年過ごしただけの場所だが、それまで親の転勤に合わせてあちこち点々としてきた為、あの時まで故郷と呼べる場所を持っていなかった。
家に帰って「おかえり」と言われることに慣れなくて、でも嬉しくて。
二人の事を家族だと思ったし、今でも思っている。
稲羽は家族が居る、大切な故郷なのだ。
稲羽を故郷だと思っているのは鳴上だけではなく、今ここで一緒に暮らしている陽介もそうだろう。
陽介の両親はもうすでに稲羽には居ないが、それでも陽介にとっても稲羽は故郷だ。
それ程あの町で得た家族や仲間達は、二人にとって大切な存在だった。
テレビから何度となく流れてくる「帰省ラッシュ」という言葉。
聞く度に帰りたくなる。
あの場所で過ごした期間は短いが、何年経っても、想いは変わらない。
大切な、本当に大切な場所なのだから。

「ただいま」

その声に、思考が中断される。
そう言えば、陽介は近所のコンビニに買い物に出かけていたのだった。
今は正月休み。
普段は仕事仕事であまり休みのない二人も、この時ばかりは家でゆっくりしていた。
本当は、帰りたかった。
そう、再び想いは故郷へと飛ぶ。
帰省ラッシュで電車の切符が思うように取れなかった事と、混雑した中出かける事が億劫だったことが重なって、正月に稲羽へと帰るのは中止になったのだ。
そう告げた時の残念そうな菜々子の声を思い出し、再び帰りたいと思う。

「どうしたんだ?」
「――ああ、お帰り」
「ただいま、って今更かよ」

そう言って笑いながら陽介は、鳴上の隣に座る。
そうしてテレビへと視線を向けて、「ああ」と納得したような声を上げた。
買ってきた袋の中から缶ビールを取り出して、鳴上へと手渡す。
陽介も同じものを取り出し、缶を開け一口飲んで、言葉を紡いだ。

「会いたいな、皆に」
「ああ」
「帰りたい、な」
「そうだな」

相槌を打って、鳴上も缶を開け一口飲む。
そう言えば、正月休みとは言え、正月らしいことを何もしていなかったなと思う。
互いに仕事が忙しく、二人そろって休みというのは久しぶりで。
だからこそ、出掛けようかと思っていたのだが、どちらにもそんな気力は残っていなかったのだ。
混雑していると分かっている中出掛ける気分にはどうしてもなれかなった。
それが、大切なたった一つの故郷へと帰ることであっても――大切な妹に会いたいと懇願されても。
だから今回は、陽介と二人でゆっくりすることを選んだ。
切符が取れなかったのは口実で、疲れていて、気力がなかったというのが大きい。
それに、こんな時でもなければ二人でのんびりと過ごす事もないから。
稲羽へは、次の休みにでも帰ろう、という事になったのだ。

テレビから流れてくる「殺人事件」と言う単語に、陽介の体が強張るのを感じる。
触れ合うほど近くに座っているからこそわかる、ほんの僅かな感覚だった。
とは言え、すぐにその強張りは解ける。
鳴上だって未だに、「殺人事件」と言う単語にはどうしたって反応してしまう。
だが、あの頃に比べたら、憤りも、悲しみも、確実に和らいでいる。
駆け抜けたあの日々と同じ想いは、もうない。
それでも、忘れる事は出来ないから。

今ならば――そう思ったことも何度もある。
けれど、あの時あの場所であの仲間達とだったからこそ、辿り着けた結論だったのだろう。
今はもう、あの頃のように我武者羅に駆け抜けることは出来ない。
変わらないものもある中で、変わってしまったものもあるのだから。
そしてそれは、陽介も感じている事なのだろう。
苦い想いを飲み下すかのように、缶ビールを煽るように飲む。
昼間からこんな風に飲んでいては、酔い潰れるのも時間の問題だろう。
いくら休みとは言え流石に正月から酔い潰れるのはどうかと思う。
寝正月なんて言葉もあるから、酔って寝て過ごすのもいいのだろうが――何となく時間が勿体ないような気がしてしまう。

飲みかけの缶ビールをテーブルに置いて、鳴上は立ち上がる。
突然立ち上がった鳴上を、陽介が不思議そうに見上げていた。

「何か作ってくる」
「――え?」
「軽く何か食べるだろ?」
「食べるけど、お前本当に突然だよな」

変わらないよな、そういうところ、と陽介は笑う。
何がどう変わらないのか鳴上には分からないが、まあいいかとキッチンへと向かう。
行きかけて立ち止まり、鳴上は振り返って告げた。

「そう言う陽介だって、変わらないだろ?」

そう言ってやれば、何が? どこが? と慌てた様に聞いてくる。
そういうところが、とは言わずに、そのまま鳴上はキッチンへと向かった。
きっと直ぐに、慌てた様に陽介が追いかけてくるだろう。
こちらへと向かってくる慌てたような足音を聞きながら、――何を二人で作ろうか、と思う。
穏やかに過ぎていく日々は、これからも変わらずに続いて行くのだろう。
変わらない想いも、変わった想いも、抱えて。

ああそう言えば、陽介に対する想いも、変わらないな、と思う。
親友だった時から、ずっと、そしてこれからもきっと。
想いは、変わらない。



END



2018/01/26up : 紅希